虎千代(上杉謙信)来る

 「虎千代にございます」


 数えで4歳の幼子が、家臣たちが居並ぶ中で、自らの名を名乗る。

 この幼子が越後守護代である長尾為景から養子として送られた子であった。

 越後は、越後守護代である長尾為景が実質的に支配している。

 直江津に交易拠点を構えるため、長尾家と話し合い、様々な条件の擦り合わせをした中で、その一つとして縁を深めるためと、長尾家から養子を迎えることとなったのだ。


 長尾為景から送られた養子は、予想していた通り、長尾虎千代であった。

 将来の長尾景虎、後の上杉謙信である。

 長尾景虎は、長尾為景が年老いてから生まれた子供であったため、長尾為景は自身の子かどうか疑っていた。

そのため、嫌われており、長尾為景と反りも合わないため、幼くして寺に預けられてしまう。

 長尾為景にとっては、当家に養子に出しても惜しくないし、それで交易の利権が増すなら好都合と考えたのだろう。

 この結果は、わしにとっても好都合なものとなった。

 上杉謙信と言う戦国時代最強の武将の一人を養子に迎えられたのは、僥倖と言えるだろう。

 上杉謙信と言う武将もまた、様々な描かれ方やイメージを持たれる人物である。

 そんな中で、確かだと言えそうな性格は、戦好きと言うか、戦狂いであることだ。

 軍費を稼ぐためか日本海の交易に勤しみ、関東で奴隷狩りをするなど、蓄財に長けている印象がある。

 越後で越年が難しいため、軍勢を率いて関東で越年するなど、基本的に軍を中心に考えていたのだろう。

 領土的野心が少なかったため、自身の領地が増えることも無く、兵を養うために財を必要としていた。

 彼の思考のベースは軍であったと言えるので、大名や為政者には向かなかったと言える。

 戦略的思考が足りなかったため、天才的戦術指揮官であったが、大成しなかったと言うか、戦狂いなだけだったと言うか、表現するのが難しい人物であるのも確かだ。

 上杉謙信が天才的戦術指揮官であったのは確かなので、彼に戦略的行動を指向出来る人物が必要なのであろう。

 そう考えると、彼には主が必要であったのだ。

 ならば、当家が上杉謙信と言う虎の飼い主になれば良い。


 そもそも、優秀な戦術指揮官が優秀な戦略家かと言えば、そうでは無いし、優秀な戦略家が優秀な戦術指揮官であるかと言えばそうで無いことの方が多いだろう。

 しかし、勝てる野戦指揮官と言うのは貴重だと言える。

 野戦では偶然が起こるもので、大軍が少数に敗れることも往々にしてある。

 勝てる野戦指揮官を手中に収めておく価値はとても大きいので、虎千代を手に入れたのは、非常に価値のあることだ。

 虎千代には、当家で軍事の英才教育を施し、最強の野戦指揮官になってもらうことにしよう。


 虎千代を家族たちにも紹介したところ、第二夫人の御南が、誰が虎千代の面倒を看るのか尋ねてきた。

 確かに、虎千代には同行した武士たちがいたものの、虎千代とともに残る者はいないようだ。

 少し思い悩んでいると、御南が自分が面倒を看たいと言う。

 確かに、第一夫人の栄子には二子がおり、第三子を身籠っている。

 鶴しかいない御南の下で育てるのが良いかもしれない。

 彼女が男の子を欲しがっているのも確かなのだ。

 薩摩おごじょの御南に虎千代を預けるのに一抹の不安があったものの、結局は御南の下で育てることにした。

 薩摩おごじょなら、武将向きの子供の扱いにも長けているだろう。


 そして、虎千代には、妹にして養女の珠子と婚約させることにした。

 こうして、将来の最強武将は、完全な身内となるのだ。

 祖父も守護代の息子で、わしの養子なら、珠子の夫にしても、問題ないだろうとのことであった。


 虎千代を養子に迎え、当家で宴を開いたところ、当家の食事を食べた虎千代は「美味しい」と驚きつつ、沢山食べていた。

 当家は多幸丸の身長を伸ばすため、肉料理が多いので、虎千代も史実よりは背が伸びるかもしれない。

 虎千代がボソッと「姉上にも食べさせてあげたい」と言っていたのが印象的ではあった。

 姉上とは、虎千代と仲の良かった仙桃院のことだろう。


 こうして、虎千代を養子に迎えたものの、虎千代の傅役をどうするか悩むこととなるのであった。

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