第23話


「お祖母ちゃんおはよう」

「ん、おはよう香苗。昨日は随分遅くまで遊んできたようだね?」

「ぇあ」

「若いもんが遊ぶのはええことじゃが、仕事との線引きはするように」

「はい、先輩」

「よろしい」

 ほっほ、とサンタの人みたいな笑い方をするお祖母ちゃんの隣で、私は大根とリンゴの浅漬けを作る。これが結構合うので、私は冬場のお気に入りにするほどだった。実家では。父方の祖父は長野でリンゴ農家をしている。毎年箱一杯届くのを、傷まない内に消費するのが大変だと言っていた。今年は人数的に釣り合うと言うことで半分こっちに送られて来たけれど、お祖母ちゃんはジャムにして近所に配ったりパイにしたりと無双状態だ。そのお祖母ちゃんからどうしてプランターで二十日大根を育てて庭をミントに侵食される母が生まれたのか、まったく解らない。

「どこにいっとったんじゃ? 居酒屋じゃあるまい」

「駄菓子屋さんで特撮見てた」

 嘘じゃない。一応半分ぐらいは。

「ああ、なら安全じゃな。この村であそこほど安全な場所もあるまい」

「お祖母ちゃん……?」

「の? 香苗」

 くすくすっと悪戯っぽく笑って見せるお祖母ちゃんは、もしかして。

 ……否、詮索は罪だ。エルサレム、エルサレム。人を裁くな疑うな。百合籠翁と同じぐらいの歳だもんなー、お祖母ちゃんも空襲から逃れに入った可能性はなくはない。なくはないだけだ。先代はもういないし、お祖母ちゃんも語ろうとはしないだろう。私だって、積極的に誰かに話そうとは思わないことだ。星空の街があるんだなんて、そんな素敵なことは秘密にしてなきゃ勿体ない。

 少なくともあと七十年ぐらいは、私の中の宝物みたいな秘密だ。百合籠翁のそれが、そうだったように。

 思いながら私は浅漬けの水を切る。トラック野郎ではなくコンバイン野郎になった私は、今日も仕事が終わったらあの店に向かうんだろう。

 『駄菓子屋すてら』。

 けっして『か』を忘れたわけでは、ございません。



「色んなことが、あったねぇ」

「……うん」

「トワはいつの間にか年下で、私の孫みたいになっちゃうし」

「ごめんね。一緒に歳を取ってあげることが出来なくて」

「良いのよ、解ってたことだから。不毛な恋をしていた十九歳の女の子には、それで良かったの」

「……もし、僕が君を突き放していたら、君は孫に囲まれて幸せな天寿を全うしていたのかもしれないんだぜ」

「ふふっ、出来るもんですか。あれだけ私を好きなあなただったもの」

「今も愛してるよ」

「……、もし、私が死んでも、金平糖は食べさせないでね」

「うん」

「金色は、嫌。ピンクが、良いわ。そしたら私も星になるの。星屑になって、あなたを観測して見せるわ」

「それは、素敵だな。魅力的だよ、カナちゃん」

「もうそんな呼ばれ方する歳じゃないわ。ふふっ」

「でもカナちゃんはカナちゃんだから」

「ん……」

「お休みカナちゃん。愛しているよ。僕の心のひっかき傷になってくれて、ありがとう」

「…………」

「ありがとう、カナちゃん。星になって、……また会おうね」


 回る回る。

 輪廻も銀河も宇宙も、広がりながら回っている。

 その中に、意識を持つ。

 ああ、お兄ちゃんだ。

 星になってたんだね。

 お父さんたちも星になったのかなあ?

 ひゅんっと何かが通り過ぎて行く。

 流星だ。

 引力に引っ張られて、しがみ付く。

 私は裸足でそこに立っていた。

 ふらふらとドアを開けたのは、一番近くにあった店。

 からころドアベルが鳴る。

「あらいらっしゃいませ」

 頬に星を持った女の子が私を迎えてくれた。

「久し振りです、カナさん」

 カナ。

 そうだ私は。

 私は――――……。


 左胸の下の星が、光った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星の駄菓子屋ステラ ぜろ @illness24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ