鈴木孫市重意
雑賀 鈴木孫市重意
「西村庄五郎が家臣、黒田下野守重隆にござる」
目の前の男が堂々と名乗る。その所作からは京の雰囲気を感じさせられる。
男が俺に渡したのは、現関白の近衛稙家様の紹介状であった。
たかだか国人ごときに紹介状を書くなど、通常では考えられぬ。
話を聞くと、黒田下野守の仕える西村庄五郎なる者は、関白様の庶子らしく、今は美濃で領主をしているそうだ。
「何用あって、美濃より雑賀へ参られた?」
「雑賀衆は銭で兵を雇えると聞きました故、兵を雇いたく参りました」
応仁の乱以後、守護である畠山家に従い、兵を出してきた。
戦場での働きから勇名が轟き、畠山家を筆頭に、大名たちに銭で雇われるようになっておる。
「美濃では戦が起きておられるか?」
美濃では、土岐兄弟で争っているとは聞いているが、今のところ戦になっているとは聞いていない。
「まだ、戦は起きておりませぬ。
当家が雇いたいのは、雑賀衆の水軍にございます」
「水軍ですと!?」
今まで、銭払いで兵を貸してはいたが、水軍を貸してくれと言われたことはなかった。
「美濃には海など無いでしょう。水軍など、何に使われるつもりか?」
「薩摩と交易したいので、雑賀衆の水軍を使いたく思っております」
美濃と薩摩で交易したいと考えているだと?
確かに、我等の水軍は薩摩と交易しておるから、薩摩へ荷を運ぶことは出来る。
商人ならまだしも、一領主がそんなことを考えるとは。
「確かに、我等の水軍は薩摩まで行くこともあるが・・・。湊はどうするつもりですかな?」
「湊は尾張の蟹江を使わせてもらうことになっております。
我が主と領主の弾正忠殿は懇意である故、蟹江湊を使わせて貰うことになっております」
「なるほど、津島や蟹江は織田弾正忠の領地でしたな。木曽川を下って荷を運び、尾張で積むつもりですか。
雑賀衆は惣なれば、某だけの判断で答えられませぬ。しばらく、当家に滞在していただきたい」
黒田下野守一行には、しばらく当家に滞在してもらうことになり、惣に掛け合って話し合うことにした。
雑賀・惣
「かような話が来ておる」
俺は、雑賀衆の各郷の長たちを集め、黒田下野守殿たちと話した内容を伝えた。
「美濃の西村か。油売りから城代に成り上がったことで名を轟かせておるが。関白様の御子を養子にしておったとは。」
長の一人が感慨深そうに呟いた。
「はっきり言って西村なんぞ大した影響はないが、関白様が後ろにおるとなると厄介だぞ。
摂家の影響も衰えたとはいえ、まだまだ厳然とした影響力を持っておる」
「確かに。そして、今回の話は旨味があるぞ。
薩摩は今は内乱で荒れておる。元々、耕作できる土地が少なく、兵糧に困っておるから、西村殿とともに美濃・尾張の米を運んだとなれば、多少の恩を売れよう。
また、伊勢湾は佐治水軍が支配しておるから、今までは手を出してあらなんだが、関白様経由となれば堂々と航路を拡大出来るわい」
湊衆の長は、航路拡大が出来るとあって乗り気である。
「使える湊は尾張の蟹江なのだろう?蟹江を支配する織田弾正忠家は大和守家の分家でありながら、日に日に影響力を増しておる。
津島も支配している弾正忠家と伝手が出来るのも大きいぞ」
各郷の長たちの大半は乗り気なようだ。
「しかし、西村庄五郎なる者の人となりが分からぬ。
誰か代表して直接会うべきでなかろうか?」
土橋重治が、誰かが直接会って話すべきだと提案する。
「話を聞いたのは、俺だ。俺が行こう」
俺も西村庄五郎と言う人物に興味が湧いていた。
だから、雑賀衆の代表者である俺自身が行くべきであろう。
各郷の長たちの了解を得て、黒田下野守とともに美濃へ向かうこととなったのであった。
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