《KAC8》クロス・ファイト・バトル 5 ジ・アルティメット
一十 一人
クロス・ファイト・バトル 5 ジ・アルティメット
「3周年、か……」
シュウ・カミザキは自室でアルバムを捲りながらひとりごちた。
シュウの思い出と言えば、それはすなわち長年シュウが主人公を勤め上げてきた格闘ゲーム「クロス・ファイト・バトル」――CFBの歴史であると換言してもいい。
去年には35周年を迎えたCFBシリーズだが、明日は歴代第13作目に当たる「クロス・ファイト・バトル 5 ジ・アルティメット」の発売日なのだ。
CFB5Uは据え置きと携帯を兼ね備えた次世代ゲーム機に初めて対応したCFB5の続編にあたる作品である。
明日はCFB5の発売日から丁度3年の3周年記念日でもある――意図してそうなってるのだろうが。
「それにしても三年か、長かったな……」
そう言ったシュウは「ははっ」と自分で自分の台詞を笑った。
自分の言葉ながら、それがとても35周年さえ迎えたことのあるベテランの台詞だとは思えなかったからだ。
しかし、それは彼の心情を率直に表した台詞でもある。
格闘ゲーム――特に2D格闘ゲームの全盛期はとっくの昔に過ぎ去り、CFBシリーズの売り上げは右肩下がりになる一方だった。
黄金時代は過去のもの、高性能な次世代ゲーム機のスペックの無駄遣いと言われたこともあった、時代錯誤で何年前のゲームだと揶揄されたこともあった。
CFB5の続編のCFBシリーズは2D格闘路線を辞めてしまおうという声さえ上がったくらいだ。
しかし、シュウは頑としてそれを認めなかった。それはシュウだけの話ではない、ウェン・リーやクロノス、桜花にルーと言ったドット時代からの盟友達もこぞって反対意見を述べたのだ。
CFBとは2D格闘のゲームなのだ、2DでなければCFBではないと、皆気持ちは同じだった。
その結果、頑ななシュウ達に経営陣が折れる形で「2D格闘ゲームのCFB」の継続が決定、CFB5の正統派続編であるCFB5Uの製作も決定した。
そんなシュウ達の執念が身を結んだのか、CFB5は発売当初こそ振るわなかったもののジワジワと売り上げを伸ばし、ついには前作、CFB4GSの売り上げを抜き去ったのだ。
それは12年ぶり、ナンバリングで言えば「無印4」以来四作品振りの快挙だった。
その要因は海外の対戦格闘ゲームユーザーに買い支えられ、彼らのプレイが動画配信によって周知されることで国内の売り上げもアップしたのだ、ということになっているがしかしシュウは決してそれだけが理由だとは思っていない。
日本国内にだってずっとCFBをずっと応援し続けてくれているユーザーが居たのだ。
彼らの力無くしてはこの結果は得られなかっただろうとシュウは確信している。
そうして満を持している明日発売される予定のCFB5U出荷本数はCFB5の発売本数を大きく上回る。
それは黄金時代の再来、とまではいかなくとも辛い時代を乗り越え、明るい未来へと歩き出しているということに他ならないだろう。
そんな過去を懐かしむように、3周年前夜にシュウは一人CFBシリーズの思い出に浸っているのだった。
「ああ、そうそう、ドット時代はクリスが女だって誰も知らなかったんだよな。ポリゴンになってみんなで驚いたよ」
誰もいない薄暗い部屋でアルバムを捲る音と、シュウの独り言だけが空気を震わせる。
今思えば何もかも懐かしい。
ドット時代は悪の総裁・クロノスとの戦いから始まり、唯一無二の盟友にして写し鏡のような存在のメイ・ナルカミとの出会いと別れ――
思えば自分もかなり見た目が変わった物だ。
最初はドット絵だったが、時代の流れと共にポリゴンになり、より流麗な3Dモデルになったかと思えば、今はほぼ実写と言っていいほど服の皺や細かい表情まで再現できるリアルな装いだ。
それでも変わらないのは、熱い戦いを求めるハートとトレードマークの青い道着だけ――と思っていたのに。
「ふっ、これだもんな」
アルバムの最後のページまでを 捲ると、そこにはシュウ・カミザキが居た。
CFB5Uのシュウ・カミザキである。
「まさか道着を捨てることになるとは思って見なかったよ」
CFB5Uのシュウ・カミザキからは服装がガラリと一変し下は道着のままだが、上半身はスポーツウェアのように変わったのだ。
シュウにとって道着とは正装であり36年間、自分と相手の血と汗を染み込ませた戦闘服なのだ。
勿論、スポーツウェアがダメだと言っているのではない、我ながらこれはこれでかっこいいと思う――しかし、どうしても心に寂しさを覚えるのは仕方がない。
「俺はもう一生道着を脱がない奴なんだと思っていたよ」
そう言ってシュウは自嘲する。
36年間袖を通し続けた道着もこれまでか、と。
「――――あれ?」
そこでシュウはふと、思った。
道着に触れさせていた手をゆっくりと剥がし、そして食い入るように写真を見つめる。
……これはどういうことだ?
俺は道着を脱いだことが無いはずなのに――どうして写真の俺はスポーツウェアを着てるんだ?
この写真はいつ撮った?
いや待て、待て、おかしい――いやおかしくない。
そうだ36年間一度も脱いだことがなかったわけじゃない、上半身に限れば幾度か脱いだことがあるはずだ。
そうだ、神裂の血が魔に魅入られて俺は神魔となったことがある。
CFB5で神魔モードは実装されなかったから忘れていたが、あれは闘気で上半身の服が弾け飛び、結果として上半身が露出するはずだ。
いや、でもそれを覚え――いや、それを覚えてないのは我を失った神魔モードだから、覚えてないのは当ぜ――
覚えて――
「いや……俺は……覚えてる」
正気を失ったはずの神魔モードで、ルーを一方的に蹂躙するところを、メイとの死闘で我を取り戻したことも、全て記憶にある。
記憶にはある。記憶には、あるが……どうして俺は神魔モードでメイと戦っている俺自身を見下ろしているんだ?
いや、この戦いだけじゃない。クロノスとの死闘も、ダイダラボッチとの戦いも、セツナとの共闘も――全て俺は俯瞰から見ている。
全てが昨日のことのように思い出せるが、どうして俺の記憶では相手を見据えるのではなく、相手を見据えるシュウ・カミザキを見ているのだ。
こんなのまるでユーザーからの視点じゃないか。
――お、俺は本当にシュウ・カミザキなのか?
「は、はは……疲れてるんだな」
シュウは震えるような声を絞り出した。
これは何かの間違いだ。
戦いの最中は必死で戦っているのだからほとんど覚えてなくとも不思議ではない、それを後から見た確かな記録か何かで補完してしまっているのだろう。
そうに違いない。
「……今日はもう寝るか」
明日は大切な日なのだから無理は良くない、大事をとって今日は早めに休もうと思ったシュウだったが――
「――っ!?」
闘気――否、殺気を感じた。
シュウ・カミザキは歴戦のファイターである、一人きりのはずの部屋で突如背後に現れた殺気。
何も分からずじまい――しかし頭は動かなくとも体は経験に沿って動く。
「滅神流・氷飛燕脚!」
反応より早く反射で後方を蹴っていた。
氷飛燕脚はシュウの使う滅神流の技の一つである、氷のように鋭い蹴りが飛燕より早く相手を貫くその技はシュウの技量を持ってすれば並大抵の相手なら何もさせることなくKOできる技だが、
「滅神流・虎咬交差撃!」
「な――ぐふっ!」
驚く暇もなくシュウの体を拳が貫いた。
氷飛燕脚にカウンターを合わせられた――いや、驚くのはそこではない。
滅神流・虎咬交差撃だと?
虎咬交差撃はシュウも得意とするカウンター技だ、発動は難しいが成功すれば虎の牙が相手に突き刺さり、猛虎に威圧された相手は動くことが許されない。
しかし、虎咬交差撃――滅神流が使えるのは神を裂く血を引く三人だけのはずだ。
一人はシュウの実妹のカンナ・カミザキ。
一人はシュウの未来の子供のJr.。
――そして、シュウ・カミザキ自身だ。
「不意打ちで悪いとは思っている、しかし自分自身とまともにやりあっていてはいつまで経っても終わらないしな、許せよシュウ・カミザキ――いや、12人目のシュウ・カミザキ」
――この男は何を言っている?
「お前は幸せな『シュウ・カミザキ』だよ。ハードが変わる時だけは移行措置とか言ってあいつらが殺処理してくれるんだ。お前は11人目を殺したわけじやないんだろ?」
――こいつは、こいつは……!
「ちょうど36周年で13人目――十三作目、この意味が分かるよな? シュウ・カミザキ。毎度キッチリ三年周期というわけじゃないが、シュウ・カミザキはどれだけ長くとも三周年で終わるんだよ――そして新しくなる」
――俺の背後で喋っているこいつは……!
「ははっ、お前だって、まさか本当に36年もの間ずっとシュウ・カミザキだったなんて思い込んでいたわけではないだろ?」
この誰よりも良く効いた声、自分が誰よりも知る人物――
「明日からは、俺がシュウ・カミザキだよ――三年だけな」
「……はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
シュウは息も荒く目を覚ました。
着ているスポーツウェアにはじっとりと嫌な汗が染み込んでいる。
夢――夢、か?
いつのまにか机に突っ伏して寝てしまっていたようだが、嫌な夢を見た気がする――とてつもなく嫌な夢を。
しかし、それがなんだったかをシュウには思い出せない。
いや、そんなことは考えるべきではない。なんと言っても今日はCFB5Uの発売日でCFB5の三周年でもある大事な日なのだから。
三周年――か。
「俺は三周年を迎えられるんだろうか」
《KAC8》クロス・ファイト・バトル 5 ジ・アルティメット 一十 一人 @ion_uomi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます