スレイマン1世②子供たちとの語らい

◇スレイマン1世



 朕は、ワクワクからの使者との謁見を終え、宮殿の私室へと戻る。

 侍従たちに、ワクワクからの贈り物を宮殿の一室へと移す様に命じた。ワクワクからの使者という事で、外交使節を謁見する時間を本来より多く取っていた。

 そのため、ワクワクと言う未知の国について、多くを尋ねることが出来たのだ。


 ワクワクのマサヨシなるアミールからの贈り物は、とても素晴らしい物ばかりで、ヨーロッパやアラビアの王が贈るよりも遥かに豪勢な贈り物である。

 あれらの贈り物を揃えるのは大変だったはずだ。

 それだけ、マサヨシが我が帝国と外交関係を結びたいと言うことであろう。

 ワクワクの数多いるアミールの家臣である小アミール如きが、我が帝国と外交関係を結ぶなど、本来なら受け入れられたものでは無い。

 しかし、ワクワクのヴェズラザムの息子と言う血筋の良さを考えれば、莫大な贈り物を含めて外交関係を結ぶのも吝かではなかろう。

 まして、ワクワクに住まう者たちはアウトクラトールを含めて、その殆どが我が帝国の存在を知らないと言う。

 我が帝国の存在を知り、直ぐに使者を送ってくる先見性とその姿勢も評価に値する。

 イスラム世界で幻の国と呼ばれるワクワクから来たと言うだけで価値は有り、我が帝国の威信を上げることとなろう。


 また、ポルトガル勢力がスィーンやワクワクに及び始めていることや、ポルトガル勢力の伸長を防ぐため、ポルトガル船を襲っていると言うのも、我が帝国にとっては好都合だ。

 わざわざ、ポルトガル人どもから奪った十字架をかき集めて送ってくるくらいだ。

 我が帝国はインドを含め、東洋の海ではポルトガル勢力に負け続けている。

 主力を向けられない分、ポルトガルの東洋での勢力拡大を我が帝国が防ぐことは困難と言えるだろう。

 非公式ながら同盟を結んでいるアチェ王国も、何度かマラッカを取り戻さんとしているが、失敗に終わっている。

 千年近く内戦をして、殺し合いに慣れているワクワクの兵を送れるならば、マラッカを奪還に役立つかもしれない。

 東洋のポルトガル勢力と戦ってくれるなら、マサヨシを支援するのも良いだろう。

 まずは外交関係を樹立したので、帝国から官僚を派遣し、マサヨシや東洋のことを調べさせる。

 軍事支援や非公式同盟を結ぶに値するならば、その時はより大きな支援をしてやることにしよう。

 当面は、外交関係の深化と交易、そして情報収集だな。



 マサヨシからの贈り物を集めさせた部屋にて、一品一品をじっくりと眺める。

 大鎧と言う甲冑の細工は細かく、色使いも美しい。金屏風と言う絵の描かれた衝立も金を使い、西洋に無い美しさを醸し出している。

 贈られた2本の刀剣もその刀身はとても美しく、良く斬れそうだ。

 螺鈿細工や金蒔絵の漆器は、以前にアチェ王国から外交官が持ち帰った物よりも美しく、見事な出来であった。

 螺鈿細工の漆器の箱に詰め込まれた真珠や真っ赤な宝石珊瑚は、宝石細工を趣味とする者としては、何としてでも手に入れたい品々であろう。

 真珠はペルシャの名産であり、宝石珊瑚は地中海の名産だ。

 地中海では、宝石珊瑚が採られすぎたのか、その数を減らしており、質も低下している。

 しかし、贈られた真っ赤な宝石珊瑚については、地中海でも聞いたことが無い。ワクワクでだけ採れる宝石珊瑚なのかもしれない。

 敵国ペルシャの名産である真珠や地中海に無い宝石珊瑚を交易で手に入れられることだろう。

 螺鈿細工や宝石珊瑚の銃床の火縄銃も美しい。銃身は彫金が施されており、まさに皇帝が持つに相応しい逸品と言える。

 そして、多くの陶磁器の中で目を奪われるのは、磁器で作られたチューリップの花と花瓶だ。

 まさか、磁器で我が帝国の国花であるチューリップを作って贈ってくるとは思わなかった。

 永遠に枯れることが無い花か。中々粋な贈り物ではないか。


 暫く部屋にてワクワクからの贈り物を眺めていると、愛妾たちとその子供たちがやって来た。

 愛妾のマヒデブランと息子のムスタファ、愛妾のヒュッレムと4人の息子たちと一人娘のミフリマーだ。

 子供たちもワクワクの贈り物に興味津々であり、眺めている。

 息子たちは、あれが欲しい、これが欲しいと騒いでいた。

 そんな中、長男のムスタファが目を留めているのは、ワクワクの刀剣である。

 我が帝国では、皇子は修行のため地方の行政官に赴任すると言う慣習がある。ムスタファもこれからにマニサに赴任する予定だ。


「ムスタファ、ワクワクの刀剣が気に入ったのか?」


「はい、父上。ワクワクの刀剣とはとても美しいのですね」


「其方に1本やろう。マニサへ持っていくが良い」


 地方へ赴き、朕の元を離れるムスタファにカネサダと言う刀剣を与えることにした。ムスタファは嬉しそうにしている。カネサダよ息子を守ってやってくれ。


 ムスタファにカネサダを与えたからか、他の息子たちも騒ぎ始める。息子たちが地方へ赴くときに与えると言って宥めることにした。


 一人娘のミフリマーは、美しい螺鈿細工や金蒔絵の漆器や真珠、宝石珊瑚などに目を奪われていた。

 しかし、その中でも最も気に入った様子なのが、磁器で出来たチューリップと花瓶である。


「ミフリマーよ、そのチューリップと花瓶が気に入ったか?」


「えぇ、父上。どれもとても美しい品々だけれど、磁器で花を作ってしまうなんて。それも、我が国の花であるチューリップをよ。枯れることの無い花なんて素敵」


 枯れることの無い花か。我が一人娘も永遠に可愛らしいままであってくれればとつい思ってしまった。


「そのチューリップと花瓶はミフリマーにやろう」


「本当!?父上大好き!!」


 ミフリマーはとても喜んでいる。その可愛らしい姿に、思わず笑みが浮かぶ。ミフリマーは磁器のチューリップだけで無く、その他の品々も気に入り、ワクワクに興味を持った様だ。


 他の息子たちが、ズルいと騒いでいるが、ついつい一人娘には甘くなってしまう。

 仕方ないので、息子たちには陶磁器を1つずつ与えることにした。本当は武器を欲しがっていたがな。

 その後、我が子たちや愛妾たちにも、ワクワクについて語ることとなった。



 ワクワクの使者であるゲンバがイスタンブールに滞在している間、何度か召し出して、ワクワクの話などをしていた。

 皇子たちや高官もゲンバを招いて、ワクワクの話を聞きたがっているらしい。

 そんな日々もあっという間に過ぎ、ゲンバがワクワクへと帰ることとなった。

 朕は、ワクワクへ派遣する官僚に、近頃頭角を現しているリュステムを選んだ。

 リュステムは、クロアチアのスクラディン出身で、幼い頃に奴隷としてイスタンブールに連れてこられ、軍人・官僚として教育された。

 リュステムの見識を深めさせるためにも、ワクワクへ赴くのは良いことだろう。

 リュステムには、ワクワクやマサヨシの情報を集め送るとともに、マサヨシに協力する様に命じた。


 こうして、ワクワクからの使者であるゲンバは帰国し、朕はペルシャとの戦争に意識を向ける。

 ペルシャとの国境で紛争が勃発し、ペルシャと戦争になっていた。

 ヴェズラザムのイブラヒムは既にアゼルバイジャンへ遠征している。

 朕も年が明けたら、イラクへと遠征する予定だ。

 ペルシャへの遠征前にワクワクの使者が訪れてくれて良かった。

 イラクへ遠征してしまえば、当分の間は使者の相手など出来ないからな。

 ワクワクの使者が訪れたのは、戦争と戦争の合間の癒しには丁度良かったと言えるだろう。

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