上意討ちと養祖父の死
2月2日、養祖父が元々の主筋である長井長弘様を守護館にて上意討ちしたとの報せが届いた。
理由は、越前に追放された土岐頼武方と内通したためだそうだ。
正月に養祖父と養父の様子がおかしかったのも、長井長弘様を討つと決意していたからなのだろう。
わしは関の刀鍛冶たちと親しくするため、長井長弘様とも交流を深めていたから、わしには伝えなかった様だ。
養祖父とともに、土岐頼芸様を擁立した長井長弘様に何があったのだろうか?
土岐頼武方と内通していた証拠が本物なのか、捏造されたものなのか真実は分からないが、上意で討たれてしまったのなら、仕方ない。
長井長弘様の跡は御嫡男の長井景弘様が御継ぎになるそうだ。
長井景弘様は病弱なので、どうなることやら。
土岐頼芸様から、此度の上意討ちの功により、養祖父一族は長井姓を名乗ることが許された。
養祖父のみは長井長弘様に仕えていた頃に、長井を名乗ることを許されて、長井新左衛門尉と名乗っていたのだが、正式に一族全員が長井と名乗ることになる。
養父は長井新九郎規秀と名乗り、彼の庶子であり西村隼人佐道利は長井隼人佐道利と名乗る。
わしは、長井庄五郎正義と名乗ることとなった。
一族が長井姓を名乗るとともに、養祖父の長井新左衛門尉は家督を養父の長井新九郎に譲った。
家督を譲られた長井新九郎は、土岐頼芸から長井景弘様と同格とされ、各書状は連名で出すことになる。
養父が土岐頼芸方を事実上差配することになったのだ。
養父に家督を譲った養祖父が倒れたと聞き、稲葉山城へ赴いた。
稲葉山城の一室で、養祖父は横になっている。
養祖父は、わしと二人きりで話がしたいと良い、他の者たちを下がらせた。
「わしも長くない様だ。最期に我が子たちに道を遺すべく、主筋である小守護代様を討った。
まぁ、小守護代様も越前の土岐頼武方とやり取りをしていたのは確かだがな。
そのやり取りを小守護代様を討つのに利用した。
わしはもう長くないからこそ、自らの手を汚して、小守護代様を討ったのだ。
自らの手で小守護代様を討てて良かった。今はもう無理だからな」
養祖父は、長井長弘様を討ったことについて語る。
「庄五郎よ。わしは、遂に松浪であることを捨てきれなかった。
わしの出自は貧しく地位は低いとは言え、公家であったのだ。
高貴な血筋への憧れを捨て去ることは叶わなかった。
そのため、息子を美濃鷹司家に養子にした。
其方を新九郎の養子に迎えた。わしの養子にしても良かったが、わしはもう長くなかったであろうから、新九郎のためにも、新九郎の養子にしたのだ。
これらは、やはり摂家への憧れがあったのだろう」
養子は貧乏公家出身であったため、高貴な身分を遂に捨てきれなかったと語った。
「しかし、新九郎は、わしとは違う。
新九郎は美濃で産まれ、西村の子として育った。だから、高貴な血筋への憧れは無い。
弟を鷹司家の養子に出すのも否定的であったし、其方を養子に迎えるのも、あまり歓迎していなかった。
新九郎は実力を重んじ、血筋を軽んじる。しかし、自身以上の実力を持つ者を許容しない。
新九郎には気を付けろ」
養祖父は、自身と養父の違いを語り、養父に気を付ける様に忠告してくる。
「其方は、実力もあり、血筋も良すぎる。何れは新九郎に命を狙われることになるやもしれぬ。
わしは、何か事を起こすときは、自らが矢面に立ち、自らの手を汚してきた。
しかし、新九郎は違う。なるべく、自身の手は汚さない様にするだろう。
努々油断しないことだ。新九郎に気を付けろ」
養祖父は予言とも取れる言葉を忠告として遺してくれた。
史実で、養父の代になってから暗殺が増えたのは、養祖父が言った言葉が当てはまるのかもしれない。
養祖父と言葉を交わしてから、数日後に養祖父が亡くなったとの報せを受ける。美濃の巨星が墜ちたと感じた。
養祖父の葬儀に出て、四十九日の法要が終わり、養父と話す機会を設けてもらった。
「養祖父上が亡くなられたことで、長井が与し易いと思う者が現れるやもしれませぬ」
「そうかもしれぬな」
わしの言葉に、養父は淡々と応える。
「このまま、養祖父上が亡くなったことで嘗められる訳にはいきますまい」
「どうするつもりだ?」
「我らの手で、松尾小笠原に占領されている東美濃を回復するのです」
養父は暫し考え込む。
「西美濃を空けるわけにはいかぬ。
いつ、土岐頼武方が攻めてくるか分からぬ」
養父は、東美濃攻めに否定的な様だ。
「東美濃攻めは、某の手勢で行います。
土岐頼芸様に東美濃切取次第を給わりたいのです」
わしは、養父に東美濃切取次第が欲しいと言う。
「東美濃切取次第か・・・」
養父は再び考え込む。
「よかろう。土岐頼芸様に申し上げて、切取次第を出してもらうとしよう。
しかし、わしは兵を出せぬぞ。そして、失敗は許されん。
分かったな?」
「分かり申した」
「あと、わしは何れ、長井景弘様から関を奪うつもりである。
それについて、余計な手出しをしないように」
養父は、やはり長井景弘様から関を奪うつもりの様だ。
わしが関と親しくしているのを知っているので、釘を指してきた。
関の刀鍛冶たちが欲しいから、関が欲しかったのだが、ここは諦めるしか無いだろう。
こうして、養父とともに、土岐頼芸様に東美濃切取次第を給わりに行った。
養祖父が死んだことで、土岐頼武方が増長するのを防ぐため、松尾小笠原に占領した東美濃を回復したいと言うと、喜んで賛同してくれた。
付け加えて、大井城を落とした後に、苗木遠山が帰参を申し出ても、受け付けない様に求める。
大井城と苗木を押さえていたため、松尾小笠原は兼山より上流の木曽川流域の国人を支配出来たのだ。
苗木を我々で押さえなければ、再び同じことが起こると言うと、納得してくれた。
こうして、土岐頼芸様から東美濃切取次第を給わったので、東美濃攻めの準備を命じる。
その間に、織田弾正忠に誘われた蹴鞠会に参加すべく、勝幡へと向かう。
勝幡へ向かう前に、第二夫人の御南から、懐妊したと知らされる。養祖父の生まれ変わりだろうか?
そんなことを考えつつ、勝幡へと向かうのだった。
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