第6話 チェーロアルコと紫色の犯行

 古賀くんによると、2番目の犯行が行われたのはグローバル部とのことだった。

「グローバル部……。確か、特別棟の4階だったわね……」

 琴音は溜息混じりに言った。

「なんか、めんどくさそうだな」

 古賀くんの言葉に、琴音は心底めんどくさそうに言った。

「グローバル部の部室は遠くて嫌なのよ。

 階段を上がるのがキツイのよ」

 古賀くんは苦笑いした。

「ああ、早乙女さんは体力なかったっけ」

「頭脳派なのよ」

「早乙女さんが言うと、冗談に聞こえないんだよ……」

「冗談なんか言ってないわ」

「……そうですか」

 まあ、琴音はそう言える程の頭脳はある。ーー自分で言うものではないというのは置いといて。

 琴音は紅茶を飲み干し、紙ナプキンで口元を上品に拭うと、美しい所作で立ち上がった。

「行きましょうか。遠い道のりにはなるけれど……」

 琴音は移動が本当に嫌そうだ。琴音らしい。

「沙耶はどうする?」

 私の質問に、沙耶は申し訳なさそうに言った。

「付いて行きたいんだけど、もう少し美術部で対応が必要なんだよね。

 調べるように頼んでる立場で申し訳ないけど、美術部に戻らないと」

「そう。残念ね」

「ごめんね、琴音」

「いいのよ」

 琴音は踵を返した。

「さあ、行きましょう。チェーロアルコさんの用意した舞台に」



 グローバル部は基本的に、寄付やプルトップ集め、ペットキャップ集めなどの国際ボランティアの活動を中心に行なっている。

 文化祭中もあまり賑わうことのない部活だけど、今日ばかりは慌ただしく動いている。

「ちょ、ちょっと待ってよ……」

 私と古賀くんがグローバル部の部室前に到着してから3分程。琴音が肩で息をしながら階段を上ってきた。

「全く。だらしないね。料理部出る時、あんなにカッコよかったのに」

「ハア、ハア……。うるさいわね」

 琴音は壁に寄りかかって言った。

「琴音がおばあさんになったら大変そう」

「ハア……。ご心配どうも」

「大丈夫か。早乙女さん?」

 琴音は脹脛をさすりながら言った。

「1分待ってもらいたいわ。足がパンパンで……」

「筋力不足じゃないか?」

「心配ご無用。自覚はあるわ」

 そう言う琴音に、古賀くんに代わって忠告した。

「だから心配なの。わかった上で動かないんだから」

 琴音は膝に手をついた。

「動く体力がないの」

「鍛えて」

「そんな時間はない」

「研究控えて」

「嫌よ」

「今鍛えとかないと、早死にして、研究できなくなるよ?」

 琴音は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「美波。あなた、いつからそんなに口達者になったのかしら?」

「屁理屈捏ねる、琴音のお陰でね」

「嫌味と皮肉も一流になったわね」

 皮肉の応酬を見ていた古賀くんが苦笑いしながら、口を挟んだ。

「そろそろ元気を取り戻したみたいだな。

 部室に入るぞ?」

 部室に入る前から、足音や声で中が騒がしいのがわかる。

 古賀くんが引き戸を開けると、先に駆けつけていた赤嶺さんがこちらに一礼した。

「お待ちしてましたよ。早乙女さん、結城さん」

「俺のことは?」

「待っていません。つまらないことを言ってないで、早く仕事してください」

 古賀くんは苦笑いした。

「酷いなぁ。こうして早乙女さんと結城さんを連れて来たじゃないか」

「それは感謝します。じゃ、働いてください」

「はいはい」

 赤嶺さんは古賀くんを睨んだ。こんな顔するんだ。怖っ。

「返事は1回」

 古賀くんは背筋を伸ばした。

「はい。承りました」

 赤嶺さんはいつもの柔和な笑みに戻ると、満足げに頷いた。

「よろしい」

「で?俺は何をすれば?」

「まず、グローバル部の営業が早期再開できるよう、サポートをお願いします」

 古賀くんは不詳不詳といった感じで頷いた。

「了解した」

「嫌そうですね?」

「とんでもない。喜んで」

「よろしくどうぞ」

「オッケー」

 そう言うと、古賀くんはグローバル部の部員の元へ向かった。

「それで?今度は何が盗まれたの?」

 琴音の質問に、赤嶺さんは神妙な顔で答えた。

「グローバル部の目玉、世界地図大パズルのピースです」

「世界地図大パズルって、もしかして192カ国全部ピース?」

 私の質問に、赤嶺さんはおかしそうに笑った。

「ふふふ。そこまでの量のパズル、流石に準備できませんよ。

 いわゆる先進国と、グローバル部が寄付をした国に限られます。それでも、60カ国程はありますが」

「へぇ。そんなにも支援しているのね?」

 琴音が感心したように言った。

「ええ。中学の部活動にしては、かなり精力的に活動しています。我が校の誇りですね」

「まさか、パズルのピース全部盗られたの?」

「結城さん、さすがにチェーロアルコさんも、そこまでの用意はしていなかったようです。

 盗まれたピースは『ガーナ』でした。犯行声明にも記載があります」

 そう言うと、赤嶺さんはおもむろにポケットから紫色の紙を取り出した。

 紙にはこう記載されていた。

『ガーナはいただいた。怪盗チェーロアルコ』

 なんとなく、犯行声明に違和感がある。美術部のものとは、何か違っているような……。

「琴音。裏面は?」

 琴音は受け取った犯行声明を裏返した。

『文化祭が終わり次第、お返しします』

「やはり、チェーロアルコという人物は、盗んだ品物に興味がある訳ではなさそうね」

「うん。それなら、盗んだものを返す訳ないし……」

「それに……」

 琴音は再び紙の表面を向けた。

「なぜ、犯行声明の紙の色が違うのかしら?」

 それを聞いて、電気が走ったようにピンと来た。

「ああ!ホントだ!さっきの犯行声明は赤かったのに!」

 さっき感じた違和感の正体はこれだ。犯行声明の色が違う。

「そこは私も疑問です。

 あと、こちらも」

 赤嶺さんは窓際に置いてある長机の上から、文化祭のしおりを持って来た。

「こちらもありました。美術部の時と同じ、部活動紹介②のページが開いてあります。もちろん、糊付けもされていますね」

 琴音はそれも受け取って、ページの糊付けも確認した。

「確かに、糊付けされているわね。

 ということはつまり、このページの犯行声明がセットでメッセージになっているということかしら?」

 赤嶺さんは頷いた。

「同感です。何かしらの意図はあるはずですね」

 赤嶺さんはくるりと後ろを向いた。

「ところで、私とだけ話していても埒が開きませんし、グローバル部の方にお話を聞かれては?

 どうでしょう?皆さん忙しいので、ここは部長の大野美里さんにお話を伺うというのは?」

「いいわね」

「決まりです。

 大野さん!少々よろしいでしょうか?」

「何?いいよ!」

 ショートボブの女の子が返事をした。私たちと同じクラスの大野美里だ。ちなみに、美里と私は仲がいいけど、琴音と美里はほとんど喋ったことがないという、気まずさの極みみたいな関係性だ。

「あれ?美波と早乙女さんもいる。なんで?」

「やほ。美里」

「私たち、沙耶に頼まれて、盗難事件を調べる羽目になっているの」

 美里はおかしそうに笑った。

「あはは。羽目にって。ま、早乙女さんらしいけど」

「どの辺りのことを言っているのかしら?」

「沙耶に振り回されてる辺り」

「……なるほど」

 琴音は眼鏡を上げた。

「それはともかく、犯行声明を見つけた時の情報を教えてくれないかしら?」

 美里は冷たい目で琴音を見た。

「教えない」

「……え?」

 困惑する琴音を見た美里が、途端に破顔した。

「……わけないでしょ?いいよ。教える!」

「……ありがとう」

 琴音は困惑した表情のまま、お礼を言った。

「と言っても、特別なことが起きたわけじゃないんだよね。

 小学校の低学年くらいの男の子が世界地図大パズルで遊んでたんだけど、『ピースが足りない』って騒ぎ出して。

 それで、どこかに転がっていないか探していたら、展示用の机の上にしおりと犯行声明があったの。私が見つけた」

「ねえ、美里。グローバル部の展示って、どんなことしてんの?」

 美里は展示物を指差した。

「寄付先の国や、寄付の内容の資料の展示。

 あと、その国の文化や食事。ファッションとか」

「へぇ。すごいことしてるんだ」

「小さいことだけどね」

 美里は琴音に向き直った。

「で、どこまで話したっけ?」

「『私が見つけた』のところまでよ」

 美里は手を叩いた。

「あ、そうだった。

 そこから、生徒会に報告と対応で、ご覧の通りのてんてこ舞い」

「なるほど。忙しそうだから、最後にひとつだけ」

「ん?何?」

「犯人に心当たりはあるかしら?」

 美里は顎に手を当て、首を左右に傾げた。

「んー?ないなぁ。見当もつかない。ごめんね」

 琴音は首を振った。

「いえ。謝ることではないわ。お時間ありがとう」

「どういたしまして」

 そう言って、美里は踵を返して作業に戻ろうとしたものの、ピタリと動きを止めた。

「あ、そうだ。早乙女さん」

「何?」

「早乙女さんって、いつもそんな感じなの?」

 琴音は怪訝そうな顔をした。

「そんな感じというのが何を指してるのかわからないけれど、特別意識はしてないわ」

 美里はにっこり笑った。

「へえ、早乙女さんって、意外とおもしろいんだ。冷たい人かと思ってた」

「は?」

「じゃあ、捜査頑張ってね!美波。赤嶺さん。……琴音」

 美里は悪戯っぽく笑うと、機嫌良さそうに作業に戻って行った。

「……変わった人ね」

「琴音に言われたくないと思う」

「どういう意味かしら?」

 琴音にとんでもない顔で睨まれた。

「別に〜」

 私はその視線に気付かないフリをし、視線を窓の外に向けた。

 窓の外は小雨が降り続いているものの、それがそんなに悪いことと思えなかった。

 窓の外で小雨に濡れるミニリンゴの木を見て、私は少し笑っていたかもしれない。

 ーー琴音と美里、仲良くなりそう。

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カラフル かるまる @karmaru

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