プロローグ~幼少期

プロローグ

 夕闇の中、篝火が城中の庭とそこに居並ぶ兵達を照らしていた。

 城の本丸屋敷では、宴席の用意がされていたが、本丸の庭には血臭と幾人かの死体が転がっている。

 兵達の中で甲冑を身に着けていないが、身分の高いと思われる男の目の前に甲冑を身に着けた武将と思われる男が語りかける。


 「大納言様、悪五郎を捕らえました」

 「明智殿、お見事であった。貴殿のおかげで助かり申した。」

 「大納言様、ご無事であったから良かったものを、御身を囮にするような真似は、二度となさらないでくださいませ。」

 「明智殿、申し訳ない。しかし、悪五郎めを油断させ、捕らえるためだったのだ。悪五郎めを引き出してくだされ。」


 武将は貴人に苦言を呈するも、貴人は話題を変えるべく、捕らえた悪五郎を引き出すよう頼んだ。

 貴人の名は斎藤大納言正義。美濃を乗っ取った乱世の梟雄であり、蝮と呼ばれる斎藤道三の養子である。

 傍の武将は明智光綱。有名な明智光秀の父であり、現明智城主である。


 兵に両脇を抱えられながら、縛られた男が引き出される。

 引き出された男は、斎藤正義の配下である久々利城主の久々利悪五郎頼興であった。

 悪五郎は、正義を睨みつけ、怒鳴り散らす。


 「大納言様!宴席に招いたのに、明智と謀り我を捕らえるとは、どういう御積りか!?」


 正義は溜息を吐き、呆れ果てた様子で応える。


 「悪五郎よ、酒宴に招き、わしを謀り殺そうとしたことは、分かっておるのだぞ?」


 悪五郎は少し怯んだが、再度正義を睨みつけ、怒鳴り散らす。


 「そんなものは偽りだ!そもそも証はあるのか!?」


 正義は呆れつつも、懐から一枚の紙を出す。


 「証か・・・。証ならあるぞ。養父上が、其方にわしを殺すよう指示した書状ぞ。其方が怪しいことは分かっておったからな。間者を入れておいたのよ。」


 正義は、書状を悪五郎に見せつけた。

 その話に驚いたのは、傍らにいた明智光綱であった。


「殿が大納言様を討てと命じたですと!?そんな馬鹿な・・・。」


 明智光綱の顔は青ざめるとともに、この後の自分の身を考える。

 悪五郎は正義の配下であったが、明智光綱は斎藤道三の家臣である。密命とはいえ、道三の命を帯びた 悪五郎を攻めて捕らえてしまったのである。

 そして、その書状に見覚えのあった悪五郎は汗をかきながらも開き直ったように語る。


 「ふっ…。既にお見通しであったか…。間者を入れられ、書状まで盗まれるとは…。

其の通りよ。殿の命で、貴様を始末するつもりであった。」


 語り出す悪五郎を正義は手で制し告げる。


 「それ以上は何も語らずとも良い。悪五郎の首を刎ねよ」


 正義は、兵に悪五郎の首を刎ねるよう命じた。悪五郎は最期に悪あがきか、大声で叫ぶ。


「正義、貴様は大きくなりすぎた!その血筋と才覚を殿は恐れられたのよ!」


 それが、久々利悪五郎頼興の最期の言葉であった。


 悪五郎が最期に放った斎藤道三の恐れる血筋と才覚そのどちらか無ければ、斎藤道三は正義を殺そうとしなかっただろう。特に、道三の持ち合わせていなかった血筋に美濃統治が上手く進んでいない道三は、自らに取って代わられることを恐れたのだろう。


 斎藤大納言正義は、名門中の名門である摂家近衛家の生まれだったのだから。


 正義は、悪五郎の最期を見届けると、呆然と佇む明智光綱に語りかける。


 「明智殿、これで我らは一蓮托生ですな」


 この日、久々利悪五郎頼興は死んだ。

 本来であれば、正義が死ぬはずであった。しかし、斎藤正義は死ななかった。

 何故なら、斎藤正義が久々利頼興に殺されるのが分かっていたから。

 この時、本来の歴史が変わった瞬間であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る