島津日新斎

 坊津の代官から、美濃と尾張の使者が現れたと聞いた時は、我が耳を疑った。

 聞いたところ、西村庄五郎や織田弾正忠など聞いたことの無い家の使者であった。土岐と斯波では無いのか。

 しかし、関白近衛稙家様の書状を持っているとのことである。

 元々、島津荘の所有者は近衛家であり、島津家の主家に当たると言える。そのため、朝廷や幕府とのやり取りにおいて、近衛家の支援を受けていた。関白様の書状を持っているならば、会わないわけにはいかない。


 貴久とともに、西村庄五郎と織田弾正忠の使者に会う。

 西村庄五郎の使者から渡されたのは、関白様、久我亜相様、山科卿と西村庄五郎の書状であった。

 関白様の書状を開けると、島津修理大夫宛になっている。息子が琉球へ行きたがっているので、良しなに頼むということである。西村庄五郎殿は、関白様の庶子らしく助力を依頼する書状であった。

 しかし、関白様とは遣り取りをしているため、貴久が一度守護職を譲られたとは言え、まだ修理大夫に任官しておらず、朝廷としては当主として認められていないことは御存知のはず。

 西村殿は、勝久に渡す書状を間違えて我等に渡しているのではなかろうか?

 続いて、久我亜相様の文を開けると、島津貴久宛になっており、西村殿に便宜を図ってくれとの旨を書いてあった。山科卿も貴久宛に同様の内容である。

 西村殿の書状は、貴久宛に、美濃と尾張の米を継続的に買ってくれと言うことと、琉球渡海朱印状をくれと言うことが書いてあった。

 これは、関白様からの書状では、勝久宛の書状が誤って我等に届いたことになりかねないが、亜相様と山科卿の貴久宛の書状があることで、関白様からの書状が貴久宛に届いた根拠となる。

 要は、関白様は実質的に貴久を当主として認めていると言う裏付けに利用することが出来るのだ。

 何とありがたい書状であろうか。それに加え、美濃と尾張から米などの穀物を運んで来ているらしい。

 薩摩は痩せた土地柄で、耕作地が少ないため、食料の奪い合いが後を絶たない。島津家の長きに渡る内乱も、耕作地の奪い合いが原因の一つと言っても過言では無いのだ。

 兵糧また寝返りを促すため米は利用させてもらおう。西村殿には良い値で買い取らせていただく。

 また、貴久の名で琉球渡海朱印状を発行することは、内外に対して島津家の当主は貴久であることを示すことになるから、喜んで発行させていただこう。

 織田弾正忠殿の書状にも、西村殿と同様の内容が書いてあった。こちらも喜んで対応させていただくとしよう。

 しかし、西村殿にはこれ程良くしていただくからには、裏があるに違いない。西村殿の使者の馬路宮内殿とは改めて、二人きりで話す必要がありそうだ。


 馬路殿、平手殿御一行を歓待し、馬路殿には別室にてお話させていただくこととした。

 馬路殿と改めて対面すると、馬路殿から一通の書状を渡された。琉球渡海朱印状を発行してくれたことへの感謝が綴られており、琉球まで行ったことが無いため、案内人を出して欲しいとのことであった。

 しかし、西村殿にしていただけたことを考えると、琉球渡海朱印状と案内だけでは到底足りぬ。

 馬路殿に更に何か欲しいものがあるのではないかと伺うと、「人が欲しい」とのことであった。

 確かに、薩摩では食料の奪い合いから、毎年多くの民が奴隷として売られていくが、奴隷が欲しいのだろうか?

 馬路殿の話を聞くと、貴久に従わない武士や民を引っくるめて欲しいと言いおった。

 要は、貴久が薩摩を統治する上で、邪魔者は西村殿が引き取ってくださると言うことか。

 薩摩の食料生産力を超えた民は養えず、奴隷になるしかない。そう言った不穏分子を引き取ってくださる上に、定期的な食料の取引を申し出てくださるとは、西村殿は何と言う大器であろうか。

 本来なら、この様な一方的な提案は拒まなければならないところだが、我々にもそんなに余裕がある訳ではない。

 今はこの御恩を受けて、いつか返させていただくこととしよう。馬路殿には、西村殿に感謝の言葉を伝えていただくよう頼んだ。


 まずは、西村殿、平手殿御一行の案内人を手配せねばならぬ。ついでに、琉球への使者の任も与えるとともに、当家の船も出して琉球と交易するとしよう。

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