京にて

関白・近衛稙家


 雑賀より黒田下野守が戻ってまいった。

 黒田重隆が雑賀に行っている間、暇を見ては多幸丸から頼まれた諸大名や諸勢力への紹介状を書いておったが、何とか書き終えた。


 琉球への紹介状は、大樹を通すと多幸丸が目をつけられるかもしれないので、准三宮宣下を受けた父上(尚通)に書いていただいた。

 父上も多幸丸を可愛がっておったから、呆れつつも書いてくださったがな。


 ついでに、父上に楠木正成赦免について相談したところ、まだ難しいとのことで一致した。

 何より、今は朝廷全体が困窮しておる。朝廷の状況が改善されぬ限り、難しいだろう。


 算術が出来る公家と文官として働く公家の手配も終わっておる。

 今回、手配した公家たちは皆困窮しておるものたちだった故、すぐに承諾したようだ。


 神祇伯の白川伯王家も多分に漏れず、吉田家の地位が優位になり、生活は苦しいようで、多幸丸が美濃で会いたいと話すと、下向することに承知してくれた。


 それでは、重隆に会うとするか。




 「重隆よ、ここにおるのが、大宮伊治じゃ。かたては算博士を務めておった。文官勤めの公家たちも揃っておるはずじゃ」


 重隆にかつて算博士であった大宮伊治を紹介する。大宮家は代々算博士を輩出する小槻家の嫡流の一つであったが、宗家の地位を同じく嫡流の一つの壬生家と対立しておった。

 しかし、大宮家は応仁の乱で官文庫が焼け、職務に支障をきたしてから、壬生家が宗家の地位を占めておる。

 官を失って困窮しておったから、喜んで飛び付いてきたようじゃ。


 大宮伊治や他の者を下がらせ、重隆と二人きりになる。


 「公家の件だが、白川伯王家は所用を済ませたら、自分で美濃まで向かうようじゃ。

これらが多幸丸に頼まれていた諸大名、諸勢力への紹介状である。

 そして、これが琉球の紹介状になる。大樹を通すと多幸丸が目をつけられるかもしれんから、准三宮である父上に書いていただいた」


 白川伯王家と琉球の話をしたところ、重隆は明らかに驚いておる。もしや、それらの件は知らなかったのであろうか?


 「白川伯王家の件と言い、琉球の件と言い多幸丸は何をたくらんでおる?」


 「申し訳ございませぬ。某もそれらの話は聞いておりませんでした。

 殿は薩摩と交易する話はしていたのですが。

 しかし、殿は神子なれば、何か深謀遠慮があるのやもしれませぬ」


 「其方も、知らなんだが。

 多幸丸のことじゃ、また変なことを企んでおるんじゃろう。

 多幸丸にもっと銭を送れと伝えておけ。琉球の品も忘れずにな。

 土佐一条家への紹介状は、一条本家にも世話になったから、一条家に礼を忘れるなともな。」


 「かしこまりました」


 「そして、楠木正成の件だが、今は朝廷が困窮しておるから赦免は難しい。

 主上の即位式すら出来ておらぬ。諸大名らから即位式の費用を集めておるが足らぬ。

 朝廷に献金するよう伝えておくように。」


 そして、多幸丸への文句の手紙を含めた諸々の書状を渡し、重隆を下がらせた。


 神子か・・・。かつて、春日明神の御告げを受けたと重隆を召し抱えたときは、家中でひっそりと噂になった。

 しかし、神子なんぞ厄介の種。吉田家に聞かれればは厄介なことになるからのぅ。

 吉田家は家格は半家で代々、神祇大副を輩出する家柄とはいえ、白川王家を凌ぎ、神道界を支配しておる。その影響力は侮れん。

 多幸丸は白川伯王家を美濃に誘って、何を企んでおるのじゃ?


 しかし、今はまだ多幸丸が様々な勢力に目をつけられる訳にはいかん。

 多幸丸にはより勢力を増して、近衛家のため、朝廷のために尽くして貰わねばならからのぅ。




黒田下野守重隆


 関白様との話が終わり、妻子の元へ向かう。

 関白様のおっしゃった白川伯王家や琉球については気になるが、殿のお考えになることは、私には思い付かないことが多すぎるゆえに、有りのまま受け入れるしかない。

 先程、神子と思わず言ってしまったが、関白様は顔をしかめられておった。

 神子の話は近衛家では禁じられておったからな。


 まぁ、まずは公家たちと鈴木重意殿を連れて、美濃へ戻ろう。

 ようやく、妻子を連れて帰れる。早く、妻子に美濃を見せてやりたい。荒廃した都より豊かな光景を。

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