近衛稙家

関白・近衛稙家


 「関白様、お久しゅうございます」


 目の前におるのは、息子である多幸丸に付けて比叡山へと送った黒田重隆じゃ。

 幼い頃から才気溢れる多幸丸が大人しく比叡山に向かったから、何やらおかしいと思ったが、すぐに抜け出して美濃へと向かいおった。

 美濃で松波の養子になったことや元服し領地を与えられたことは、黒田重隆から逐一報告の文を受けておった。重隆の妻子は、この近衛家にあるからのぅ。

 多幸丸について逐一報告するよう命じておった。そのため、多幸丸についてのことはある程度承知しておる。


 「よくもまぁ、おめおめと使者を送れたものじゃ」


 一言嫌味でも言わなければ気が済まぬ。


 「多幸丸様より、関白様への贈り物がございます」


 差し出された贈物を見ると、刀剣と幾ばくかの銭、そして白粉。白鞘に入った刀剣を見ると、見事な刀剣であり、関の刀工が作刀したものだとか。

 白粉も、何とか殿上人に贈れそうな器に入っておる。


 「これが、多幸丸が作ったという、新しい白粉か?」


 「左様にございます。今までの白粉は鉛を原料としておりました故、鉛の毒にかかってしまうため、多幸丸様は瓜から新しい白粉を作られました」


 わしも日頃から白粉を使っておる。しかし、白粉を使い続けると鉛の毒にやられてしまうなぞ聞いたことなかったわ。

 重隆より、その報告があった後に、公家の死を調べさせたところ、白粉を日頃から使っておる者は、使ってない者に比べて変な死に方をしておった。


 「重隆より報告を受け、調べたところ、変な死に方をした者が過去にいることが分かった。

多幸丸が作ったというならば、信じて使ってみるしかないのぅ。

 どこで鉛の毒を知ったかは聞かぬが、多幸丸にはほどほどにしておくよう伝えよ」


 黒田重隆と世間話や、同行している多羅尾光俊の紹介を受け、多羅尾家が近衛家から分かれたことは噂に伝え聞いていたが、そのような者を取り立てるとは感心するわ。

 贈物も摂家に贈るものとしては不足なものばかりであるが、近衛家を出て一年も経っておらぬのに、これだけの品を贈るのだから、我が子ながら大したものよ。

 多幸丸は京より出して良かったのであろう。


 「重隆よ、暫くはこちらで妻子と過ごすが良い。」



 黒田重隆と多羅尾光俊を下げさせたあと、家宰に命じ、御所へ使者を立てるとともに、白粉を献上用の器に入れ換えさせるよう命じた。

 こういう新しいものには、利権が絡むからのぅ。伊勢の白粉座などがしゃしゃり出てくるやもしれん。さっさと近衛家の利権に取り込んでしまわねばならん。

 多幸丸が養子になった西村も元々は松波家の出なれば、日野家がしゃしゃり出てくるかもしれんしのぅ。日野家も勢力が衰えたとは言え、侮ってはならん。

 取り敢えず、主上に献上してしまえばこちらのものよ。



 多幸丸から文も届いていたので、私室で読んでみると、中身は頼みごとばかりで呆れ果ててしまった。

 遠国の大名家宛の紹介状を書いてくれやら、公家を紹介しろだの、度量衡の器具など物資をよこせなどと。

 かつては近衛家の被官であった島津や、妹が嫁いだ北条などはまだ良い。しかし、土佐の一条家への紹介状が欲しいとなれば、一条家に話を通さねばならんではないか。

 挙げ句の果て、南朝に付いた楠木正成の赦免を請うだの、琉球への紹介状が欲しいなど、あやつは何を考えておるのだ?


 文官として公家を雇いたいというのは助かるが、白川伯王家にまで何のようだ?

度量衡の器具やら、昔に明から買った手銃なんぞ、あったかのぅ。

 利に聡い多幸丸のことだ。当家の利にもなるであろうから、家臣たちに探させるか。

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