三十六計殺すにしかずと 09

「シャム双生児?」

 イアが眼鏡を押し上げながらカルテをめくった。そこには簡単なラングス姉妹の血液型や身長、体重などの情報が記述されている。

「ああ。結合双生児が正式名称だったっけ?」

 ポリポリとジンジャークッキーを齧りながらブラッドは呟いた。ハーツは知らない言葉に首を傾げる。

「それって、どういうことなの?」

「言葉通りさ、結合している双生児のことをそう呼称する」

 赤い目を眇めたブラッドの細く長い指が、一枚のクッキーをつまみあげた。生地を並べる際に近くに寄せすぎたのだろう、ふたつのジンジャーマンがくっついて持ちあがる。ハーツからと偽って、クッキーをラングス姉妹に渡したのはブラッドが勝手に考えて実行したことだった。ハーツからラングス姉妹の手術痕と、そこに移植されたであろう臓器から推測して揺さ振りをかけたが、見事正解だったのだ。

「そんなこと、あるの?」

「まれにな。大戦で使われた化学兵器の一部は土壌を汚染して、地域によってはシャム双生児の産子数が増えてるところもあるらしいぜ」

「母親の胎内での細胞分裂の過程で、完全分離できなかった一卵性双生児に起こるのよ。私も患者に持ったことはまだないわ」

 ハーツはぱちぱちと目を瞬かせてクッキーを凝視する。彼は自分の臓器が彼女達に埋め込まれている事には気付けたが、その先にある可能性には思い至らなかったらしい。

「え?え?でもラングズ姉妹は……」

「そうだな、今は別々だ」

 ブラッドはクッキーをぱきりと割った。くっついていたジンジャーマンが綺麗に分かれる。イアが熱心に情報の薄いカルテを読み込んでいる。

「分離手術。結合の状態にもよるけど上手く離れることが出来たんでしょうね」

 ラングズ姉妹の微笑んでいる姿を思い出す。彼女達は、よく身体を寄せ合い手を絡め笑っている。それは、あの身体がもともと一つだったからなのだろうか。

「ただ、分離する際に、共有していて切り離せない部分があった」

 割ったクッキーを頬張って、空いた手をハーツの脇の下に当てる。

「それは、肺だ」

 浅い呼吸がハーツの胸を上下させる。その下に埋まるのは、躑躅のように鮮やかなピンクの人工肺だ。

「そこが、あいつ等を繋いでいた箇所。そして今、お前の肺が片方ずつ繋がれ、お前の背中の皮膚で覆われている場所でもある」

 ブラッドが薄く笑う。ハーツは何故かぞくりと悪寒がした。ゴーラの家のお茶会でブラッドとラングス姉妹が接触してから、ラングス姉妹は異様にテンションが高かった。リブが何度か頭に拳骨を落として、最後はお互いの黒服がにらみ合う事態にまで発展したのだ。

「二人をもう一度繋ぐ」

「そんな」 

「交渉の結果だ。その代わり、二つの肺を返してもらう」

「まって、僕はそこまでして」

「――あの二人がそう望んだんでしょう?」

 イアの指摘に、ハーツが総毛立つ。

「いくつかの診療記録を読んだことがあるの。結合双生児は自らの状態を自然だと感じている、だから分離されることで喪失感を抱いていることも勿論あり得る。分離が本人の意思によるものではないのなら、尚更にね」

「でも」

「やめろ、一般論を押し付けるな。みんなの幸せの在り処は此処だと指差すことほど、愚かなことはない」

 ブラッドの方が、余程彼女達を理解しているような言い振りだ。たった一度話しただけで、どうして。そう驚くが、優秀なスパイ狩りだったブラッドからすれば、ガードの緩い子供の望みや願いを餌に交渉を進めることなど容易いのかもしれない。

「四日後の深夜、ハーちゃんと俺でラングス姉妹を迎えに行く。自分達から警備の薄い植物園に出てきてくれるそうだ。連れてきたらイア、お前が手術をしろ」

「また無茶言うわね……」

「いつも通り、いくらでも払う」

 ブラッドはハーツの肩を叩き笑った。

「喜べハーちゃん。自分の肺で吸う空気は、きっとうまいぞ」

「……うん」

 ハーツは覚悟を決めた表情で、硬く頷いた。

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