近衛稙家⑥近衛父子と九條卿
◇近衛稙家
美濃から帰洛した九條稙通卿とその護衛を率いた黒田下野守が、当家を訪れた。
今日は、父上(近衛尚通)にも同席していただいておる。
「太閤殿下、関白殿下、御機嫌麗しゅうございます」
久々に訪れた黒田下野守が挨拶をする。
最近は、松永弾正なる者が訪れることが多かった。
松永弾正は九條卿から教養を学んでいたそうで、立ち居振舞いも中々のものであったな。
黒田下野守が、わざわざ訪れたと言うことは、以前に庄五郎(嫡男の多幸丸が生まれたため、渋々ながら庄五郎と呼ぶことにした)とやり取りしていた件についてであろう。
一通りの挨拶を終え、九條卿が今回の用件を話し始める。
「関白殿よ、わしが来年に関白を引き継ぐことで相違あるまいな」
「如何にも。来年には貴殿に関白になってもらう。
関白就任の準備の方は大丈夫であろうな?」
「関白殿の息子である庄五郎殿と尾張の織田弾正忠殿が銭や諸々を用意してくれておる。
銭やらは先に都に送った故、家礼たちが準備しておるから問題なかろう」
関白就任の銭は、庄五郎と織田弾正忠が出すことになった様だ。
「庄五郎殿と織田弾正忠殿には、多大な恩が出来た故、それに報いねばならぬな。
まぁ、庄五郎殿は、今は報いない方が良さそうだが。
庄五郎殿は、土岐の陪臣で収まる様な器ではあるまい。
何れは飛躍するであろうから、その時に報いるとしよう。
織田弾正忠殿には、上奏して官位でも送るとするかな」
九條卿も美濃で庄五郎の世話になったことで、庄五郎の立場が分かったのだろう。
関白に就任しても、余計なことをするつもりは無い様だ。
そして、庄五郎が土岐の下で収まらないこともな。
織田弾正忠は、斯波の陪臣ながらも、尾張で最も有力な大名となっておる。
今川那古野の者が、城を奪われたとかで、京に逃れて来ておったわ。
斯波も守護代も何も文句は言えまいな。
来年は、飛鳥井卿が尾張に呼ばれているそうだから、その時に合わせて官位を与えてやれば良かろう。
「庄五郎殿とも話したのだが、嫡男の多幸丸の傅役が見付からないそうだな?」
九條卿は嫌な話題をしてきおった。思わず、顔を顰めるてしまう。
庄五郎が並みの者ならば、地下家の者でも送れば良いが、何れは大身になることは分かっておる。
ならば、半家からと思ったが、近衛家に連なる半家に適当な者がおらなんだわ。
「庄五郎殿からも了承を得たのだが、当家の家司である唐橋家から傅役を出そうと思うのだが、構わんか?」
「唐橋家か・・・」
確かに、唐橋家はかつては北野長者を代々輩出した菅氏の嫡流であるから、摂家に連なる者の傅役には良いかもしれぬな。
九條卿の祖父と父の代に起こした痛ましい事件以降、家運は衰えており、侍読を輩出することも無くなった。
生活にも困窮しておる様だし、庄五郎の支援を受けることで、唐橋家を再興させたいのだろう。
しかし、近衛家に連なる者からでは無く、九條家から出すのは・・・。
「良いのではなかろうか。唐橋家ならば、息子も三人おるようであるから、美濃へ行っても問題なかろう」
ここで、父上が多幸丸の傅役は唐橋家で良いのではないかと、賛同する。
「父上がそう仰るなら、九條卿には唐橋家から多幸丸の傅役を出してもらうことにしましょう」
「おぉ、太閤殿、ありがたい。これで、唐橋家も少しは持ち直すと良いのだがな」
「まぁ、わしも美濃へ下る故、特に大きな問題が起こることも無かろう」
此度、黒田下野守が久々に訪れた理由は、父上の美濃下向の護衛を務めるためであった。
九條卿が下向の間に、庄五郎の家臣たちに教養を教えていたところ、大層評判が良かったらしく、九條の帰洛に合わせて、父上を下向させてもらいたいと庄五郎から頼まれていたのだ。
父上と相談したところ、太閤が下向するなど稀ではあるが、庄五郎のことも心配であることや、我が娘を美濃へ下向させるのもあって、父上に美濃へ下向してもらうことになったのだ。
我が娘であり、庄五郎の次に生まれた娘の珠子を美濃へ送り出すのである。
庄五郎から、自身の一門衆がいないことから、優秀な者を一門に迎えるために、珠子を養女にしたいと申し出てきたのだ。
始めは、何処の馬の骨と分からぬ者に、庶子とは言え娘を嫁がせるなどと怒りはしたものの、庄五郎に一門衆がいないのは、近衛家にとっても不味いことであった。
庄五郎に何かあって、家が取り潰されたら、庄五郎からの仕送りを受けている近衛家にとっては大損である。
確かに、庄五郎にとって信頼の出来る家臣を一門衆に迎える必要があるだろう。
そのため、渋々ながらも、珠子を下向させることにしたのだ。
「太閤殿も美濃へ下向なされるのか。庄五郎殿のところは良い処ですぞ。
食は美味であるし、谷野一栢とその弟子の医師たちもおる故、身体を労るには、良いと思われまする」
「ほう、食が美味で、医師も揃っておるのか。
確かに、庄五郎から志摩や美濃の食材が送られ、近衛家の食も良くなった。
老いてきた、わしには良いかもしれんな」
九條卿が庄五郎の元での暮らしぶりを話し、父上もその話に食いついておる。
聞いたこと無い料理や、牛の乳が飲めるなどと聞いていると、わしも下向したくなってくる。
戦乱が続き、乳牛院を失ってからは、公家たちは牛の乳など飲めんからな。
父上は、今から庄五郎の元へ行くのを楽しみにしておるようだ。
「わしも庄五郎殿の元で良い暮らしをさせてもらっておったから、離れ難かったのだが、宮仕えを終えたら再び下向させてもらうのう」
九條卿め、摂家としての務めを終えたら、また庄五郎の元へ下るつもりか。
「関白よ。庄五郎殿を九條家の養子にくれぬか?」
九條卿が、いきなり戯けたことを申し出た。
「戯けたことを申すな。そもそも、庄五郎には九條家の血は流れておらぬであろう」
九條卿め、摂家の家督を譲るとは言ってはいないが、暗に仄めかしよる。
そんなこと出来んだろうが、放浪していた九條卿なら何を仕出かすか分からん。
むざむざ庄五郎を養子にして、庄五郎の利権を九條家にくれてやる訳にはいかん。
「やはり、駄目か。わしも京にいる間に、子でも為すとするかのぅ」
九條卿も、美濃にいて健やかな暮らしをしたことで、子を欲する余裕が出来たのだろう。
戯けたことを申さないで、関白の勤めに専念してもらいたいものである。
その後、九條卿や黒田下野守たちと世間話などをし、話を終えた。
父上と珠子は、美濃へ下る準備をし、黒田下野守に護衛され、美濃へと向かうのであった。
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