最終話(仮) 私も泣き虫になれますか? 4

 戦いが終わったあと、動かなくなってしまったサマンサをかつてリーベ・フライハイトが使っていたという部屋のベッドに寝かせた。


 彼女はまだ死んではいないが、いつ目を覚ますかはわからない。しかし、それでいい。彼女が寝たいだけ寝かせておけばいい。


 泣いたあとはぐっすり眠るものだ。そして次に起きた時、新しい生活を始めればいい。


 その後、気絶していた流先輩は目を覚ました。私が全てを伝えると「そうか」と少し微笑んだ。


 ネイルの1人が車を出してくれて、私達はそれで送ってもらえた。


 同行した博士は車内で私達に感情物質の秘密について語った。


 コメット博士曰く、感情物質が人間の身体のどこから生み出されているかは不明とのこと。体内の何かしらの機関から量産されているのか、もしくは、もっと別の見えない何かから生み出されるのか。


 文字通り感情が生み出すという事でいいだろうと私は思うのだが、コメット博士は「それでは抽象的すぎる」と、ご納得いかないらしい。


 今回の一件でヒューマノイドも感情物質を生み出せるという事が観測され、一つだけ分かったことがあった。それは感情物質を持っているのは人間だけだというのは、イメージだけの単なる推測や思い込みに過ぎなかったという事だ。


 つまり人間もロボットも心という部分においては優劣が無く等しいという事だ。そう、たとえ筋肉がタンパク質から出来ていようとも、たとえ骨格が合金から出来ていようともだ。


 とは言え、今日こんにちの人間達の心には「ロボットなんて」などという考えがこびりついている。


 私はそんな考えが少しでも取り除かれればと願っている。いつか人とロボットが対等で、今より友好な関係を築いていければと……


 その為には私から彼らに歩み寄っていく姿勢が大切だ。


 ○○○


 あの一件が落ち着いて二学期を迎えたその日、稲妻のごとく私に衝撃が走った。


「シズク高校2年のリング・フライハイトでーす」


「同じく1年のリトル・フライハイトでーす」


 斑賀先輩が紹介してきた。


「でーす、じゃないよ! なにヌルッと転校生やってんのお前ら!」


「ほら、これからはロボットから人間へ、人間からロボットへの歩み寄りがひつようだろ?だからその一歩として……」


「いや、お前らは歩み寄ってくるな! 研究所でせっせこ働いてろ!」


「えー、ウチもう後始末とか飽きたー」


「お前らそれが面倒臭いから学校ここに来ただけじゃん!」


 あの後、五指は破壊した町や研究所の後始末に追われていた。仮にも彼らは高性能のヒューマノイドだ……協力のかいもあってシズク駅の修復、工場地帯の再開発、研究所の後始末は予定より速く進んだ。


 一時は人間に危害を加えたりもしたこいつらだが、斑賀先輩に憧れて人間達と共に生活してみたいという気持ちもあったのだろうか? もしそなら、リトルが言ったようにこういうが必要なのかもしれない。


「そう言えば、来たのは2人だけなんだね。ミドルなんかは興味ありそうな感じだけど……来たがらなかったの?」


「来たがってたわよ。でもアイツ色々と濃いでしょ? 身長190越えで、侍言葉で、おまけに老け顔の高校生なんて不自然極まりないじゃない?」


「いや、生徒会長がガチのオカマっていうのも同じくらい不自然極まりないんですけど……」


「何か言ったかしら?」


「いえ、何も」


 私達のそんな会話を聞いてティアは口角を上げる。


「何笑ってるの?」


「何だか、楽しいなって」


 ティアの笑みは綺麗だった。なんの曇りもない……見ていて清々しく思えるほどの純粋な笑みだった。


「こうやって学校で話したりするのは楽しいね。ずっと笑顔でいられるよ」


「うん、楽しいね、ティア」


「そうね、そしてこんな笑顔がもっと広がっていけばいいわね」


 そうだ、もっと広げていこう。これからは笑顔の時代だ。だから私もそろそろ……


「泣き虫は卒業かな……」


「神凪ちゃん……?」


「戦いは終わったし、もう泣く必要も無いから……」


「ルイ……」


 今までは五指との戦いがあるという理由を付けていたけど、本来はサマンサが言っていたように泣き虫なんてみっともないものだ。誰しも時には涙を流すことはかるだろうが、それが許されるのはだけ。


 泣き虫でいる理由はなくなった……故に変わらなくてはならない。いい加減私も成長しなくては。


「何言ってんの?」


「え?」


「何全て終わったふうな事言ってるの?」


「え、いや、だって五指には勝ったし……」


「いや、五指の脅威が無くなったところで他のエビルマシンは沢山いるんだからね? だからルイにはこれからも戦ってもらうんだよ?」


「ええ!?」


「神凪ちゃん、歩み寄るのが平和のためなら、それを壊そうとする者と戦うのも平和のためよ」


「いや、それはわかりますけど……それって違う人の仕事じゃないんですか!? それこそ五指あんたらがやってくださいよ!」


「何言ってんの、貴女は貴重な戦力なんだから手伝ってもらうに決まってるじゃない」


「え、いや、ええ!?」


 私はそんな話聞いた覚えはないし、ましてや了承した覚えもない。この人達は私に選択権を与えないつもりか?


「ちなみに、流ちゃんはやるって言ってたわよ」


「嘘だろ!?」


 いやしかし、流先輩は自己犠牲の精神がつよいからな……「お袋を守るためなら幾らでも戦ってやる」とか言ってそうだな。今度マザコンだって噂流してやろうかな。


 一瞬よからぬ事を考えたが、その先の惨劇が見えたためにやめた。私だってまだ命が惜しいのだ。


「そういう訳だから、神凪ちゃんも引き受けてくれるわよね?」


「うう……」


 五指3人はにこやかに笑ってはいるが、その瞳の奥からは「やれよ」という圧力が飛んできている。


 それに引き換えティアは純粋無垢な瞳で私を見てくる。


 仮にここにいるのが五指の奴らだけだったら即お断りコースだが、ティアがいる手前容易にノーとは言えない……もし、断ってしまったならティアはしゅんと悲しんでしまうかもしれないからだ。


「ルイ、戦ってくれないの……?」


 眉を傾けてティアは言う。


 兵器並の破壊力を持ったその表情とその台詞によって、私の心は木っ端微塵に打ち砕かれた。


 これは反則だ。そういう事を言われたら断りようがなくなってしまう。


「わかったよ、やればいいんでしょ?」


 私がやれやれとため息をつくと、ティアはにっこりと笑った。この笑顔が眩しくて、私の顔もほころぶ。


 校舎の窓から町を流ていた涼しい風が入ってきた。何気ないはずの風が気持ちよくて、私は少しの時間それに酔っていた。


 ○○○


 かくして、めでたく私は泣き虫を続けていかねばならなくなった訳だ。


 四ヶ月前までは普通の女子高生だったはずなのに、何の因果かロボットと戦うスーパーガールになってしまった。そのお陰で色んな目に遭った。辛いことや悲しいこと……嬉しかったことなんてほんの数回……


 しかし私は思う。人間とは長い苦しみの中で醜くもがきながら喜びを掴む生き物だと。そしてその喜びは苦しみや哀しみを吹き飛ばす力を持っているのだ。


 少なくとも私はそうだった。


 だから、この先で待ち受ける困難に襲われても私はこう思うだろう。


 あの時仮面をつけたことを後悔していない、と。

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私は勝つまで泣き止まない nao @pineapple-skull

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