和平協定1000日の果てに
くら智一
和平協定1000日の果てに
(*歴史物を匂わせる内容ですが、異世界ファンタジー扱いです。固有名詞は創作です。史実をわずかばかり取り入れたフィクションですのでご注意ください。)
屋敷の
「ベルナール、準備は整っているか?」
「はっ、ジェラール様。かつての激戦地ラ・ピエラ広場の後方100メートルに大砲30台を配備完了しております」
「気づかれてはおらぬだろうな?」
「この軍務長ベルナールが身命を賭けて保証いたします」
「む、ご苦労」
有力諸侯は独自に土地を所有し、互いに牽制しあう日々。例え血を分けた実の兄弟であっても、別の家督を継いだからには戦い、争わねばならない。
勢力拡大を狙う若き当主ジェラールは、弟のニコラと領土の境界線を巡り、血で血を洗う衝突を繰り返していた。その最中、休戦のため和平協定が結ばれる期間があった。
「……1000日の和平協定はあと1週間で終わる。愚弟ニコラの企てた急場しのぎの策は失敗に終わったわけだ。実に長かった。唯一慰めとなったのは、1000『年』でなかったことか。仰々しく千などという数字を用いたのはニコラの嫌がらせだったな」
農地だけでなく、商業都市を二分してお互いに支配している以上、戦闘は街に及び、境界線であるラ・ピエラ広場は凄惨な戦渦に巻き込まれた。多くの死者を出したが、霊魂を弔うためという目的で1000日間の和平協定が結ばれ、ジェラールとニコラ双方の兵は撤退した。
今や商人たちは崩れた家々を建て直し、日常に戻っていた。彼らへ休戦が日数に限りあるものだということは伝えていない。永続的に命が危険にさらされ続けるのでは土地に留まる理由がない。民が流出しないようにとの策案であった。この一点において兄弟の判断は一致していた。
「ジェラール様、実は折り入ってお耳に入れておきたい案件があります」
「なんだ? 申してみよ」
「兵たちの士気でございます。訓練は重ねておりますが、街に親族を持つ者がおり、不安に怯えております。せめて彼らと血の繋がった者だけでも非難させてはいかがでしょう?」
「……私とニコラは兄弟の間柄だ。だが、縁を切ってしまえば憂いなどなくなる。士気の無い者には兵として残るか、軍の秘密を知る者として牢に入るか、2択を迫ればよかろう」
「承知しました」
「ベルナール……おまえともあろう者が弱腰だな。休戦している間に骨を抜かれたか」
「滅相もございません」
「良い機会だ。再び戦火にまみれる前のラ・ピエラ広場へ視察に出かけよう」
――翌日、街の中心にあるラ・ピエラ広場には汚い布をかぶった2人組の男が現れた。
「ジェラール様……」
「どうした?」
「変装して出向いたのは妙案でしたが、むしろ衆目を集めている気が致します」
「ふんっ、商人ども。思ったより随分と綺麗な身なりをしているではないか……。少々大げさに貧乏人を装いすぎたようだな」
ラ・ピエラ広場をはさみ、ジェラールの領地とニコラの領地は街を二分している。広場から放射状に何本も街道が走っているため、広場を制圧することが戦略上の圧倒的優位を示していた。
「ベルナール、妙ではないか?」
「いかがいたしましたか、ジェラール様」
「子供が走り回っているようだ。仮にも広場は先の戦闘で火の海となった場所だぞ。大人たちは自分の子供を危険な場所で遊ばせるものなのか……」
「ニコラ側の領民でしょう。こちらは決して広場で不謹慎な行動を取らぬよう通達しております」
「うむ……」
ジェラールは広場の風景を中心から360度見回した。1000日で復興した街は以前にも増して賑わっているようだ。戦術的な拠点と判断していただけに、人が活発に動き回っている様子は鮮烈だった。寸暇を惜しむように、商人たちが店の中だけでなく、広場のあちこちで取引きしている。
「1年前に来たときは閑散としていた。頼もしいことだ。戦闘が終わったら、復興のため一時的に引き下げてあった税金を高くしてやろう」
広場で遊ぶ子供のひとりが足早にジェラールの元へ近づいてきた。
「ニコラのおじちゃん。こんにちは。なんで変な格好してるの?」
「ニコラだと?」
「ジェラール様、この
買い物途中の母親が気づいたのか、走り寄ると血相を変えて子供を抱き上げ、何度も頭を下げてその場を去っていった。
「ベルナール……、私とニコラは似ているか?」
「ご兄弟ですから、似ていらっしゃいます。ですが見間違えるほどではございません。
「左様か。それより気がかりなのは、なぜ広場にいる子供がニコラの顔を知っているかだ。我が領地で、私の顔を知っているのは近しい者だけ。兵ですら遠目に見たことしかないはずだ」
「おそらく領主自ら視察していたのでしょう。人材不足かもしれませぬ。戦地の下見は当然のこと、私が手配した大砲と同じくいずこかに武器が隠してあるはず……」
ジェラールは広場からニコラ領へと続く街道を眺めた。不穏な障害物はひとつもない。自分の領地へ続く街道は至るところに荷物が置いてあり、裏側が見えないように細工してある。巧みにカモフラージュしているところはベルナールの手柄なのだが。
「全く戦闘を始める気配が見えぬな。拍子抜けだ……」
ジェラールと軍務長は賑わう広場を跡にした。
翌日、ジェラールの執務室に再びベルナールが訪れていた。
「ジェラール様。報告したきことが……」
「何だ。直接時間を作らねばならぬことか?」
「いえ、伝達事項のみです。先日お話しした士気の下がっている兵たちを問いただしたところ、休戦期間のうちにニコラ領の娘と結婚した者がおりました。今は捕らえております。不届き者への処分ですが、仰せつかったように投獄を考えております」
「何だと!」
ジェラールは目を見開いた後、落ち着いた声で続けた。
「規則で禁じてはいなかったな……。誰もそのような事態を想像できなかったのだから仕方がない。ベルナール、おまえの管理不行き届きでもある。その兵は今まで通りに訓練させよ。私がおまえに命じたのは、戦わぬ者を牢獄に入れることだけだ」
「……よろしいのですか?」
「むしろ見物であろう。ニコラ領に積み重なった死屍累々の上に自分の嫁を見つけたときの感想を聞いてみたいとは思わぬか?」
ベルナールは領主の冷酷な瞳に寒気を覚えた。
「……いや、想定していた者はいたかもしれぬ。1000日とは長いものだな」
ジェラールは自嘲気味に言葉をこぼした。
同日、夜の
使用人から来客があると伝えられる。並の者であれば追い返したところだが、緊急の勝手口より、ジェラールが設けた合言葉を使って屋敷を訪れたらしい。武器の類を一切持っていないか確かめさせたうえで、訪問者と会うことにした。
闇にまぎれるため黒い衣服を身につけていた。自分が雇っている者ではなく、弟のニコラが遣わした密偵だ。文書を持っていたため毒に注意しながら、中を確かめる。
――ニコラからの手紙には、「降伏するので戦闘を回避したい」旨が書かれていた。
「戦うつもりがないのは薄々勘づいていたが、以前は激戦を繰り広げたはず。なぜだ?」
「ニコラ様は先月、お亡くなりになりました。和平協定を結ぶ前からすでに病が進行しており、今年に入ってからは動くこともままならない状態でした」
「なるほど、跡目を決める暇すらなかったということか。敵ながら不幸なことだ」
ジェラールは手紙の筆跡が弟の物であることを再確認して、訪問者に問いかけた。
「ひとつ教えて欲しい。ニコラはいつ手紙を書いたんだ? 先月ならその時に届けてくれても良かったのに。こちらは無用な訓練をせずとも済んだ」
「……実は、和平協定を結んで間もなく書き上げたそうです。私が直接見たわけではありませんが、ニコラ様に戦闘を準備する素振りはなかったと聞かされています」
「わかった、ご苦労だったな。降伏するというのなら結構。こちらから改めて使者を向わせる故、そちらの家の者には安心するよう伝えて欲しい」
ジェラールは1人になると、隣の領地へ養子に出された弟のことを思い出した。
「ニコラめ、愚弟にもほどがある。1000日の休戦期間中、こちらの領地は図らずも戦禍からの復興に力を注ぐことができた。おまえの領地はそれ以上に回復したのだろう。ラ・ピエラ広場の賑わいを見れば私でも気づくというもの。和平協定を結んだのは、戦意ある者に頭を冷やす時間を与えたというわけだな。早期降伏という手段では、負ける側から不平分子が出る。休戦ならば反対する者は皆無に近い」
ジェラールは目頭が熱くなるのを手で押さえた。
「昨日見た
数日後、ニコラのものだった領地は、正式にジェラールの領地のひとつとなった。調印式を実行し、平和への祈りと、亡きニコラを弔うために神への感謝祭が計画された。
ラ・ピエラ広場を中心とした盛大な祭りだ。準備に3ヶ月かかったが、後の世まで語り継がれるような幸せに満ちた祭りだったと言う。休戦してから1096日後。戦いが終わり、「3周年」の平和が訪れた時のことである。
<了>
和平協定1000日の果てに くら智一 @kura_tomokazu
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