新しい依頼です!
「ネリネリしましょう」
「……はい?」
昼休み、ボランティア部の部室で、一人で昼食をとっていたところ、女流川さんが現れた。
いつもは清爽さんや、澄雪さん、その他諸々、日によって誰かと食べているのだけど、都合よくというか、悪くというか、今日は一人だった。
女流川さんは、ズケズケと部室に入ってきて、椅子に座る。
……なぜか、隣の席だ。
「ネリネリです、ネリネリ」
「工作ですか?」
「違いますよ!作戦をネリネリするんです!」
「女流川さん。ご飯くらいゆっくり食べさせてください」
「……だって、私、二十一歳じゃないですか。誰も目を合わせてくれないですもん。食べるところ、ここくらいしかないんです」
今にも泣きだしそうな顔だった。
……確かに、去年までいなかった、金髪美少女が、クラスに突然現れたら、視線を浴びるのは当たり前だ。
授業を真面目に受けられない原因は、そこにあるのかもしれない。いや、それは違うか。甘えさせてはダメだ。
「そもそも、メルヘンワールドを建設しなくたって、心を入れ替えて、真面目に勉強する方が、絶対楽だと思いますよ」
「そんなことはわかってます。でも……、実は、退学云々に関係なく、メルヘンワールドは建設しないといけないんです」
「そうなんですか……」
「二億円、落ちてないかなぁ……」
「昔三億円なら、落ちていたことがあるんですかどね」
落ちていたというより、奪ったという感じだけれど。
「あの、女流川さんの両親は、本気で自分の留年しかできないような娘が、メルヘンワールドを建設できると思ってるんですか?」
「今ものすごい毒が注入されていたような気がしますが、まぁいいです。はい、そうですよ。自分の娘だからできる!そう思ってます」
「早いうちに諦めた方がいいんじゃないですか?」
「……まずは、行動だと思うんです。幸いここは学校。段ボールでもなんでも、レクリエーションの形でメルヘンワールドをまず作ります。そこから、話題が話題を呼んで、融資を募って……、二億」
「バカげてますよ」
赤い羽根の共同募金とかですら、一万円も貯まらないのに、よくわからない遊園地の建設計画に、二億も貯まるほど、景気の良い社会じゃない。
この学校に、もの好きなお金持ちでもいれば、話は別だが……。
……いや、いたわ。
「あの、女流川さん。融資してくれそうな人、僕知ってます」
「本当ですか!?今すぐその二億円を紹介してください!」
「失礼ですよ」
「す、すいません」
「あと、ヨダレも拭いてください」
「拭きます」
女流川さんは、豪快に、制服の袖で、ヨダレを拭った。
……女の子として、致命的な行為だが、まぁスルーしよう。
「じゃあ、呼びますね」
僕は立ち上がり、冷凍庫から、某高級アイスを取り出した。
そして、いつもの番号に、電話をかける。
「もしもし。合言葉は?」
「アイスありますよ」
「行くわ」
電話は切れた。
女流川さんが、少し疑問を持った表情で、僕を見ている。
「あの、今の会話は……」
「十秒くらいで来ますよ」
「は、はい……」
半信半疑と言った様子だ。
しかし、あの人は必ず現れる。この手段を使えば。
僕は頭の中でカウントする。五、四、三、二、一……。
「アイス〜!!!」
バタン!と、扉に意思があったら、間違いなく悲鳴をあげていそうな勢いで、扉を開け、入って来たのは、生徒会長、魅森美夏さん。
今日もトレードマークの真っ白な髪の毛が美しい。
……しかし、その顔は破顔し、ヨダレがダラダラと流れていた。
「えっと、この人は……」
変人が変人に引いている、珍しい光景だ。後世に残したい。
「この人は、魅森美夏さん。生徒会長です」
「へ、へぇ……」
「あら、あなた、見慣れないアイスね」
「えっ」
「あ、あぁ。間違えたわ。見慣れない顔ね」
「えっと、私は……」
諸々の自己紹介を済ませた女流川さん。
聞き終えて、魅森会長は、何度か頷いた。
そして、アイスに手を伸ばす。
「春風。スプーンは?」
「あっ、忘れました」
「しょうがないわね……」
そう言って、魅森会長は、蓋を開けると……、カップに入ったアイスを、ペロペロと舐め出した。
世界は広い。しかし、こんな風にして、カップのアイスを食べる女性は、おそらくこの人だけだろう。
引きつった顔をしている女流川さん。
しかし、この人こそが、二億円を融資してくれそうな、第一候補なのだ。
「女流川さん。この学校の生徒会長については、どこまで知ってますか?」
「えっと……。特殊な事情がないとなれないとかは、聞いたことありますね」
「その通りよ!」
アイスをペロペロ舐めている魅森会長が、女流川さんを指差した。
「……ん?いや、待って。見慣れないアイス……、いや、顔とは言ったけれど、あなた、こないだ噴水広場にいた子じゃない?」
「はい、そうですけど……」
「なるほど、そういうことね」
全てを理解したらしい魅森会長は、今度は僕に向き直った。相変わらず、アイスをペロペロしながら。
「春風。そういうことなら話は早いわ」
「そうなんですか」
「えっ、そうなんですか!?」
女流川さんの目が、キラキラと輝き始めた。この人に、プライドはないのだろうか……。
「わかっているわよ。二億円でしょう?もちろん、私ならそんな額、赤子がアイスを舐めるくらい、楽に払えるわよ」
例えがアイスなのは、ツッコむべきなのだろうか。
ここは話を円滑に進めるため、スルーしておく。
「でもね、条件があるわ」
「条件、ですか」
「私は腐っても生徒会長。アイスは腐らないけどね」
「いや、腐るのでは?」
「春風、ちょっかい出すなら、あなたを舐めるわよ?」
「なんですかその脅し」
ただ、舐められるのは嫌なので、おとなしくすることにしておこう。
「生徒会長として、あなたがメルヘンワールドの建設にふさわしい人物かどうか、見極める必要があると思うの」
すごい文字列だ……。
女流川さんは、真剣な顔で頷く。
「……もちろんです。まずは、この学校の生徒を、楽しませます。そのくらいできなきゃ、世界中の人を幸せメルヘンにする、メルヘンワールドなんて、建設できませんからね」
あれ、そんな触れ込みありましたっけ……。
「いい表情よ。じゃあ、早速だけれど……、明後日の休日、何かイベントをやってもらおうかしらね」
「任せてください」
「いい返事よ!じゃあ、私は行くわ!」
そう言って、魅森会長は、走り去って行った。
なぜか、まっすぐな目で、女流川さんが、僕を見つめている。
「なんですか?」
「ボランティア部の、副部長さん」
「……はい」
「……明後日の件で、相談があるのですが」
めんどくさい依頼が、入ってしまった。
メルヘンワールドへようこそ! @sorikotsu
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