多田野村の飛脚屋さん

庭花爾 華々

第1話

 「飛脚、、。それは、多くの人間が、一度は聞いたことのある言葉ではないだろうか。その歴史は非常に古く、鎌倉時代より前から公用として存在しており、明治時代に、政府がそれに代わる電信と郵便制度を整備するまで、、。日本の歴史を支えてきたことに、違いはないであろう。」


 「婆ちゃん、なんかぶつぶつ言ってないで、早く今月の売上出してよ!」

「えぇ、あぁ分かっとるけど、毎度こうやって読者の気を引いてだね、、。」


冗談交じりに軽く睨むと、婆ちゃんはまた電卓を打ち始める。


「80歳越えた哀れな老人が、せっかく孫のためだと頑張っておるのに、、。もう少し、っちゅうものを知れ!」


少しの時間ぐらい、静かに作業できないもんかい。


「って、あんたがここで働きたいって言うたんでしょうが!」


婆ちゃんは、急な正論に一瞬フリーズした、、。

と、すぐに、にやりと笑って、


「そういえば、飛翔。あんた、鈴木さんのはどうした?」

「はい? 鈴木さんって、この村にいるのはみんなですけど。」


婆ちゃんが、意地悪く笑っている、危険なにおいがする。


「ほら、北にそびえる玄武山ふもとで蕎麦屋をやってる、あの鈴木さんだよ。」


今度は、顧客リストの更新に追われる飛翔の手が、ピタリと止まった。


「ほらほら、あんた『北にそびえる玄武山のふもとで蕎麦屋をやっていて、そこの娘さんがきれいだって、あんたが小さいころからずっと片思いしておる』、あの鈴木さん。あそこから、今月の分、もらってないやろ。」

「い、いや、だって最近お店が苦しいらしいし。6月分はいただいたんよ、、。」


婆ちゃんの目が急に険しくなる。多田野村の元代表であり、子供たちから『鬼の化身』と恐れられた、鈴木 福子の目が。


「あんたね、それを良かれと思ってやっとるんだろおけど、それは違うよぉ。」

「いや、俺は別に、、。」

「いや、やない! あんたのその甘さは、自分を苦しめて、結局人も傷つけることになるんよ。現に、この『飛脚屋』も、3周年を迎える前につぶれちまいそうじゃないか。そして、ここがつぶれたら、結局お客さままで迷惑をこうむる、、。」


 飛翔は、それに何も言い返せずに、黙ってパソコンの画面を睨んでいた。

 

 そんなことは分かってる、脱サラして、この商売を起こした時から、安定していた時はない。むしろ、一週間後に3周年を迎えようとしていること自体、自分でも驚きである。

 けれど、こうして今も続けられていることは、この村に必要とされているということに、、。


「違いはない、、。けど、じゃあ、どうすればいいんだよ?」

店の営業がない日曜の朝から、『飛脚屋』店主:鈴木飛翔は、頭を抱えていた、、。


人口4253人の神奈川県多田野村は、人口上の関係でと名乗ることはできない。少子高齢化の波をもろに食らってはいるが、村には活気があふれている。


「やあ、飛翔さん。」

気晴らしの散歩の途中、腰の曲がったおじいちゃんに、後ろから話かけられた。

「こないだは、息子たちへの野菜、届けてくれて、ありがとう。いつもいつも、助かっとるよ。」

「あ、いやいや。こちらこそ、これが仕事ですから。ところで、キヨさんの具合はどうですか?」

「ああ、回復に向かっとるよ、ありがとう。」

「そうですか、竜さんもお元気そうで。」

「なんかあったんかい、元気ないように見えるけど。」

「いえ、最近疲れがたまってて、、。」



元気出してね、ともらったキュウリを、かじりながらさらに歩く。

「何か、いい方法はないのか?」

キュウリの水分が不意に口から溢れる。

「やっぱり、竜さんとこのキュウリは、うまいんだよなあ。」

「何、独り言言ってんの?」


聞き覚えのある声に、はっと、身構える。


「あ、ああ。鈴木さんじゃないですか、お久しぶりです、、。」

声の主は、クスクスと笑ってから、

「この村にいるのは、みんな鈴木さんでしょ。」

と言った。

「飛翔くんは、相変わらずなのね。」


良くも悪くも、こんな感じです。


「花さんこそ、鎌倉でそうめん専門店やってるんじゃ?」

鈴木 花は、俺の幼馴染である、というか、この村出身の奴らはみんな幼馴染みたいなもんではあるが。

 そして、皆さんご想像の通り、蕎麦屋の娘である。

今は、鎌倉にそうめん専門店を開き、売れ行き上々だとかで、5年ぶりだろう。さっきすれ違ったのかもしれないが、大人っぽくなってて、気付かなかった。


「今日は休日で、久しぶりに帰ってきたの。今、家によって、帰ってたところ。」


初夏の太陽が、花を一層輝かせ、自分から遠ざけようとしているようだった。


「飛翔のこと、母さんから聞いたよ。村のためにって、物を配送する仕事やってるんでしょ。昔から、飛翔くんって、真面目で偉いよね。私は、村に対して、なんもできてないっていうか。」

「そんなことないよ、花さんだって、立派だよ。」


自分は無意識に、この村の北、玄武山のほうへと歩いていたらしかった。花の背に、広大な玄武山がそびえたっている。


「じゃあね。」

「じゃあ。」


プールの中を歩くように、ぎこちなく歩き出す。なんとなく、さらに北に歩く。


村といっても、市や町と結局のところ大差はない。

村全体に今どきの戸建てが立ち並び、ところどころ田畑が顔を出す。

 北の玄武山周辺は都市に近いこともあり、村で一番発達したエリアである。商業施設が立ち並び、ほとんどの村の人は、ここで食料を確保して生活している。


「ではなぜ、俺らは現代版飛脚をやっていけるのか。」 


 それは、この村が、どうにもあらがえない宿命を背負っているからである。

それこそが、玄武山を含めた、東西南北にそびえる山々である。この山々がこの村のアクセスを非常に困難なものにしている。

 一応、バスが通っているが、長い山道を通ることになるため、数本しかない。郵便物も、山道の影響で遅延したり、届かないこともある。

 さらに、この村を困らせているのは、とても電波が悪いこと。電波をよくするための工事が計画されているが、これも山に阻まれる。スマホの普及はしているが、この村で使う者はほとんどいない。


「そこで、村の中、そして外部と物や言葉をつなげる仕事、現代版の飛脚を作ろうと思う。」


急に出て行って、急に帰ってきて、突拍子もないことを、飛翔は親に言った。

「俺、会社辞めてきた。ここで、繋げる仕事をしたい。」

親は困惑したようだったが、落ち着いた口調で言った。

「それが、あなたがしたいことならば、、。」

反対されても突き通す覚悟だったが、すんなりと受け入れてくれたことに、飛翔は驚いた。

「ただし、自分で責任は持ちなさい。」


あれから、長いようで、一瞬だった。責任とやらを持てたかも、この村に恩返しできているかもわからない。

 飛翔の心は、揺れていた。

「この村に、必要とされて、、。」


平日は、依頼をできるだけ多くこなしていく。

今日も、一軒の古びた店に、数人の集まりができていた。店といっても、普通の古民家の一階を改装しているらしく、2階の窓に洗濯物が干されている。

「飛脚屋さん、この荷物届けてほしいんですけど。」

「はい、お預かりします。そういえば、お庭のヒマワリが、きれいでしたよ。」

地域と密着し、信頼を得ることで、この仕事は成り立っている。


「飛脚屋さん、今日の塾の欠席連絡を、お願いします。」

荷物の配送だけではなく、近隣都市に関する、伝言等も我々の仕事である。

「はい、承りました。走くん出番だよ。」

「はいはい、いつもの塾でいいんですよね。」

店の奥から、20代ぐらいの青年が顔を出した。

「あと、荷物もよろしく。僕は、同窓会の案内状を配りにいかないといけないし。」

 青年は、すぐさま荷物とメモを受け取り、店の前にあったバイクに乗って行ってしまった。


「なんとか、3周年は迎えられたね。」

店のシャッターを上げながら、飛翔は思い出に浸っていた。

「よくもまあ、もったもんだ。でも、ここからが本番だよ。」

婆ちゃんも、なんだかんだ誇らしげである。


 今日も、出来るだけ依頼をこなした。


「あ、飛翔さん。何かおかしいんすけど。」

前方から、バイクをひいた走青年が歩いてくる。

「もしかして、配送物が全部ここ、みたいな?」

青年の顔が明るくなり、確信した。

「中身、確認しようか。」


様々な形があった。けれど、中身はどれも同じものだった。

『飛脚屋さん、3周年おめでとう。これからも、よろしく。』


飛翔は、拳をにぎりしめた。




















































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多田野村の飛脚屋さん 庭花爾 華々 @aoiramuniku

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