弾正忠との邂逅

 津島との商いを何度か行った後、大橋殿から話がある告げられる。

 大橋殿が深刻そうな顔をしているので、何か悪い報せだろうか。


 「松浪殿に改めてお聞きしたのですが、松浪殿の正体は、西村庄五郎殿でござろうか?」


 大橋殿がいきなり核心を突いてきた。

 まぁ、バレてるとは思ってたけどね。仕方ないから、正体を明かすしかないか。


 「如何にも、某は西村庄五郎正義にござる」


 「やはり、西村殿でござったか。以前よりそうなのではないかと思っておりましたが、ご本人で安堵いたしました。

 西村殿に折り入って、お願いしたいことがありまする」


 西村本人だって明かしたら、お願い事してくるなんて、図々しくないかい?まぁ、何だろうね?


 「実は、某の主君である織田弾正忠様に会っていただきたいのでございます」


 「織田弾正忠殿に会えと?そのような急な話は困りまする」


 「しかしながら、先ほど、殿はお忍びで当家にいらっしゃると遣いが来まして、松浪殿がいらっしゃると伝えると、是非ともお会いしたいとのことでして」


 大橋殿は申し訳なさそうに言う。

 しかし、普通はいきなり家臣の家に来るわけないので、事前に打ち合わせていたのだろう。

 前回に商いをしたときに、次は泊まっていってくれと言われて了承してしまったのがいけなかった。


 「仕方ないですな。日頃からお世話になっている大橋殿の顔を潰すわけには参りませんからな。

ところで、弾正忠殿は、某が西村庄五郎だと知っておられるのか?」


 「松浪殿の話をしたところ、西村殿であろうと予想しておられました」


 申し訳なさそうに、大橋が応える。この時代はまだ織田弾正忠と斎藤道三(西村新九郎)は対立していないから、一応問題はない。

 仕方ないので、織田弾正忠に会うことにしよう。



 客間に通されて待っていると、織田弾正忠がやって来たことを告げられる。

 暫く待つと、弾正忠本人が客間へと入り、席に着いた。

 弾正忠の容貌は、息子である信長やお市の方が美形であると言われただけあり、色白で目鼻立ちが整っており、美男子であった。


 「織田弾正忠様にございまする。殿、こちらが美濃の西村庄五郎殿にございます」


 大橋殿が互いを紹介する。


 「織田弾正忠信秀にござる。西村庄五郎殿には、津島にて商いしていただいているようで、忝なく思っております」


 織田弾正忠は探るような様子を見せながら名乗る。


 「西村庄五郎正義にござる。こちらこそ、織田弾正忠殿が治める津島にて商いをさせていただき、忝なく思っております」


 織田弾正忠と名乗りあった後、少し世間話をすると、彼が知りたいであろう核心に迫ってきた。


 「領主自ら商人のふりをして商いをするなど、西村殿は面白いことをなさる。」


 「某は、まだ城無き地の領主ゆえ、城を建てるためにも銭が必要なのですよ。銭を手っ取り早く稼ぐには、商いしかありますまい。しかし、商人頼みだといつ銭が入るか分からぬ上に、いくら入るかも分かりませぬ。ならば、自分で商いをしようと思ったまでのこと。」


 土地を重視する武士たちにはなかなか理解して貰えないだろうが、持論を語る。


 「面白い。津島を治めておるが故に分かるが、この世で一番力となるのは銭よ。しかし、田舎の武士は銭の力をまだ分かっていない者が多い。城を作るにも、兵を養うにも銭がいる。

 銭の重要性を分かっておる西村殿と商いが出来ることは大変喜ばしい」


 津島を治める弾正忠もまた銭の大切さを分かっているため感心している。


 その後、宴となり、五歳違いの弾正忠と意気投合し、大いに語らった。

 宴も終わりに近付くと、弾正忠がもじもじしながら語りかけてきた。


 「西村殿、良ければ某と友になっていただけぬだろう?

某の等しい身分の者で、貴殿ほど話が合う人物に会ったことがない」


 じっと見つめられて友になってくれと頼まれるが、わしは男色の気はないので、色白美形男子に見つめられてもトキメキことはない。

 しかしながら、この時代の武士には珍しい感覚を持った弾正忠に惹かれている自分がいるのも確かであった。


 「喜んで友となりましょう。こちらこそ、弾正忠殿とは友になりたいと思っておりました。」


 断られず、ホッとする弾正忠との話は更に盛り上がり、宴に花を咲かせた。


 宴を終え、弾正忠と大橋殿に見送られて、美濃へ帰る。


 「弾正忠、また会おう!」


 「庄五郎、約束だぞ!」


 二人は再会を約束する。

 この出会いが、日本の歴史に大きな影響を与えるとは、まだ誰も知らなかった。

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