馬路玄蕃⑤スレイマン1世との謁見

 イスタンブールにて、外交使節の宿に通された我々は、オスマン帝国のパーディーシャー(皇帝)スレイマン1世との謁見の準備に追われていた。

 スレイマン1世への贈り物を役人たちが改めるとともに、大鎧の飾り方など贈り物の取扱いを説明する。

 そもそもの文化が異なるので、誤った扱いをされて、台無しにされては困るからな。


 スレイマン1世との謁見は、直衣にて臨むこととした。

 我々の中に官位を持っている者がいないことやオスマン帝国の建物の構造などから、束帯や衣冠は不適当であったからだ。

 直衣ならば、位階に合わせた色で無くても良いからな。


 アチェ王国の外交使節たちは、我々に先んじて、スレイマン1世と謁見された様で、内容については教えてもらえなかったものの、スレイマン1世の様子などを聞き取ることが出来た。

 スレイマン1世の機嫌は悪くない様である。


 その後、オスマン帝国の役人からスレイマン1世との謁見の日取りが決まったことを告げられ、その日取りまでは宿で大人しくしていた。



 いよいよ、スレイマン1世との謁見の日が訪れる。今回、謁見に臨むのは、正使である俺と文官たちに加え、川俣十郎殿であった。

 皆、スレイマン1世との謁見にあたり、直衣を身に纏っている。

 我々は、謁見の間にてスレイマン1世を待つこととなった。


 暫くして、侍従の者がスレイマン1世がやって来たことを告げられる。

 顔を伏しているため、スレイマン1世の龍顔を観ることは叶わないが、衣擦れの音などから、その動きを察せられる。

 侍従では無い人物から顔を上げるよう告げられ、俺は顔を上げるが、完全に顔を上げはしない。

 スレイマン1世の龍顔を直視しないよう、少し目線を伏せている。

 スレイマン1世の隣には、大臣と思われる方がいた。その方が、我々をワクワク(日本)の使者だとスレイマン1世に語りかけている。


 スレイマン1世に語りかけていた大臣が、俺に対して、スレイマン1世への挨拶をする様に促す。

 俺は、玉座に座るスレイマン1世の足下まで進み、跪きスレイマン1世の長衣(カフタン)に口付けをする。

 その後、元の位置へ戻り、挨拶の言葉を言上した。

 大臣を介して、一通りの挨拶を終え、侍従に親書を手渡す。

 その後、侍従から親書を受け取った大臣がスレイマン1世に対して、親書を読み上げていた。


「ワクワクの使者よ、よう参った。直答を許す」


 大臣が親書を読み終えたところ、スレイマン1世が俺に対して直接言葉を発した。

 思わず、大臣の方を観ると、大臣は頷く。直接、スレイマン1世と話して良いと言うことであろう。


「朕は遥か東の地から、ワクワクの使者が参ったことを嬉しく思う。

ワクワクのアウトクラトール(皇帝)の使者では無いそうだが、ヴェズラザム(大宰相)の息子からの使者だそうだな。

イスラムの世界では、スィーン(中国)の東にあるワクワクは幻の国と呼ばれ、黄金の国と伝えられておる。

朕にワクワクのことを教えてくれ」


 その後、スレイマン1世から尋ねられたことに、俺は答えていった。

 日ノ本の情勢、宗教、産物など様々なことを尋ねられる。

 日ノ本は、アウトクラトールに任命された大アミール(足利将軍)が主上に代わって治めていること。

 大アミールの力が弱く、各地にアミールが林立して乱世になっていること。

 我が主である西村庄五郎(馬路玄蕃は正義の改名をまだ知らない)がヴェズレザムの子息でありながら、アミールに仕える小アミールの養子になり、小アミールとなったこと。

 我が主は小アミールの地位ながら、領土を拡大させ、南蛮と交易していること。


 スレイマン1世は、ヴェズレザムの子息でありながら、小アミールとして、自身の実力で勢力を拡張している、我が主に大いに興味を持った様だ。

 琉球や南蛮と交易をしたことで、日ノ本では殆どの者が知らないのに、オスマン帝国へ唯一使者を派遣する姿勢を大いに評価される。



 スレイマン1世は、一通り日ノ本の話を尋ね終えると、我が主からの贈り物に興味を抱いた様だ。

 まず、箱に入った多くの十字架に目をやり、これは何かと尋ねられる。


「我々が捕らえたポルトガル人たちから奪った物にございます。

パーディーシャーはカトリック勢力と対立しておられると聞き及んでおります故、パーディーシャーのためにポルトガル勢力と戦っていることを示すため、贈らせていただきました」


 スレイマン1世にポルトガル勢力と戦っていることを主張すると、満足気に頷かれていた。

 その後、大鎧、金屏風、太刀を観て感嘆したり、螺鈿細工や金蒔絵の漆器を喜ばれる。

 スレイマン1世は宝石細工を作るのが趣味とされている様で、贈り物の中にあった真珠と珊瑚には大いに驚かれていた。

「日ノ本では真珠や珊瑚が取れるのか?」「こんな赤くて美しい珊瑚は観たことがない」など、自身で細工するつもりなのか、喜んでおられる。

 そして、螺鈿細工と漆塗りの銃床、珊瑚で作られた銃床の二丁の火縄銃を観て、スレイマン1世は息を飲む。

 銃身には彫金が施されており、その美しさは火縄銃でありながら、その美しさには目を奪われて当然と言えるだろう。スレイマン1世か賛辞の言葉を賜ってしまう。

 続いて、スレイマン1世は妻木にて作らせた陶磁器に目を移す。

 その陶磁器の中でも、最も目を惹かれるのは、磁器の器に飾られた磁器の花束であろう。


「こ、これは我が帝国の国花であるチューリップではないか?」


 スレイマン1世から問われたので、我が主がオスマン帝国の国花がチューリップと聞き及び、その形や色を聞き、永遠に枯れることが無いよう、磁器にて作らせたと答えた。

 スレイマン1世をチューリップの一本を手に取られ、じっくりと眺めておられる。


「永遠に枯れることが無いようにか。我が帝国も枯れること無く咲き続けたいものよ」


 スレイマン1世は、ボソリと呟いた後に、玉座へと戻っていった。

 玉座に戻られたスレイマン1世から、我が主の親書への返答を告げられる。

 俺がワクワクのアウトクラトールの正式な使者と言う訳では無いので、ワクワクを代表しての外交関係の樹立とはならない。

 そのため、アチェ王国の様に非公式の同盟関係を築くことは出来ないそうだ。

 しかし、オスマン帝国としては、西村庄五郎を日ノ本のアミールの一人として扱い、非公式ながら西村家と外交関係を樹立・維持しても良いとのことで、オスマン帝国と当家の交易については許可をいただく。

 オスマン帝国としては、当家が東の地でポルトガル勢力を押さえ込むことを期待している様だ。

 ポルトガル勢力を押さえ込む条件で、オスマン帝国から様々な支援をいただくことを認めていだだく。

 軍事技術などは同盟国では無いため、難しいが医療、科学、建築など、出来る限りの技術支援はしてくれるとのことであった。

 また、オスマン帝国から当家を支援するにあたり、役人の派遣を受け入れることや当家支配地域でのイスラム商人の保護、モスクの建設など求められる。

 日ノ本の情勢を鑑みるに、モスクを建設するのは良いが、イスラム教の布教は勘弁願いたいことを伝えた。

 取り敢えずはオスマン帝国から派遣されるイスラム教徒のためのモスク建設に留まることで合意する。


 こうして、我々は、西の超大国であるオスマン帝国パーディーシャーのスレイマン1世との謁見を終えたのだった。

 その後、オスマン帝国の役人たちと話し合い、当家が欲する技術者や物品、作物や家畜などを取り揃えてもらう。

 それらが揃うまでの間、イスタンブールの町を案内されたり、オスマン帝国の高官に招待され、日ノ本やその周辺について話を聞かれたりする。

 スレイマン1世やその皇子たちに呼ばれ、様々なことを尋ねられることもあった。


 そして、日ノ本へ戻る準備が整った後、スレイマン1世に辞去の挨拶をするため、謁見を許された。

 スレイマン1世からは、我が主への親書と贈り物を渡される。

 こうして、我々は日ノ本へ戻るべく、イスタンブールを出立したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る