天文2年(1533年)の内政まとめ

 今年の方針の方針であった東美濃攻略は見事に達成した。

 獲得するのは東美濃だけにするつもりだったが、流れで馬籠城と妻籠城まで得てしまい、木曽氏を臣従させると言う大戦果だ。

 予想以上の戦果に、わし自身が戸惑っている。来年は、戦をせずに内政に注力したいが、何事にもタイミングがあるので、そう上手くいくかどうか。

 


 内政については、戦で奴隷をかき集めてしまったため、労働力の配分が上手くいかなかったことものあったが、概ね開墾や農作業や工業の手伝いをさせることは出来たので、生産力を上げることが出来たと言えるだろう。

 東美濃に領地を増やしたため、奴隷労働力の分配がより厳しくなったものの、関東から奴隷は運ばれてきているため、何とかなりそうではある。

 東美濃においては、開墾や灌漑整備も重要だが、木曽氏を臣従させたため、優先順位としては街道整備が高くなるだろう。

 徐々にだが、街道と宿場を整備しており、開墾や灌漑整備も進めている。苗木を占領した段階で湊は整備しているので、中山道と接続する街道を作る必要があるだろう。

 木曽氏に出仕させたり、明照遠山氏や馬籠遠山氏から降った者たちを文官として教育しているので、文官不足も少しは解消されるだろう。


 工業については、火縄銃の分業については、少しずつ進行している。分業自体は難しく無いと言うか、分業した方が良いらしいのだが、職人の数が足りておらず、進行が遅れている状態だ。

 引き続き、鍛治師たちには弟子の数を増やしてもらい、職人を育ててもらうしかない。

 また、畿内から車借が使う荷車の職人を招いたので、荷車を生産させていた。

 兼山、坂倉、志摩の道が整備されているところで使わせている。

 中山道の街道が整備されれば、より用途が増えることだろう。流石に険しい木曽路では難しいだろうが。


 東美濃を手に入れたことで、養蚕に適した土地を手に入れたため、桑の栽培を命じていた。

 桑が育つのは早いので、来年には東美濃で養蚕を始めたいと考えてる。

 志摩国では、養蚕による絹の生産量と海産物の生産量は昨年より増えていた。

 醤油も売れそうなので、生産量を増やしている。

 真珠養殖を増やすため、賢島に養殖場を作らせており、賢島に別荘を作った際に、別荘の警備も兼ねさせるつもりだ。

 南蛮から取り寄せた農作物の作付面積も増やしており、玉蜀黍などは家畜の餌として活用されている。


 交易については、国内外の交易も上手くいっており、南蛮貿易で得た交易品を持ち込み、関東からは奴隷や馬を手に入れていた。

 越後守護代長尾家との取引で、直江津に拠点を得たため、春の終わり頃に、東天竺屋の者たちを蝦夷地へ派遣し、現地で日本語を話せる蝦夷たちを雇うことに成功している。

 本土と蝦夷地では物価が違うようで、予想していたより安く雇うことが出来た様だが、誠実な対応を行うように指示をしていた。

 冬になる前に蝦夷地と交流を持ちたいと言うことで、東天竺屋の者たちと蝦夷たちを蝦夷地に派遣している。

 松前などと取引する蝦夷たちは、日本人をあまり信用していない様なので、道南では無く、小樽や石狩の辺りに派遣した。

 東天竺屋の者たちに、簡易な地図を渡し、場所を示してある。地図の出所は、明の書物に書いてあったと適当なことを言っておいた。

 冬前に直江津に戻ってきた東天竺屋の者たちの報告では、道央の蝦夷たちと接触が出来た様で、雇った蝦夷たちの通訳を経て、問題なく取引が出来た様である。

 道南の蝦夷たちの様に、日本人に不信感を抱いている訳でも無く、雇っている蝦夷たちの扱いが良いからか、好意的な様だ。

 鉄具や米などの生活必需品を欲しているらしく、引き続き取引を要望されている様で、小樽と石狩に交易所を作ることで話が纏まったらしい。

 年が明けたら、再び派遣するとしよう。ジャンク船の数や商人も増えているので、追加の船と人員を派遣した方が良さそうだ。



 軍事については、主力を遠山に移しつつ、一部を志摩に戻し、それぞれの地で兵を集めて訓練をさせている。

 軍事については、志摩国を平井宮内卿に任せ、黒田下野守と山本菅助で美濃国を担当していた。

 山本菅助は、虎千代の傅役をしながらなので、大変だろうが問題なくこなしている。

 来年以降もどうなるか分からないので、軍備は調えておかねばならない。


 外交では、馬路玄蕃が外交使節として、オスマン帝国に赴いており、まだどうなったか分からない。

 関東情勢が不穏なので、里見義豊に接近させている。


 諜報関連では、忍衆を東美濃に集中させていたのを、信濃国に移していた。特に松本盆地に多く送り込んでおり、以前から忍び込ませていた者たちと連携させている。

 畿内や関東の情勢も不安定なので、それら地域にも忍衆を割り振っており、情報収集は疎かにしていない。



 領主になって硝石作りを始めてから5年以上経ったので、御倉衆に命じて掘り起こさせている。

 元々、何を混ぜれば良いかは伝えていたので、硝石は出来ることは出来ていたが、配合の比率で出来た量に差が出ていた。

 様々な配合比率で作らせていたので、今後はそのデータを集め、生産量が多い配合比率を元に、新たな硝石作りをするつもりだ。



 東美濃を手に入れたことで、出来ることが増えたものの、やらなければならないことも増えてしまったので、多くの労働力が必要になっている。

 オスマン帝国だけで無く、蝦夷とも関わりを持ち始めたので、これからの外交はより重要になっていくだろう。

 硝石も自前で調達出来るようになったので、火器の運用も容易になるはずだ。

 来年以降も忙しくなりそうなので、家臣たちを上手く統制していかなければならないな。

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