第5話 意味不明なしおり

 時刻は15時を回った。盗難事件から小1時間程経ったものの、私たちはまだ何も手掛かりを掴めていなかった。

 流石に琴音も考え疲れ始めたようで、時折り眼鏡を外しては、目を擦り始めた。

「全く。手掛かりがないと、何も考えようがないわね」

「ちょっと疲れてきた?」

「少しね。流石に考えっぱなしな上に、何の成果もないとなると、疲労が溜まるわ」

 こういう時の琴音は、いつものキレが無くなって、明らかに集中力を欠き始める。どこかで休みを挟まなければ。

 私は文化祭のパンフレットを開いた。

「琴音。料理部がスイーツ出してるみたいだよ。ひと休みがてら、行ってみない?」

「いいわね。このまま考え続けても、気が滅入りそうだし」

「……ホント、疲れた顔してるね」

「うるさいわね」

 そう言いつつ、琴音は小さく欠伸をした。



 料理部は特別棟の1階の1番手前にある。お昼時を少し外しているため、お客さんもまばらにしかいない。

 イートインスペースには丸テーブルが8台程あり、私たちはその1番奥の席に座った。

 席に座ると間もなく、1年性の女の子がやってきて、注文を取った。私はコーヒーとパンケーキを頼み、琴音は紅茶とキッシュを頼んだ。

「琴音はホントに紅茶とキッシュが好きだね」

「美波こそ、甘いものばかりじゃない。飽きないの?」

「飽きない」

「そう」

 琴音が呆れ顔をしていると、料理部の扉が開いた。

「あ、ここにいたんだ」

 扉を開けたのは、沙耶だった。

「琴音を探してたの?」

「いや、2人とも探してた」

「何かあったのかしら?」

 首を傾げた琴音に、沙耶は文化祭のしおり『KURODA』を見せた。

「これ、美波か琴音か、美術部に落として行かなかった?」

 私は琴音と顔を見合わせて、首を振った。

「いえ、私たちではないわね」

 沙耶は肩を落とした。

「そっかぁ。誰のものなんだろ?」

「これ、美術部に落ちてたの?」

 私の質問に、沙耶は頷いた。

「うん。『自由の女神』のポストカードがあった辺りにね」

 琴音は呆れたように言った。

「お客さんの忘れ物じゃないかしら?」

「うーん。それがちょっと不思議な落とし物で……」

「不思議な落とし物?どういうことかしら?」

「このしおり、ポストカードがあった辺りに、部活動紹介②のページを開いて置いてあったの」

「そのページを見て、美術部に来たんじゃないの?」

「美波。そんなことなら、いくら私でも不思議な落とし物なんて言わないよ」

「何かあるのね?」

「うん。このしおり、わざわざ他のページが開かないように、他のページがのりで貼り付けたあるの」

「のりで?」

「うん。のりで」

「なんで?」

「わからないから、不思議な落とし物なんじゃない」

 まあ、確かに。

 琴音はそれを受け取り、ページがのりづけされていることを確認した。

「確かに、のりづけされてるわね。

 犯行声明と、のりづけされたしおり、ね……」

「不思議というより、意味不明だね」

「正確に言うと、そうなるわね」

 沙耶は首を傾げた。

「何が違うの?」

「不思議というのは、その現象を理解できない状態のことよ。

 一方で、意味不明というのは、発信者や発言者の意図を汲み取りかねる状態のこと。

 つまり、このしおりは何かしらの意図を持って、チェーロアルコさんが仕掛けたものじゃないかということよ」

 沙耶は眉間に皺寄せた。

「うーん。琴音って、昔からよくわかんないこと言うよね」

「よ、よくわからないって……」

「要するに、このしおりの持ち主はチェールアルコって言いたいの?」

 琴音は眼鏡を上げた。

「そ、そうよ。意図はわからないけれど」

 琴音が動揺するのは珍しい。おもしろいものを見た。

「何をニヤけてるのかしら?」

「いえ。なんでも」

 琴音に凄い顔で睨まれた。ただおもしろがってただけなのに。

「お待たせしました」

 そこに、料理部の女の子が料理を持って来た。

「コーヒーとパンケーキです」

「ありがとう」

 女の子はすぐに厨房に戻り、琴音の分を持って来た。

「キッシュと紅茶です」

「どうもありがとう」

 私と琴音で同時に「いただきます」と手を合わせ、料理を食べようとしたところ、再び部室のドアが開いた。

「お、早乙女さんと結城さん。やっと見つけた」

 ドアを開けたのは、生徒会副会長の古賀俊樹くんだった。古賀くんは色黒で刈り上げをしており、スポーツマンのような印象を受ける。

「全く。今日はお客さんが多いわね」

「あれ?なんだこの歓迎されてない感じ」

「察しがいいわね。歓迎はしてないわよ」

「酷いな」

「あなたの間が悪いのよ。

 折角、キッシュを食べようとしているのに」

「それは申し訳ないが、俺に悪気はない」

「だから、余計に歓迎してないのよ」

「冷たいなぁ」

 古賀くんは苦笑いした。

「で?何か用かしら?」

 琴音はめんどくさそうに聞いた。

「あ、そうだ。生徒会長からの伝言。また、新たな犯行があったから、来てほしいってよ」

「え?それホント?」

「ああ。結城さんも来てくれってよ」

琴音は眼鏡を上げた。

「わかったわ。すぐに行く。

 ただし……」

 琴音はキッシュをナイフで切った。

「これを食べたらね」

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