美濃入国

 甲賀を発った私たちは、瀬田左京を先触れとして送り出し、東山道を下り、不破の関を通過した。


 不破の関を少し過ぎた頃、瀬田左京と大勢の武士が待ち構えていた。


 「若様、お待ちしておりました。西村家の館のある稲葉山城までは、こちらの西村隼人佐道利殿が案内してくれます」


 西村隼人佐道利と紹介された男は、中背ではあるものの、極道の世界の人たちみたいな顔をしていた。


 「西村隼人佐道利にございます。若様を稲葉山城までお連れさせていただきます」


 「近衛多幸丸にございます。西村隼人佐殿は、西村勘九郎正利殿の御縁者ですか?」


 ふと疑問に思ったことを聞いてみる。


 「西村勘九郎正利は祖父にございます。私の父は西村勘九郎の嫡男である西村新九郎規秀の庶子で、母親は瀬田左京殿の姉でございます」


 何となく、斎藤道三の息子って気はしていたけれど、話に聞いていた瀬田左京の姉の子であったことにビックリした。

 名前からして、長井道利だよな?長井道利は斎藤正義が殺された後、鳥峰城を貰ってるから、何か因縁めいたものを感じるぞ。

 しかも、同じ庶子だとは・・・。


 「まさか、瀬田左京の甥御だったとは。稲葉山城まで、よろしくお願いいたします。」


 こうして、西村隼人佐一行に案内され、稲葉山城へと辿り着いたのであった。




 旅装を解き、着替えを済ませたので、現在は城主である西村勘九郎正利と西村新九郎利政に挨拶することとなった。

 二人の顔を見ると、正に極道の組長と若頭って感じでヤバい。


 「関白近衛稙家が庶子、近衛多幸丸でございます。西村勘九郎殿には、私の願いを聞き届けていただかまして、誠にありがとうございます」


 取り敢えず、極道の組長に挨拶をする。


 「近衛多幸丸殿、よく参られた。わしが西村勘九郎正利じゃ。此方は、わしの嫡男で西村新九郎規秀と言う。」


 組長が息子の若頭を紹介してくれた。


 「西村新九郎規秀でござる」


 若頭が名乗ってくれた。親子揃って、丁寧だけど、雰囲気が危ない。


 「瀬田左京から話は聞いたが、多幸丸殿は、武士になりたいとのことだが、誠か?」


 「はい、私は比叡山に入れられましたが、僧になることが我慢できず、武士になって成り上がりたいと思いました。受け入れてくれる家は多数ありましょうが、畿内近郊で勢いがあるのは、西村殿とお見受けし、縁者の瀬田左京に頼み、お願いさせていただきました」


 「僧になるのが嫌か・・・。わしもかつては僧だった。元々は日野家の庶流で松波家の生まれで、父は北面の武士であったが、家が貧しく、出家させられた。

 今も公家はどこも貧しいから、どの家も嫡男以外は出家させられるだろうな。」


 「えぇ、我が近衛家も、父以外は寺に出家させられております」


 「僧になるのが我慢できず、成り上がりたいという気持ちは、わしにはよく分かる。わしも僧の生活が我慢できず、勝手に還俗した後は、油売りの娘に婿入りし、油売りになってそこそこ成功したが、それだけでは我慢出来なかった。

 故に、油売りで成した財を基に、美濃の小守護代である長井長弘様に仕官して、重臣の西村の名跡をいただき、頼武様方の守護代斎藤帯刀様からこの稲葉山城を奪い、今では稲葉山城代よ」


 西村勘九郎が自身の経歴を簡単にだが語ってくれた。


 「ところで、多幸丸殿は、成り上がりたいとのことだが、領地や城が欲しいのか?」


 西村勘九郎は、私が城持ちになりたいかを、ダイレクトに問うてきた。


 「はい、仕えてくれている家臣もおりますれば、すぐにでも城や領地が欲しいです」


 私の返答に、西村勘九郎はニヤリと悪人面で笑う。


 「多幸丸殿ほどのお血筋の方に城を与えるのは、吝かではないが条件がある」


 「じょ、条件・・・?」


 「そうじゃ、その条件は、我が嫡男新九郎の養子になることじゃ。本当はわしの養子にしたいところだが、わしではもう老いすぎておる。

 新九郎の息子である道利は、今は竹ヶ鼻城の城代じゃ。新九郎の子となれば、城主になってもおかしくない。如何かな?」


 西村勘九郎は挑戦的な顔で笑いつつ、此方に問いかけてくる。

 やはり、斎藤道三の養子にならなければならないか。まぁ、家柄が良いとはいえ、自分の親族やら他の家臣を飛び越えて、いきなり城主とかにしたら反発もあるだろうな。道利はすでに城代になってるってことだから、新九郎の養子になれば城主にしても問題ないということだろう。


 「分かりました。西村新九郎殿の養子になりましょう!」


 私の即答に対して、西村親子は大層驚いた様子だ。


 「ほぅ、即断するとは、果断なよな。考える時間が欲しいと言われるかと思ったが、近衛の家を捨て、新九郎の養子になることの利に気付いたようじゃな。立派な武士になれよう」


 西村勘九郎は満面の笑みであり、養父となる新九郎もニヤニヤと悪人面で笑っていた。


 こうして、近衛多幸丸は、西村新九郎規秀の養子となることとなったのであった。

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