第4話 暗中模索
現状をまとめると、私たち黒田中の文化祭ではチェーロアルコという怪盗が、何故か犯行声明を残してポストカードを盗んだという、訳の分からない事件が起きている。その犯人を特定するという、無茶振りを引き受けることになった私たちは、早速途方に暮れていた。
美術部の部員に話を聞いてみたものの、全員怪しい人物を見ておらず、有力な情報は得られなかった。
ひとまず、ぶらぶらと歩くことにした私たちは1階まで降りてきていた。
「どうしたものか……」
琴音が困ったように呟いた。
「手がかりもないのに、犯人を特定しろと言われてもね……」
そう言って、琴音は窓の外の中庭を眺めた。小雨が降り続いていて、中庭のミニリンゴの木からは、ぽたぽたと雫が落ちている。
「珍しいね。琴音がこんなに困ってるのは。ちょっと新鮮」
「全く。他人事ね。あなたも依頼を受けているのよ?」
「わかってるよ。でも、今は何もわかってないし、考えようがないよ」
琴音は肩をすくめた。
「あなたの短所は諦めが早過ぎることね。同時に長所でもあるけど」
「どういうこと?琴音には何かわかってるの?」
「全く何も。けれど、考えようがないという意見は賛成できないわね」
「なんで?」
琴音は眼鏡を上げた。
「まず考えるべきは、何故犯行声明文なんか残したのか。これが1番大きな謎ね」
「そりゃ、誰かに気付いて欲しいからじゃないの?」
「それがおかしいんじゃない。万引き犯が、わざわざ自分のやったことを誇示する必要なんてあるかしら?」
確かに……。私なら、すぐに犯行が明るみに出るようなことはしない。発覚が遅れれば遅れるほど逃げる時間を稼げるし、犯行時刻を誤魔化せる。
「裏を返せば、犯人にとって、犯行声明文を残すことには何か重要な意味があるということ」
「意味って?」
琴音は首を振った。
「それがわかれば、苦労はしないわね」
「まあ、ね・・・・・・」
「ふたつ目。何故、チェーロアルコなんて名乗っているのか」
あ、思い出した。その言葉の意味を琴音に聞こうと思ってたんだった。
「そのチェーロアルコって、どういう意味なの?」
「チェーロは空。アルコは弓よ」
「・・・・・・で、どういう意味なの?」
琴音は肩をすくめた。
「さあ?意味不明ね。
もうひとつ意味不明なのは、ポストカードを盗んだこと」
「なんで?」
「ポストカードを盗んだところで、なんのメリットがあるのかしら?リスクリターンが釣り合っていないわ。
それに、他にもいろいろな種類があるのに、何故『自由の女神像』のイラストのポストカードを盗んだのか」
「確かに……。
となると、『自由の女神像』のポストカードを盗むって行動自体に意味があるのかな?」
「私も同感よ。あのポストカード自体に秘密があるのか、それとも、別の目的を達成するためにポストカードを盗んだのか……。確かめてみるしか無いでしょうね」
「確かめるって、どうするの」
「ひとつしかないでしょう。作者本人に聞いてみましょう」
琴音はそう言って、薄らと笑った。
生徒会室は1階にある職員室の真上、2階の東側に位置する。
文化祭のインフォメーションセンターの役割を担う生徒会室には、生徒や一般客が数名いた。
その中で、一際目を惹く男女が2人いた。美術部の蒼井洸七くんと、生徒会長の赤嶺七瀬さんだ。
蒼井くんはイタリア人と日本人のハーフで、白い肌と青い目が特徴的な美少年である。
一方の赤嶺さんは、とても上品なお嬢様を思わせる物腰と丁寧な言葉遣い。そして、美しいロングヘアが特徴的な我が校のカリスマ生徒会長である。
「おや、早乙女さんに結城さん。こんにちは」
赤嶺さんが、上品にお辞儀をした。私も釣られてお辞儀を返す。
「こんにちは、赤嶺さん。忙しそうね」
「いえいえ。お2人程ではありません。
ついさっきまで、ここにいらした西内さんに伺いましたよ。美術室に戻られましたが。怪盗騒ぎを調べることになったとか」
琴音はため息をついた。
「その通りよ。面倒ごとになったわね」
「その割に、フットワークは軽そうですが。西内さんのためでしょうか?それとも、結城さんと一緒だからでしょうか?」
琴音は怪訝そうな顔をした。私も同じだ。
「どういうことかしら?」
赤嶺さんは口に手を当て、上品に笑った。
「ふふふ。早乙女さんが行動を起こす時は、決まって結城さんがいらっしゃいますから。お2人は黒田中の名コンビですからね」
「琴音は相棒って感じだしね」
私の冗談に、琴音は苦笑いした。
「気味の悪いことを言わないで」
私たちの会話を聞いた赤嶺さんは、また可笑しそうに笑った。
「ふふふ。本当に仲がいいですね。
ところで、こんなところまでいらして、どうかされたんですか?」
琴音は眼鏡を上げた。
「悪いけど、用があるのは蒼井くん。あなたの方よ」
蒼井くんはキョトンとした表情で、自分の顔を指さした。
「僕?」
「そう。あなた」
「何かな。盗難の件かい?」
「ええ。そうよ」
蒼井くんは苦笑いした。
「悪いけど、僕もさっき来た西内さんに話を聞いたばかりだから、詳しいことは知らないよ」
「別に、事件の詳細を聞こうという訳ではないわ」
蒼井くんは首を傾げた。
「じゃ、何を聞きたいのかな?」
「私たちはただ、あなたの作った『自由の女神像』のポストカードが狙われた理由に心当たりがないかを聞きに来ただけよ」
蒼井くんは腕を組んだ。
「うーん。心当たりかぁ。特に無いなぁ」
琴音は残念そうに言った。
「そう。わかったわ」
「じゃあ、犯人に心当たりはないの?」
私のダメ元の質問に、蒼井くんは首を振った。
「悪いけど、それもないねぇ。
今後の犯行で、手掛かりを掴めることを期待するしかないんじゃないかな」
「確かに。2件目3件目と犯行が続くたびに、手掛かりが掴める可能性は上がりますからね。
もちろん、生徒会としても調査はしますし。何かあれば、情報共有をしましょう」
「ええ。そうしましょう」
私と琴音は2人にお礼を言い、生徒会室を後にした。ここでもやはり、大した手掛かりは得られなかったのだった。
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