津島神社

 木曽川上流の船頭たちを支配下に治めたので、舟を使って津島まで赴くことにした。

 舟が無い場合は、陸路で行くことも考えたけれど、舟に比べると随分と時間がかかる。


 今回は目薬の商談なので、普段着の狩衣ではなく、商人らしい服装で行く。

 お供は黒田重隆と多羅尾光俊である。多羅尾光俊にも色々な仕事を任せたいので、なるべく経験を積ませたいからね。


 「重隆よ。中井戸村に家が出来たら、妻子を呼び寄せてはどうか?」


 「勿論、そのつもりでございます。その為にも、近衛家との縁を再び結ばなければなりませんな。しかし、手土産が必要になりますから、銭を稼がねばなりますまい」


 「その為にも、今回の津島神社との話は成功させねばなるまい。ついでに、木曽川上流の産物を買い取ってくれる相手も紹介してもらおう」


 舟に乗ってる間は、重隆と光俊と当たり障りことから、今後のことなどを話した。

 領内の田圃を乾田にしたいこと。その為に、乾田や灌漑技術を持った者を招聘するよう重隆に頼んだ。

 中井戸村を整備し直し、町にすること。その町割りなど帰ったら、乙名を含めて相談したいことなど。

 黒田重隆は黒田官兵衛の祖父なだけあって優秀で、武官気質の家臣たちの中で、筆頭家臣として上手く立ち回ってくれている。


 そろそろ、近隣の領主に会って、木曽川下流へ物を売ることなど、様々な取り決めをしたいものだ。


 舟の中で話をしていると、津島まであっという間についてしまった。

 我々一行は、津島神社まで歩きながら、津島の繁栄を目の当たりにする。

 津島神社の門前町として栄えているが、木曽川下流の河湊を擁し、木曽川の上流から流れてきた物資を伊勢湾の消費地へ運び出す物流の集積地になっており、美濃では観ることが出来ないような繁栄ぶりである。


 元々は低地であったため、織田大和守家も織田伊勢守家も手を出さないでいる間に、商人の町として成長し、織田大和守家も手を出せない存在となっていた。

 そんな所属不明の津島を内陸の領地から攻め支配下に治めた織田信定の手腕には恐れ入る。

 津島近郊に勝幡城を築き、治めているのは、織田信定より家督を譲られた織田信秀である。

 織田信長の父であり、尾張の虎と恐れられ、主家をも凌ぐ力を持つことになる織田信秀もこの頃はまだ津島一帯を支配する程度でしかない。

 しかし、津島の銭を基に勇躍することを考えると、織田信秀もまた傑物であることは認めざるを得ない。



 津島神社に到着し、まずは神官の方に寄進がしたい旨を伝え、神主である氷室貞常と面会する機会を設けてもらった。


 「神主の氷室貞常にございます。この度は寄進をしていただけるそうで、誠にありがとうございます」


 「美濃で商人をしております、松浪兼家と申します。この度は、寄進をお受けくださって、ありがとうございます」


 取り敢えず、適当な偽名を名乗ることにする。松浪は義祖父の実家で、兼は兼山から、家は実父から取って偽名にしてみた。


 「松浪殿は商人とのことですが、御振る舞いを見るからに、やんごとなき御身分の方とお見受けいたしますが」


 「元々は、京の貧乏公家の三男坊でしたが、公家の困窮に堪えきれず、美濃の縁故を頼って商人になった次第にございます」


 「ほぅ、公家から商人とは珍しいことですな。商いはどの様な物を扱ってらっしゃるので?」


 「まだ、商いは始めたばかりなのですが、縁故を頼り、木曽川上流の産物を取り扱っております」


 「ほぅ、木曽川上流の産物を、木曽川を使って津島に持ってきて商いたいということですかな?」


 「先日、夢に春日明神が出てきまして、津島神社を訪れれば商いが上手くいくと御告げを受けました。手前は、美濃の商人でございます故、御信頼出来る方を紹介して貰うことなど出来ましょうか?」


 「夢に春日明神が出てこられたと!?そして、当社に訪れるよう御告げを受けられたとは。何か意味があるようですな?

 信頼出来る商人をご紹介することは可能ですが、具体的には、どの様なものを扱われますかな?」


 神から御告げを受けて来たと言うと、神主である故か、氷室貞常も乗り気の様子である。


 「まずは、美濃の木材。美濃の焼き物や刀剣、作物と言ったところでしょうか。あぁ、後は、当家秘伝の目薬がございます」


 「目薬ですと?京の御公家様の秘伝と言うことは、大層効き目が良いのですかな?」


 氷室貞常は、思っていた通り、目薬に食い付いてきた。


 「効き目の良い物であると自負しておりますが、如何せんどの様にして売ったものかと思い悩んでおります。美濃もそんなに大きな町がある訳でもなく、なかなか売る宛が無いのです」


 「当社が牛頭天王を奉っておるのは御存知だと思いますが、牛頭天王は薬師如来の垂迹にござりますれば、何かの御縁。津島で売ってみてはどうでございましょう?」


 目薬を販売すれば、牛頭天王を奉る津島神社にも利益があることを悟ったのであろう、氷室貞常は津島で売ることを提案してきた。


 「津島で売るのでございますか?しかし、どの様にして売れば良いものでございましょう?」


 目薬の売り方など分からないと言う風を装い、困惑気味に尋ねる。


 「なに、当社の護符と一緒に売れば、霊験あらたかな薬として売れましょうぞ」


 氷室貞常は満面の笑みで応える。その顔は、売れた時のマージンを寄越せと暗に言っている。


 「おぉ、それは有り難い。牛頭天王の護符があれば、秘伝の目薬も、飛ぶように売れましょうぞ。売れた暁には、津島神社に更なる寄進をいたしましょう。」


 売れたらマージン渡しますよとしっかり伝える。


 「それは有り難い。ところで、目薬の持ち合わせはありますかな?京の都の目薬なので、利き目は抜群とは思いますが、もし効き目が無かったら、牛頭天王の威信に傷がついてしまいますからなぁ。」


 氷室貞常が言うことももっともなので、試供品の目薬を渡す。


 「試しに、津島神社の皆様でお使いいただき、護符と合わせて販売するのに問題なければ、販売を始めましょう」


 「ありがとうございます。効き目を試させていただきます。

 当社においても、護符を用意しておきますので、松浪殿も目薬を準備してくだされ。

 また、松浪殿が美濃の品を卸す先についても、いくつか宛がございますので、次回いらしたときにご紹介いたしましょう」


 こうして、目薬の販売と卸し先の商人の紹介は次回へと持ち越しとなったのであった。

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