第43話 私も泣き虫になれますか? 3
頭部に攻撃が入ったせいか、どこか意識がはっきりしない。
ただ、サマンサの笑い声が聞こえる。
「ふふふふ、随分と自信満々に仕掛けてきましたが残念でしたね」
「さっきのは……」
「『
「貴女に残された感情物質はこのり僅かだったはず……なのにどうしてそんな大技が……?」
「まったく、お馬鹿さんですこと……私がいつ感情物質が底をつきそうだ、なんて言ったんですか?」
「なに……?」
「まだお気づきになりませんか?あなた方は騙されたのです」
騙された……? 本当はサマンサはまだまだ力が有り余っていたのか。
「あなた方2人をゼロ距離までおびき寄せるために、『
「サマンサ……あんたって……」
「勝ったと思った時が一番隙だらけなのです。だから、わたくしはそう思わせただけの話です」
遂に彼女の顔に一発も拳を叩き込むことが出来なかった。せめて一矢報いてやりたいと、力を振り絞って体を起こす。
「ふふ、無様なこと。これだから泣き虫は美しくないのですよ」
立たなくては。ここで負ける訳にはいかない。
「仮面を失った以上、貴女はただの人間……トドメを指すのは容易い」
サマンサは『死才』を召喚した。
「それでは御機嫌よう、神凪ルイ」
引き金が引かれる。
しかし、何も起きない。弾は発射されない。
「何……!?」
何度引が手を引いてもやはり何も起きない。寧ろ『死才』が崩れ始めた。
「これは……!?」
サマンサの不調か、はたまた他の誰かの手によって何かが起こっているのか……少なくともわたしがしていることではない。
「勝ったと思った時が一番隙だらけ、そういったのはキミでしょサマンサ!」
サマンサの後方の空間から彼女の声が聞こえる。
「ティア!!」
幻ではない。そこにはさっきまで囚われ眠らせられていたティアが立っていた。傍にはコメット博士もいる。
「博士、貴方がティアをカプセルから出したのですか!?」
「言ったじゃろう?我が子の目を覚まさせに来たと、ティア、もう昼寝は終わりじゃ」
「覚悟するといいよ、サマンサ!ボクは寝起きが悪いんだ!」
どういう訳かサマンサの力が徐々に抜けてきてきているように見える。
「どういうことです……? 力が……」
「なんかボクには感情物質を吸収する力があるらしいじゃん?」
「まさか、私から感情物質を吸い取っている……?」
「そのまさかさ!」
遂にサマンサは変身を保つ力も失い、スーツは消え始めた。
「ティア……おぼっちゃまに似た姿していた理由で今までは傷つけませんでしたが、もう我慢なりません! よくもその姿でわたくしの邪魔を!」
サマンサはティアに襲いかかった。怒りに身を任せているのか大振りな突きだ。
変身が解けたとはいえサマンサは素の状態でも十分強い。彼女の攻撃をまともに喰らえばティアは無事では済まない。
「ティアッ!!」
「『カウンターバリア』!!」
ティアはバリアを展開しサマンサはそれに弾き返される。サマンサがティアに叩き込むはずだったエネルギーはサマンサ自身にそのまま返ってくる。彼女右腕はその衝撃で崩壊した。
「おのれ……! おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれええ!」
今まで余裕のある表情を崩さなかったサマンサが遂に憤激する。
「何故、何故皆わたくしの邪魔をするのですか!? わたくしはリーベおぼっちゃまに会いたいだけなのに!!」
怒りが吹き出しているのが肌で感じられる。チクチクと刺さるような怒りの空気が彼女から流れ出ている。
「なんて激情……」
「うわあああああ!」
サマンサの仮面から侵食するように黒い力が広がる。
「変身!?」
「なんで……!?感情物質は僕が全て吸い取ったはず……!」
いや、答えは見た通りだ。これは彼女の感情だ。彼女自身の感情物質で変身してるんだ。彼女の中は怒りとその奥にある哀しみの感情で破裂しそうなんだ。誰かが取り除いてやらねば……
「サマンサ、来い!」
私は叫ぶ。
「サマンサ、その感情……私が全て受け止めてやる!!」
私は真っ二つになった自分の仮面を取って装着した。最早全身にスーツは召喚されない。両腕両足のみの変身である。
しかし、今はそれだけで充分と見た。
「ルイ、無茶だ! そんな出来損ないな変身でもし攻撃をもろに喰らったら……!」
「死ぬでしょうね……でも構わない! だってサマンサの感情も本気で死ぬ気なんだもの!」
「ルイ……」
私は拳を力いっぱい握りしめる。
「来いよ、サマンサ!!」
「神凪ルイ!!」
サマンサは向かってくる。
彼女を受け止めるのに必殺技は要らない。ただ、今の感情を込めた全力の拳を叩き込んでやればそれでいい。
「「うおおおあああ!」」
私達の拳が交わると、そこには音は無く、時間さえも感じられなくなる空間が広がった。サマンサの眼は哀しみに染まっていた。私はそんな彼女の眼をずっと見ていた。そして彼女も私を見つめる。
彼女に言わなければならない事がある。そう、感じた。だから私はその言葉を、思いをサマンサに叩き込む。
「泣いたっていいんだ!!」
そして再び時が動き出した時、サマンサの拳は砕ける。サマンサは押し負けて吹っ飛び、柱に勢いよくぶち当たった。柱には亀裂が入り歪む。
私のスーツはそこで限界を迎え、弾けるようにどこかに消える。
私は残された力を使ってサマンサのところまでゆっくりと歩いて行き、そこで膝を着いた。
「不覚、最後の最後でわたくしとした事が……神凪ルイ、貴女ごときに魅せられてしまいました。あの瞬間、涙を流しながらも私には立ち向かってくる貴女を『美しい』と感じてしまいました。それがわたくしの敗因です」
サマンサの目元から輝くものが流れ出す。
「ヒューマノイドが涙を……!?」
「いや、あれは感情物質の結晶じゃ……!」
「わたくしったら馬鹿な女。もっと早くにこうしていれば良かったものを……ずっとみっともないと思って我慢して来ました……でも良いのですね、時には泣いても」
「うん、いいんだよ、サマンサ。今はめいいっぱい泣くといい……今まで我慢してきた分まで」
「うう、ああ、うわああああああああああああ!」
「そうだ、泣いちゃえ。そして全部吐き出すんだ」
サマンサは泣き続ける。5年前に堪えてしまったもの、無理やり抱えてしまったものを出し尽くすように泣く。
サマンサは暫く泣くと落ち着いて、私は頬をつたう彼女の涙を指ですくった。
「優しいのですね、こんなわたくしの涙を拭いてくださるなんて」
「私、泣き虫だから……自分と同じように泣いてる人はほっとけないよ」
「泣き虫ですか……リーベおぼっちゃまもよく泣いていらっしゃった。けれどとても優しい方だった」
サマンサはひとしきり泣いたせいか、少し表情が柔らかくなった様である。
「やはり泣き虫は気に入りませんね。わたくしに心を与えてくださったかと思えば、今度は心を奪っていくんですもの……つくづく罪な方達……」
その言葉を最後にサマンサはにこやかに眠った。
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