三周年記念祭

水乃流

ある村にて

 世界を混乱と恐怖の坩堝へと変えた魔王が、勇者とその一行によって討伐されてから三年。王国は、魔王討伐三周年の喜びに溢れていた。王都ではこの日を祝うため、大規模なパレードやパーティーも催された。三年が経っても、魔王から解放された喜びは消えず、人々は三周年記念日に沸いた。


 王都では、狂乱とさえ思える様な記念祭も、王国の中心部を離れたへんぴな寒村では、もっと静かに魔王討伐を祝う行事が行われていた。ちょうど、季節は春の足音が聞こえてくる頃であった。村の人々は、節約しながら食べていた保存食の幾ばくかを提供し、その食材を村の女性が総出で料理し振る舞った。

 魔王の恐怖から解放されたように、冬の陰鬱とした雰囲気から抜け出せる、そんな期待が人々の心に溢れていた。記念祭が村人の風習として根付いていけば、やがて魔王討伐ではなく、春の訪れを祝う祭りになっていくのかも知れない。


「この良き日に、司祭様にいらしていただぐごとがでぎて、ハァこの村は幸運ですだ」

「すべては、神の御心のまま。普段から信心を忘れなければ、どんな者にも神は祝福を与えます」


 巡回司祭――王国の隅々まで神のご偉功を行き渡らせるため、辺鄙な村々を巡回しながら神の教えを説く者。魔王がいた頃には、その役目もままならなかったが、今では魔物に襲われることもなく、二人の修道士と護衛の騎士をつれただけで、神の道を説く旅を続けられている。

 ただ彼が、三周年祈年祭の日に、この村へ訪れたのはまったくの偶然だった。魔王が倒されたことで、権威を取り戻した教会ではあったが、王国内すべての村々に司祭、あるいは司祭に準じる者を送り込むことはできないでいた。その点で言えば、教会もまだ復興途中なのだ。


「準備が整いましたけぇ、こちらへどんぞ、司祭さま」

「ありがとう」


 普段は村の集会場として使っている建物の中に、簡単な祭壇と説教台が設えてあった。急ごしらえではあったが、催事を執り行うに不足はない。

 司祭はゆっくりと、神の威光を体現するかのごとく重々しく祭壇へと近づき、膝を突いて神に祈った。しばらく黙祷を捧げた後、立ち上がって振り返ると、村の住人たちがこちらを見つめていた。司祭は、おもむろに話し始めた。勇者がどのようにして魔王を倒したのかを。


――そうして、勇者と勇者の仲間たち、そして国中から集められた兵士は、魔王の住まう城へと突入したのです。しかし、魔王の配下たちも強かった。一人倒れ、二人倒れ。やがて、勇者と勇者の仲間、そして幾人かの兵士だけが魔王が待つ部屋へと進んでいったのです――


 勇者が魔王を倒す話は、帰還した勇者や仲間、兵士たちから教会が聞き取りを行い、ひとつのストーリーとして編纂したものだ。基本的に嘘はない。ただし、誇張している部分はある。特に神の御業に関連する事柄は。しかし、そんなことは彼のような巡回司教が知るところではない。彼らは、巡回先で読むようにと教会から本を渡されているだけだ。その内容に疑問を挟むこともない。


――こうして、神のご加護によって魔王を討ち果たした勇者たちは、王都へと帰還したのです――


「司祭さま」

 最前列に座っていた村人のひとりが、司祭に向かって声を投げかけた。

「勇者さまたちと一緒に戦った兵士は、何人戻ってきただか?」

「五人ですね。いずれも聖者として叙されていますよ」

「その五人には、司祭さまは、お会いになったことがアルダか?」

「えぇ、教会の中でなんどか」

「その中に、オリーやマークという名前の若者はおっただか?」

 司祭は、今や聖人となった生き残り兵士たちの顔と名前を思い浮かべる。いずれも、元々騎士団にいた兵士たちで、三十歳は越えていたはずだ。

「いえ、そうした名前ではありません」

「そうかい……」

 そういって、男はがっくりと肩を落とした。


「なぁ、司祭さま。オリーとマークというのは、おらの息子たちの名前だ。魔王との決戦があるちゅうんで、無理矢理兵士として王都に連れて行かれたんだ。おらの膝がこんなじゃなかったらなぁ。徴兵に来たお役人さまに『足手まといだ』って言われちまったよ。

「なぁ、司祭さま。あいつらは、息子たちはクワしか持ったことがなかったんだ。それをさ、いきなり剣やら槍やら持たされてさ。なぁ、司祭さま。あいつらはお国のために役立ったんだよなぁ。勇者さまたちの盾ぐれぇにはなったかねぇ……」

「そ、それは……」

 司祭にも、村人の息子たちがどのように戦い、どのように死んだのかなどということは分からない。役に立ったのか、そうではなかったのか、それすらも。魔王との戦いに参加した多くの兵士は、男の息子たちのようにあちこちから集められたにわか兵士だったのだろう。

「……息子さんたちは、きっと勇者様たちのお役に立てたはずです。身を捧げてこの国を守ったのですよ」

「そうですかい……そうだったら、えぇなぁ」



 その後、別の村に行っても、男の言葉が頭から離れなかった。


 そして司祭は決意する。村々を回って、兵士として徴兵された者たちの名前を記録することを。どうやって死んでいったのかもわからない、無名の彼らを記憶にとどめるために。


 王都にある小高い丘の上に、ひとつの碑が建立されたのは、魔王討伐三周年のあの日から、四十年以上も経った頃だった。巡回司祭だった男は、協会本部の大司祭となっていた。彼は、碑に刻まれた文字をひとつひとつ、丁寧に触っていった。そこに刻まれていたのは、彼が記録した兵士たちの名であった。


 彼の手がピタリと止まる。そこには、“オリー”そして“マーク”と刻まれていた。


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