本当にカットしてほしかったもの
羽ノ浦鴨
本当にカットしてほしかったもの
「え?マジで?今から?」
俺の名前は
高校生の頃から毎日コツコツ投稿し、今や30万人を超える登録者数を抱えるまでになり、大学でも知らない奴から声をかけられることも多くなった。
広告収入のおかげでバイトをする必要もねえし、このまま登録者数を順調に増やしていければ、企業案件で飯を食っていけるだろう。
だが人気が出ることは良いことばかりじゃねえ。
「今から撮影あるんだが……どっちが大事って言われてもな……」
YouTuberの大半はアイドルみたいな存在だ。女性関係が表沙汰になれば、当然人気も暴落する。だから現在付き合っている彼女にも、俺たちの関係は秘密にしてもらっている。
しかしそれはつまり、弱みを握られている状態と同義だ。
「わかったよ。今すぐ行くから……少し待っとけよ」
言いふらされたくなきゃ、彼女のわがままには犬のように従うしかねえ。会いに来いって言われたら、手土産持参して飛んでいかなきゃならねえ。まるでヤクザの親分だな。
「やっべーなぁ……どうすっかなぁ……」
毎日投稿するのは理想だが、今回のように急な用事で撮影をキャンセルすることはよくあることだ。普段なら特に問題はねえんだが……。
「告知しちまったからなぁ……」
今日、10月10日日曜日は俺のデビュー3周年記念日なんだ。
SNSにも「3周年記念動画上げますんで是非見てください!!」って堂々と告知しちまったし、俺も滅茶苦茶頑張って3年間の活動のダイジェスト動画を作った。後は冒頭の挨拶を撮って編集するだけだ。
撮影はすぐ終わる。問題はエンコードと編集だ。一時間は絶対欲しい。だが
「お兄ちゃん。どうしたの?」
俺がうんうん唸りながら着替えていると、六歳下の妹である
「撮影してーんだけど、急に用事が入っちまって出かけなきゃならねえんだよ。しかも泊まりだ」
「モモモッチー3周年だったよね」
「あと挨拶するだけなんだがなぁ~。まあ一日ぐらい遅れてもいいかぁ」
「約束を破るなんて、そんなのモモモッチーじゃないよ!」
妹が声を荒らげ、グーで背中を殴ってきた。こいつはモモモッチーという名の名付け親だ。だからか知らねえが、モモモッチー像に異常にこだわりがあって、俺がそれに反する行動を取るとすぐに
「そんなこと言われても、時間ねえし……」
「私が代わりに撮ってあげるよ。いつも隣で見ていたから大丈夫。ぱぱっと撮って切って繋げてアップしたらいいんでしょ?」
「ああ?お前が一人で?本当に大丈夫か?」
「私だって将来はモモモッチーみたいなYouTuberになるの。それくらい出来て当然だよ」
確かにこいつは俺の活動に興味があって、色々教えてやったことはある。だがこいつは勉強せずに動画ばかり見ているバカだ。動画編集はバカでも出来る作業だが、何を仕出かすのが分からないからバカなのだ。果たして任せていいものだろうか……?
「早く撮ろうよ!みんなモモモッチーの動画待ってるよ!」
「分かったから、引っ張るなよ」
妹に強引に押し切られる形で、撮影場所であるリビングに向かう。
「はい、撮るよ~」
「時間もねえし、一発撮りだからな。余計な部分は後でカットしてくれよ」
「OK。任して。それじゃ、3、2、1」
妹の掛け声に合わして髪をかき分け顎を引き、YouTuberとしての表情を作っていく。カメラの前の俺は彼女の尻に敷かれる森本元彌じゃねえ。キッズのアイドル、モモモッチーだ。
「……皆さん!!いつもご視聴ありがとうございます!!モモモッチーです!!」
爆上げのテンションでいつもの挨拶を決める。
「今日は私がデビューして3周年、ということでなんと!!……ここは、ぱぱぱぱーんな。クラッカーのSE入れてくれ。派手に盛り上げてくれよ」
指示を出すのにわざわざカメラを止めたりはしねえ。編集で何とかなるだろう。
「3年間のダイジェストをお送りしたいと思います!!」
動画の中では気軽に言ってやがるが、俺はこのために千本以上の過去動画を見返した。ほとんどは下らないチャレンジ動画だが、改めて実感したことは、面白さは編集で作り出せるってことだな。
「いや~正直に言うとここまで続けられるとは思っていなかったです!!」
俺はトークが面白いわけでも、リアクション芸が優れているわけでもねえが、たとえ素人のオーバーリアクションであっても、丁寧に切って貼ってエフェクトかけたら様になるっつーわけよ。
「たくさんの視聴者の声援こそが唯一の希望でした。私の実力不足を思い知らされた3年間でした。……すまん。順番が逆の方がいいな。唯一の希望でしたの方を後ろにしてくれ」
俺は撮り直すことはあんまり好きじゃねえ。失敗した動画こそ、素材として活きる可能性があるからな。
「私が続けられたのは……もちろん家族の支えもありました。妹も手伝ってくれました。でも何よりも視聴者の皆さんのおかげです!!」
嘘じゃねえが、まあ正確に言えば振り込まれる金が順調に増えていったことが、モチベーションに繋がったよな。
「私は視聴者の皆さんのことを愛してます!!これからもよろしくお願いします!!」
大きくお辞儀をして撮影終了。だが本番はここからだ。
「本当に任していいんだな?」
俺が編集している時間はねえ。着替えを持って今すぐ
「大丈夫!モモモッチーのために最高の動画にしてあげるから!」
妹は早速カメラからSDカードを抜いて、鼻歌交じりにPCに向かう。
ふん。腐ってもYouTuberの妹っつーわけか。嬉しそうな顔しやがって。将来はモモモッチーのようなYouTuberになりたいだって?じゃあ見せてもらおうか、お前の編集のセンスを。
編集作業自体は操作も簡単でバカでも出来る。だが面白い動画を編集で作れるヤツは一握りだ。お前がそうなのか、見定めてやるぜ。
俺は黒いジャケットを羽織って夜の街に繰り出す。
翌日10月11日月曜日。
一晩中
俺は大学でそこそこの有名人だから、赤の他人に注目されることは慣れている。
だが今回のはそういうレベルじゃねえ、千人くらい人間が一斉にこっちを向いたかと思うと、ひそひそ話で空間が満たされた。言葉は不明瞭で聞き取れねえが、何について話しているかは想像がつく。
もしかして3周年記念動画がバズったんだろうか?いや、それしか考えられねえ。もしかして妹は俺を超える天才だったか?俺が眠れる才能の開花してしまった?
俺は講義が終わるとソッコーで妹が代理でアップした動画を確認する。
信じられねえ!一日で100万再生してやがる!
俺は震える指で再生ボタン押す。そして……
絶句した。
「おい!これはどういうことだよ!」
「何が?」
俺は家に飛んで帰って、自室のPCで動画あさりをしていた妹を問い詰める。
「こんなこと頼んだ覚えはねえぞ!」
「私はお兄ちゃんの指示に従っただけだよ?」
「このバカが!もう一回自分で確かめてみろ!」
俺は妹のPCを横から操作して、3周年記念動画を再生した。
――皆さん!いつもご視聴ありがとうございます!モモモッチーです!
ここはバッチリ決まっている。画面越しの俺に
――今日は私がデビューして3周年、ということでなんと!!
この後にクラッカーのSEで盛り上げてくれと指示したはずだが……。
――3年間のぱぱぱぱーんをお送りしたいと思います!!
「何で俺の声を差し込んでるんだよ!クラッカーのSEって言っただろ!」
「どれか分かんなかったのよ!」
――いや~正直に言うと……。
「何でここで切ってんだよ!続けられるとは思わなかったはどこいったんだ!?」
「モモモッチーは嘘付かないの!」
――たくさんの視聴者の実力不足を思い知らされた3年間でした。
「声援こそが唯一の希望でしただろ!」
「後ろにしてくれって言ったじゃない!」
――私の声援こそが唯一の希望でした。
「俺はナルシストか!」
「それはあってるじゃない!」
――私が続けられたのは……
ここまではギリギリ許せる。問題は次からだ。
――何よりも妹のおかげです!!
「視聴者どこいったんだよ!何でお前しかいねぇんだよ!」
「余計なものカットしてくれって言ったでしょ!」
――私は妹のことを愛してます!!これからもよろしくお願いします!!
「勝手にペーストしてんじゃねえよ!これじゃ俺がシスコンじゃねえか!」
「モモモッチーは妹が何よりも大事なの!!」
バカな妹に任せた俺がバカだった。これから俺はシスコンYouTuberとして活動していかなきゃならねえ。
これだから編集は大切なんだ。切るとこ貼るとこ間違えたら意味が全く変わってきやがるからな。
ああ……どうか神様がいるなら願いを聞いてほしいぜ。
俺の人生を編集出来るなら、10月10日の出来事をカットしてくれ!!
本当にカットしてほしかったもの 羽ノ浦鴨 @paperplan
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