近衛稙家②

関白・近衛稙家


 黒田重隆が訪ねてきた翌日、わしは参内し、主上(後奈良天皇)に拝謁を賜っていた。

 多幸丸から贈られた白粉を献上するためである。


 「関白が直々に品を持ってくるとは珍しいのぅ。何か貴重な物なのか?」


 主上が嬉しそうに問うてくる。

 主上は大変苦労されているので、臣下から直々の献上など珍しいから、楽しんでおられるのだろう。


 「主上の献上いたしたき物は白粉にございます」


 「白粉とな?」


 主上は少し残念そうな声音で問うてくる。


 「白粉と言いましても、新しき白粉にござりまする。

 今までの白粉は鉛を原料としておりましたが、新しき白粉は鉛を使わず、果実から作っておるとのことです」


 「新しい白粉は、果実から作ったものなのか?今までの白粉と、どう違うのじゃ?」


 「今までの白粉は鉛を使っておるため、長い間使っておりますと、鉛の毒に犯されてしまうとのこと。

 過去の公家の死因など調べて見ますと、高齢の者には異様な死に方をした者が多数散見されました。

 そのため、毒の無い果実由来の白粉であれば、長年使用しても問題ないとのことにござりまする。」


 「鉛の毒じゃと!?そんな恐ろしいものを使っておったのか?」


 主上は大層驚かれている。

 確かに、今のまで自分たちが使っていたものを、長年使っていたら毒で変死するなどと言われたら、驚きもするだろう。


 「それにしても、鉛の毒に気付き、新しい白粉を作るとは大したものじゃ。

 一体、どの様な者がその白粉を作ったのじゃ?」


 制作者が気になった主上が問うてくるが、想定していたとはいえ、聞かれたくない問いであった。


 「その白粉を作ったのは、やつがれの息子にございまする」


 「関白の息子が作ったのか!?

 関白に息子がおるなどと聞いたことないが。何ゆえ一緒に来なかったのだ?」


 主上に庶子の話などするわけもなく、主上は多幸丸の存在を知らない。疑問に思って当然だろう。


 「恥ずかしながら、息子は庶子にござりまする。

 息子は比叡山に出家させたのですが、勝手に還俗して、美濃の西村某の養子になった由にて、今は美濃に土地を与えられ、領主として生きてるようにございます。

 先日、消息を伝えて来るとともに、この新しき白粉を贈ってまいりました」


 「何と面白き息子よな。関白の息子でありながら、破天荒な生きざま愉快なり。

 そなたの息子と会ってみたいが、難しいであろうのぅ」


 主上は多幸丸に会ってみたいようだが、それが難しいことも分かってらっしゃる。


 「息子は既に近衛家の者ではございませんし、官位無き者を参内させる訳にはまいりませぬ。

 ましてや、息子の養父である西村某も官位無き小さな領主に過ぎませぬ故」


 「関白の言う通りよのぅ。いつか会える日が来ることを願おう。

 関白の息子の朝廷や公家を思う気持ち、ありがたく受け取らせてもらう。

 この白粉には、近衛家の家紋より「牡丹白粉」と名を授けよう。

 牡丹白粉は関白と関白の息子が取り扱うが良かろう。早速、白粉を公家たちに分け与えることにしようぞ。

 関白も、先程の白粉の話を公家たちに伝えるよう頼む」


 「ありがたき幸せ。」


 何とか主上への献上は上手くいったようだ。


 「関白の息子にも報いねばならぬ。朕の宸筆を贈ろうと思う」


 「息子もさぞかし喜びましょう」


 主上が多幸丸に宸筆を贈ってくださるとは。

 今の多幸丸に官位など与えたら、ややこしいことになりそうだからのぅ。

 主上はご苦労されているだけあり、上手く臣下に対して配慮してくださる。

 今の朝廷の財政は窮乏しており、主上は践祚されてからまだ即位式も出来ておらぬ。

 ましてや主上自ら宸筆を売って朝廷の収入にしておる状態じゃ。何とかせねばならん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る