織田弾正忠の蹴鞠会
7月、義兄であり親友の織田弾正忠信秀は、京の都から蹴鞠の宗家とも言える飛鳥井雅綱卿を招き蹴鞠会を開くこととなった。
これは、昨年の那古野城を計略で手に入れたことの非難を反らす意味合いもあったが、主家である織田大和守家にも勝利しており、尾張の内外に織田弾正忠の勢威を見せ付けることになりそうだ。
わしは、祖父の近衛尚通や家臣たちの中で蹴鞠や連歌など教養のある者たちを連れて、勝幡へと赴いた。
その家臣たちの中には、松永弾正も含まれている。
彼は九條稙通卿や祖父に教養について師事しており、頭角を現している。
文官働きでは、家宰の黒田下野守を補佐し、教養でも優れている優秀な家臣であった。
津島を経由して勝幡城に着くと、織田弾正忠が出迎えてくれる。
祖父の近衛尚通が同行していることから、表で出迎えてくれた。
織田弾正忠は機嫌が良かったので、話を聞くと招待した飛鳥井卿が官位叙任の使者も兼ねて訪れたらしい。
九條卿を支援した礼を兼ねて、九條卿が推挙した様だ。
正六位上弾正大忠の官位を賜ったらしく、正式に弾正忠となったらしい。
今までは自称だったが、本物の弾正忠になった訳だ。
織田弾正忠に案内されると、飛鳥井卿と山科言継卿が部屋にいた。
山科卿も飛鳥井卿に同道していたらしい。
両名と久々にお会いするので、世間話を交わした。
祖父がいたので、両名とも随分大人しかったのが印象的だった。
そのまま、勝幡城に滞在することになり、蹴鞠会に参加する。
7月8日、織田弾正忠が治める勝幡城にて、蹴鞠会が開催された。多くの賓客が訪れており、その中には駿河今川家から一族の今川竹王丸殿や前守護の斯波義敦殿がいる。
見物客も数百人も集まっており、凄まじい賑わいを見せていた。
織田弾正忠の勢威を尾張の内外に示したと言えるだろう。
那古野城の件については、この蹴鞠会を通じて今川竹王丸殿と話し合ったらしく、駿河今川家と手打ちにしたそうだ。
駿河今川家も尾張に手を出す余裕は無いらしい。
わしは、前守護の斯波義敦殿と話す機会があり、話を聞いていると、自身を守護から追いやった大和守家に思うところがあるらしく、頻りに織田弾正忠を誉めていた。
今川氏にも思うところがある様だが、今川竹王丸殿とは関わらない様に避けている様だ。
斯波義敦殿と話をしていると、視野が広く英邁な人物であると感じた。
時代の流れを感じ取り、守護大名から戦国大名へと移ろうとしただけのことはある。まぁ、失敗してしまったのだが。
斯波義敦殿とは気が合ったのか、今後とも親しくさせていただくことになった。
初日の蹴鞠会を終え、宴が催された。
織田弾正忠は宴にも金を掛けている様で、贅沢な料理が振る舞われている。
これには、飛鳥井卿や山科卿も驚き喜んでいた。
わしは東美濃の戦の準備があるので、美濃に帰ることになったのだが、帰る前に織田弾正忠と山科卿とともに話をすることになった。
話の内容としては、御奈良天皇の即位式の資金についてである。
山科卿は即位費用の一部を出してくれと頼んできたのであった。
織田弾正忠としては、金は大いにあるので、出すつもりの様だが、わしにも出して欲しいらしい。
確かに、父の近衛稙家からも、即位式の費用についての話を聞いていた。
山科卿の話では、摂家は朝家と荘園など諸々で対立した過去もあり、自家の利益を優先しているため、祖父の前では頼めなかったそうだ。
献金しても良いのだが、わしが献金しても、今は官位を貰う訳にもいかない。
以前から伊勢楠木氏たちと約束している楠木正成の赦免について話すと、即位式に金を出せば可能かもしれないと言われる。
取り敢えずは、即位式の費用を出す方向で話は進んだ。
織田弾正忠は、弾正忠の次の官位を余り意識していなかった様だった様なので、山科卿に弾正忠には三河守でも用意してくれる様に頼んでおいた。
伊勢は手に入らないし、尾張守になる訳にもいかず、美濃守になっても困るので、消去法で三河守だろう。
こうして、わしは美濃へと帰ることになった。
祖父は、一部の家臣を残して、蹴鞠会に引き続き参加してもらう。
織田弾正忠から元関白に参加して欲しいと頼まれたのもある。
勝幡城で連日行われた蹴鞠会は好評を博し、尾張の守護である斯波義統殿が所望したこともあり、7月27日には清州城に場所を移し、連日蹴鞠会を実施したそうだ。
織田弾正忠は尾張の内外にその勢威を大いに示したことになり、尾張一の実力者としての地位を不動のものにした。
飛鳥井卿は尾張にて、多くの門弟を増やし、満足していたらしい。
山科卿も、織田弾正忠や平手五郎左衛門政秀殿などの織田弾正忠の家臣団に、和歌や蹴鞠の伝授を行って人脈を深めたそうだ。
これから、東美濃の攻略をせねばならないが、主上への献金など、出費が増えると思うと頭が痛いな。
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