甲賀へ行こうが

 朝倉宗滴と別れ、甲賀へと向かう。

 甲賀盆地の入り口で、黒田重隆と再会する。そろそろ着く頃だろうと待っていたようだ。


 黒田重隆の案内で多羅尾家の屋敷へと向かう。

 屋敷の前には、一人の壮年の人物を筆頭に家人たちが待ち構えていた。


 「関白様の御子息様におかれましては、わざわざこの様なところに赴き下さいまして、誠にありがとうございます。

 某は多羅尾家当主の多羅尾光吉と申します。」


 「こちらこそ、突然の訪問を申し訳ございません。私は近衛多幸丸でございます。」


 我々を出迎えてくれた多羅尾光吉が屋敷の中へと案内してくれる。

 客人を出迎える部屋と思しき部屋へ着くと改めて挨拶を交わした。


 「ところで、若様は何故この様な何もない地に、ましてや当家へといらしたのですか?」


 「比叡山へ出家させられる直前に夢を見まして。春日明神が夢にお出ましになられまして、武士を目指すなら、甲賀の多羅尾家へ赴くべしと。多羅尾家はかつて、近衛家より分かれた家である故、私の力になるであろうとお告げになられたのです。

 この度、美濃の西村殿より武士となるべく迎え入れていただくことになったので、春日明神のお告げに従い、多羅尾殿を訪れさせていただきました。」


 春日明神のお告げがあったと言うと、多羅尾光吉はひどく驚いたようだ。


 「何と!春日明神のお告げですと!?しかし、かつて近衛家から分かれたとは言え、近衛経平様と信楽の地侍の娘との間に生まれた子ゆえ、若様とは立場が違いまする。

 甲賀は貧しい故、多羅尾家が若様のお力になることなど、到底出来ますまい。」


 多羅尾光吉は悔しそうに力になれない旨を伝える。


 「私は武士になります。故にいつか領地を得たときに、腕の良い乱波を紹介していただければ、十分お力になってくださると思っております」


 その言葉に、多羅尾光俊は顔を顰めた。


 「乱波を紹介ですか・・・。確に、甲賀の者は乱波働きを致します。当家とて例外ではござらぬが・・・」


 この頃の乱波と呼ばれる忍者は傭兵の様なものであり、忍者の仕事を安い金で消耗品の様に使い捨てられるような存在であった。

 武士からは賤しい存在のように扱われていた。

 それを紹介しろと言われたことで、渋っているのだろう。


 「光吉殿が思われている乱波働きの者ではなく、家臣として召し抱えたいのです。城持ちとなれば、敵方の情報が必要となりましょう。その情報を得るためにも、乱波たちを従える優秀な乱波を家臣に欲しいのです。身分は武士として取り立てましょう」


 私の言葉を聞き、光吉はかなり悩ましい様子であった。


 「乱波を武士として取り立ててくださると・・・。そして、乱波を従えることの出来る優秀な乱波を紹介ですか・・・」


 「今すぐでは無くて良いので、何れ城持ちになったときにお願い致します」


 「分かりました。お疲れでしょうから、大したおもてなしは出来ませんが、暫くは当家にて御逗留ください」


 こうして、私たちは多羅尾家にて暫く厄介になることとなったのであった。




 多羅尾光俊


 関白様の若様が、当家へ訪れたいと聞いたときは、何用かと思ったが、聞いてみれば春日明神から御神託を受けて参られたとは・・・。まして、多羅尾家が若様のお力になるなどと・・・。

 確かに、我が多羅尾家は近衛家より分かれた家であるが、そのようなこと、多羅尾の者でさえ忘れておった。

 信楽は元々近衛家の荘園であり、この地に隠居していた近衛家基様がが亡くなり、御子息の経平様と多羅尾の地侍の娘との間に生まれた男子の高山太郎が祖である。

 若様と同じ庶子とは言え、近衛家の子供として育てたれた若様と、地侍の子供として育てられた先祖とでは、立場が全く違う。

 その上、若様は出家させられたのが嫌で武士になると言う。

 ましてや、城持ちになろうなどと・・・。

 武士たちは我々を乱波と呼び、賤しんで、安い金で使い捨てる。その様な扱いを受ける身分なのだ。

若様は、そのことがよく分かっておられないのだろう。

 しかし、乱波を統べる乱波を家臣に欲しい故、紹介して欲しいとは・・・。しかも、武士として取り立ててくださると・・・。

 ましてや、春日明神のお告げだとは・・・。これは、多羅尾家にとっても良い機会なのではないか?若様が飛躍すれば、多羅尾家の地位も上がる。しかも、春日明神が多羅尾家が力になると言っているのだから、我々が力を貸せば、若様は大成為さるのだろう。

 このまま、乱波者として扱われるより、ずっといい気がする。若様に賭けてみよう。

 しかも、これは当家だけで終わらせていい話ではない。甲賀五十三家の皆にも相談してみよう。



 朝、朝食をいただいている時に、多羅尾光吉殿から衝撃の言葉をいただいた。


 「若様、この者は我が嫡男の光俊にござります。どうか、若様のお側でお仕えさせてくださいませ。元服は済ませており、乱波としての働きも一通りは出来ます。僅かながらも、若様のお役に立てるかと思います」


 えぇ!?嫡男を私に仕えさせる!?

 光吉殿の側には、精悍な若者がおり、光俊と言う名だと言う。

 あの有名な多羅尾光俊か?

 確かに、多羅尾光俊が仕えてくれるなら嬉しいけど・・・。


 「光吉殿、御嫡男を仕えさせて欲しいとの言葉、嬉しく思いますが、私はまだ武士になった訳ではなく、禄も満足に払える身ではございません。光俊殿を家臣にするなど出来ませんよ」


 「今はまだ禄をいただかなくても結構でございます。若様が大成なされたならば、光俊を取り立ててくだされ。若様がお受けになられた春日明神のお告げに応えさせていただくためにも、どうか、どうかお願い致します」

 「どうか、お仕えさせてください」


 親子揃って、頭を下げて仕えさせてくれと頼み込んでくる。

 これに応えないのは失礼になるな。


 「分かりました。御二人の気持ちには感銘致しました。光俊殿には、私に仕えていただきましょう。ましてや、多羅尾家は近衛家から分かれた家であるので、準一門として扱わせていただきましょう。禄は暫くは払えませんが、それでよろしければ、よろしくお願いいたします」


 「準一門ですと!?何と畏れ多い」


 二人とも、準一門として扱うと言うと、驚き慄いたようだ。


 「光俊殿、いや光俊よ。よろしく頼む」


 「若様、こちらこそ、よろしくお願いいたします。身命を賭してお仕えさせていただきます。」


 こうして、多羅尾光俊は、私に仕えることとなったのだ。



 多羅尾光吉


 嫡男の光俊を若様にお仕えさせることにした。

 若様にその旨を伝えると、大層驚きになられた。

 しかし、これは我が多羅尾家にとっても好機であるのだ。

 若様は、今は禄を払えないがと仰ったが、そのようなものまだ期待していないので、無禄でお仕えさせてもらえるよう頼み込んだ。

 すると、若様は多羅尾家は近衛家より分かれた家なので、準一門として迎えてくださると言う。

 何と畏れ多いことであろう。庶子とは言え、関白様の御子息に準一門として扱っていただけるとは。

 常日頃、乱波として扱われている我々からしてみれば、望外の喜びだ。

 若様に一家を挙げて、いや甲賀を挙げてお仕えしようと心に誓ったのであった。

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