双方の援軍の帰還と安江氏の服属

 阿寺城にて馬籠城方と対峙しつつ、政務を執る日々が続いていた。

 木曽氏の援軍は、まだ馬籠城にいる様なのだが、いつまでいるつもりなのだろう?

 当家も兵力を割り振りたいし、援軍の国人領主たちを帰してあげたいので、早くお引き取り願いたいものだ。

 当家は、木曽川の水運を使ってどんどん食糧や人員を運び込んでいるため、時間が経つほど当家に有利になるのだが、彼等は分かっているのだろうか?

 木曽谷もそんなに余裕は無さそうだと思うのだが。木曽氏から援軍として派遣された人数もそんなに多くない様だしな。


 こちらが馬籠城を攻める姿勢を見せなかったことからか、木曽氏の援軍も東美濃を取り戻すのを諦めた様で、馬籠城から撤退した様だ。

 援軍の一部を妻籠城に残し、木曽氏の本拠地へ戻ったのだろう。

 わしも阿寺城一帯での布陣を解き、東美濃にいる軍を各拠点へと振り分ける。

 やはり、馬籠城を警戒して、阿寺城に多めに割り振っているがな。

 今回、援軍として参加してくれた国人領主たちには、此度の戦にかかった経費や死傷者への見舞金などに色を付けて謝礼をしたところ、各国人領主たちはホクホク顔であった。

 彼等には、金銭では無く物品で良かったため、此方としても都合が良い。

 特に兵を多く出してくれた明智家や妻木家への謝礼は多いが、日頃から付き合いがあるし、兼山湊や東天竺屋などを利用してくれているので、今回渡した謝礼の分も還元されることだろう。

 幾人か兼山と取引のある国人たちもいるが、新たに知り合った国人も多かった。

 彼等にも兼山を利用してもらいたいが、少し遠いかもしれないな。

 こうして、国人領主たちの援軍は各々の領地へと帰還したのであった。



 白川一帯を治める安江氏も苗木に現れ、わしに臣従を誓うと申し出る。

 そもそも白川村や東白川村は飛騨川の上流に位置し、その水運を活用して下流に木材などの品々を売りに出ているのだが、飛騨川と木曽川が合流して少し進んだところにある坂倉に売りに来ていた。

 坂倉を領地としている当家とも繋がりがあったため、話は円滑に進んだのだ。

 東天竺屋とも取引があるらしいので、安江氏には白川一帯で茶栽培をして、東天竺屋に卸す様に命じる。

 白川一帯の茶は、現代では白川茶として有名だが、その始まりは室町時代に美濃国加茂郡大沢村の蟠龍寺の住職が、京都の宇治から茶の苗木を持ち帰り、村人に栽培を勧めたのが始まりだそうだ。

 本格的に栽培する様になったのは、江戸時代の初めだそうだが、茶は商品作物になるから、今から生産させた方が良いだろう。当家でも需要があるしな。

 志摩での茶栽培は、収穫出来るようになるまで何年もかかる。

 取り敢えず、現状の白川茶を東天竺屋で買い取り、茶畑を増やすと言うことで取り纏めた。

 これで、気軽に茶を飲めるようになるな。



 こうして、松尾小笠原家や木曽氏が支配していた東美濃の大部分を回復し、彼等に従っていた国人の多くを従属させることが出来た。

 野原城の安江氏を従属させたことで、支配領域が飛騨の三木氏と接することになったのだが、三木氏とも交流を持った方が良いかもしれない。

 まぁ、三木氏は美濃の土岐氏と協力関係にあるので、現状は土岐頼芸様とやり取りがある様だ。

 当家の外交方針も東美濃を手に入れたことで、見直しを迫られるかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る