雑賀の船がやって来た

 織田弾正忠から、雑賀衆の船が蟹江に着いたという報せが届いたので、わし等も蟹江へと向かった。


 蟹江に着いたが、いつも津島に見慣れているせいか、湊の規模は小さい。

 しかし、河湊の津島に比べて、水深が深いので、大型船でも泊まれることを考えると、将来性のある湊だろう。


 蟹江に着いて、弾正忠と合流する。薩摩に派遣する使者は、当家が馬路宮内と馬路正頼の親子だ。

 弾正忠側からは、家老の平手五郎左衛門政秀という人物を送り出すらしい。和歌や蹴鞠などの作法にも優れた人で、先日までは久我亜相殿の饗応役をしていたらしい。

 わしから観ても、平手五郎左衛門殿の所作は洗練されている。


 今回の交易は、名目上の船を出すのは、弾正忠家ということになっている。

 まだ小領の当家が、遠国と交易をして儲けているなど、近隣にはなるべく知られたくない。ましてや、養父たちには一番知られたくないが、何だかんだで知られてしまうだろう。

尾 張で勢力を増している弾正忠家なら、当家よりもまだ、諸勢力に対抗出来る力があるだろう。


 今回の交易の荷は、主に穀物である。美濃の周辺領主たちから少しずつ米を買い、農民たちから粟や稗などの雑穀も買って、定期的に津島へ送っていた。津島の大橋家で預かってもらい、蟹江にある弾正忠家や大橋家の蔵に入れておいたのだ。

 弾正忠も大橋家を通じて、伊勢湾の余剰の米や雑穀を集めていたようで、かなりの量になる。

 今回は、大橋家の商人にも乗ってもらい、経由地で商いをしてもらう。

 土佐なども耕作地が少なく、穀物が不足しているから、米などを欲しがるだろう。穀物以外にも、束刀など琉球に売れそうなも産物なども持っていく。

 琉球では南蛮の砂糖や胡椒、象牙や香木など、日本で手に入らないものを買ってきてもらう予定だ。土佐の宝石珊瑚も欲しいな。


 弾正忠と船の積み込み作業を眺めていると、平手五郎左衛門殿が一人の壮年の人物を連れてきた。肌は浅黒く、がっしりとした身体つきである。


 「佐治対馬守為次にござる」


 伊勢湾全域の海上交通を支配する佐治水軍の当主が現れた。雑賀衆の船が蟹江に泊まったということで、様子を確認しに来たようだ。

 佐治水軍は弾正忠家と少なからずやり取りがあるので、佐治対馬守殿の対応は、弾正忠がしてくれた。

 事前に弾正忠から報せがあったようで、雑賀衆の船が伊勢湾に入るのを受け入れつつも、不満そうである。

 薩摩まで交易をするため、薩摩まで行ったことのある雑賀衆の水軍を雇った訳だが、佐治水軍としては自分達も薩摩に交易に行ってみたいのだろう。

 しかし、伊勢湾の海上交通を支配している佐治水軍には、薩摩までの航路や能力が無いため、参加出来ない。

 今後の交易のためにも、伊勢湾の海上交通を支配している佐治水軍とは緊密な関係を維持しなければならない。佐治水軍にも何らかの利権や仕事を与えなければならないだろう。


 荷を積み終え、馬路親子と平手五郎左衛門殿たちを乗せた船は、薩摩へと向け、航海に出たのであった。

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