大橋清兵衛重一

 大橋清兵衛重一


 津島の町は今日も賑わっていた。

 木曽川から物が流れ、伊勢湾を通じて、伊勢湾全域から堺、関東へまで物が流れていく。



 この津島は低地であったため、どの勢力からも見放された地であったが、我々の先達はそれを逆手に取って商業の町とした。その津島を運営してきたのが、我が大橋家を含む津島四家七党四姓である。

 商業の町として独立勢力になった頃には、織田大和守家が領有せんと攻めてきたが、攻めきることが出来ず、どの勢力下に入らず、独立を維持したままだった。

 それが変わったのは、織田信定様が攻めて来られた時である。

 信定様は、津島の地を領有すべく、攻めてきた。

 織田大和守の奉行の一人にしか過ぎないはずなのに、大和守家よりも少ない兵力ながら、巧みに攻め寄せ、津島を支配することとなった。信定様は、津島近郊に勝幡城を築かれ、そこを居城とし、津島を支配していた。

 そんな織田信定様も先年、家督を織田信秀様に譲られ、居城を木ノ下城へ移された。

 今の領主である織田弾正忠信秀様は、大殿となられた信定様以上に商いについての理解が深く、弾正忠様の支配は津島衆からも好意的に受け止められている。

 津島は熱田と共に尾張の物流を押さえる有力な町であり、弾正忠様の勢力が大きくなれば、それだけ津島の勢力も大きくなるだろう。


 そんなことを考えつつ、津島の賑わいを観ていた訳だが、実は用事があって津島神社へ向かっていた。津島神社の神主である氷室貞常殿に呼ばれているのである。津島の社家である津島十五党としては、神主に呼ばれたならば行くしかない。


 津島神社に着くと、神官に神主の氷室殿の元へ案内された。


 「おぉ、大橋殿。よく来てくだされた」


 「神主殿が御呼びとあらば、社家が赴くは道理にござりますれば、どの様な御用件でしょうか?」


 氷室殿は少し困惑した様子で応える。


 「実はな、先日変わった客が来てのぅ。美濃の商人で元公家だと言う者なのだが、春日明神の御告げで来たので、木曽川で品を運ぶ故、卸す先を紹介して欲しいとのことなのじゃ」


 「ほぅ、木曽川で美濃の品をですか。そう言った商いは執り行っておりますが、元公家の商人とは聞きませんな。しかも、春日明神の御告げで来たなど。何と名乗ったのですか?」


 「うむ、松浪兼家と名乗っておった。本人は貧乏公家の三男で、縁故を頼って美濃に逃れて商人になりに来たと言っておったが。あぁ、あと、目薬を売りたいと言っておった。その目薬を試しに使ってみたのだが、効き目も良いので、当社の護符と一緒にして販売しようと考えておる」


 「松浪・・・。美濃で松浪と言えば、西村勘九郎正利が思い浮かびますが・・・。最近、西村家を頼ってきたと言うと、噂に聞く近衛家の庶子ではないでしょうか?西村勘九郎の嫡子の新九郎の養子になったと聞き及んでおります。

目薬の件も含めて、殿にお話ししておく必要がありそうですな」


 氷室殿と話した件を殿にお伝えする旨を話、氷室殿とは世間話も含め、色々な話をして、津島神社を離れた。


 勝幡城の殿へ話したいことがある旨を伝えるため使者を出すと、翌日に登城するよう返答をいただいた。


 翌日、勝幡城へ登城すると、すぐに殿の元へ案内された。

 案内され、少し待つと殿が入って来られる。若々しく、目鼻立ちが整っておられるが、その眼光は鋭い。


 「殿におかれましては、ご健勝の御様子で何よりにございます」


 「うむ、清兵衛よ。話があると聞いておるが、一体どの様な話だ?」


 「昨日、津島神社の神主である氷室貞常殿より呼び出しを受けまして、話を聞いたところ、美濃より商人が参りまして、商いをしたいので商人を仲介して欲しいとの申し出があったそうです。」


 「ほぅ、美濃の商人とな。其方がわざわざ話に来るのだから、ただの商人ではあるまい」


 殿はニヤリと笑いながら、次の言葉を待っている。


 「はっ。その商人は春日明神の御告げで津島神社に来そうで、元は京の貧乏公家の三男坊で、松浪兼家と名乗ったとのことでございます。美濃の縁故を頼って商人になったと本人は申していたとのこと」


 「ほぅ、松浪か・・・。美濃を頼って来た公家となると、最近では近衛関白の庶子で西村家の養子になった西村庄五郎正義しかおらぬではないか。松浪も西村勘九郎正利の生家だ。

話に聞くと、可児郡の木曽川沿いに領地を貰ったそうだ。

木曽川沿いで美濃の産物を売ろうと思えば、津島に持ってくるしかないからな」


 殿は楽しげに語っているが、もう既に西村庄五郎が木曽川上流に領地を貰ったことを御存知だったことに驚いた。


 「しかし、関白の庶子でありながら、商人のふりをして銭を稼ごうとするとは面白いな。

 わしも会ってみたい!清兵衛よ、次に来た時に会えるよう席を調えよ」


 「と、殿自ら会われるおつもりですか?

 分かり申した。勝幡城で会えば噂に成ります故、津島の某の屋敷でもよろしいでしょうか?」


 「うむ、善きに計らえ!」


 殿は期待に満ちた様子で、西村庄五郎正義との会談を調えるよう命ぜられた。

 こういったとき、殿が一度言い出したら絶対に曲げない御方だからな。

 しかし、元々は公家とは言え、武家になったとに商人のふりをする領主など聞いたこともない。

 それだけ銭の力が分かっているということだろう。

 殿と気が合いそうな気がする。殿に取って味方になるか敵になるかは分からないが、出来ることなら、殿の味方になって欲しいと思う。


 そのためにも、津島神社の氷室殿と話し合って、この会談を成功させなければなるまい。

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