三周年おめでとう
杜侍音
三周年おめでとう
「みんな! 三周年〜おめでとう‼︎」
「「「おめでとう‼︎‼︎」」」
とある洋館で開かれたパーティー。
大広間は色とりどりに飾られて、30人弱いる人々も鮮やかなドレスで着飾っていた。
「ほら君も! 三周年を共に祝いましょう!」
「こんな時に祝わないと損だよ!」
と、僕の手を引っ張っていく男女。
けど、僕はそれを振り払った。
「どうしたの?」
「いや、その、ここはどこですか?」
「「え?」」
「僕はここを知りませんし、皆さんのことも知りません。それに自分自身のことも分かりません……」
明るく盛り上がっていた会場は僕の声で静まりかえってしまった。
「──ここはね、三周年を祝う場所だよ」
人混みの間を裂くように現れた男。仮面をつけており、顔は伺えない。
「三周年を祝う場所……?」
「そう、ここは三周年を祝う場所。ここに集まるものは何かが三周年を迎えたものばかりなんだ。もちろん君もね」
「僕も……?」
もちろん僕にはそういった心当たりは一切ない。
「例えば僕たち二人も三周年なんだよ!」
「私たちぃ、付き合って三周年なのぉ!」
僕の手を引っ張った男女が、自分たちの三周年を紹介した。
付き合って三周年。それはとても喜ばしいことだ。
自分たちでもしかと分かっているのだろう。二人はお互いを見つめ合い、甘い言葉を掛け合い、抱擁。そして唇にキスをする。もうこちらのことを一切気にかけてないようだ。
「さて、君にも三周年が何かあるはずだよ。ちなみに私はここに来て三周年になる。とても光栄なことだ」
「でも、僕の三周年は何も思い出せなくて……」
「ならば会場の人間と会話するといい。もしかしたら何か思い出すかもしれない」
そう言い残し、仮面の男は去っていった。
僕は当然、誰かと会話をすることしか道が残されていないので、他の人に話を聞きに行った。
「あのぉ、すみません……」
「僕の三周年を聞きたいのかい⁉︎」
「え、あ、はい」
何もまだ質問もしていないが、眼鏡をかけた若い男は分かっていたかのように三手先の答えを返す。
「僕は就職先が決まって三周年なんだ! とても嬉しい!」
「へー、仕事は何されてるんですか?」
「分からない! 仕事に行ったことないからもう忘れたよ!」
眼鏡の男は言うだけ言って、すぐさま去っていった。
お酒でも飲んで酔っているのだろうか。とても変わった人だった。
「次は私が話しましょうか? 今日は私にとって何の三周年なのかを」
振り返ると、そこには一人の女性。そして小さな男の子と手を繋いでいた。きっと親子だろう。
男の子が母の手と繋ぐ逆の手には、パトカーのミニカーが握られていた。
「今日はこの子の誕生日なんです」
「へぇー、おめでとうございます」
「ケーキを買いに行くところだったんですよ」
「おいくつですか?」
僕は男の子に聞いてみた。
「さんさい」
ミニカーを握ったまま、指を三本広げた。
「今日はとても素晴らしい日。こうして息子が3歳になって三周年を皆さんと祝えるのだから」
「へー……え?」
「ブーブー!」
「あ、こら待ちなさい!」
母の手を離し走り行く息子を、母は追いかけていく。
少しだけ、違和感を感じ始めていた。
そういえばと思い、周りを見渡してみる。
この会場はどの方面の壁も窓ガラスが広く占めているが、扉がどこにも見当たらない。
僕たちはどこから入って来たのだろう。
「いやぁ! 三周年おめでとう!」
と、僕の背後から男が肩を掴んできた。突然のことで、さすがに驚いた。
この男は一番最初に音頭を取っていたおじさんだ。
「あなたも何か三周年?」
「あぁ、もちろんだ! 今日は応援していた野球チームが優勝してから三周年なんだよ!」
「へー、そうなんですかー」
「これからも毎年祝わないとなぁ!」
「次も優勝出来るように応援してくださいよ」
「知るか! んなもん! 三年前に優勝したことをずっと祝い続けるんだよ!」
男は声を荒げながら、さっきまで話していた人達のように、また僕の元から去っていく。
先程から、参加者の言動にも違和感を感じる。
パーティーで振舞われるお酒はそんなにも度数が高いものなのか。
「楽しんでますか、三周年パーティー」
「え、あ、はい」
「それは良かった。私も楽しんでいますよ」
次に僕のことを話しかけてきたのは20代から30代ほどの女性。
お腹が少し膨らんでいた。
「妊婦さん……ですか?」
「えぇ、そうよ。この子のことで私は三周年祝ってるの」
「えっと、何のですか?」
「今、妊娠5ヶ月。今日はその妊娠5ヶ月から三周年なの」
「つまりは妊娠して3年5ヶ月……?」
「えぇ。早く産まれてこないか楽しみだわ」
やはり、おかしい。どう考えてもおかしい。
僕は少し怖くなって部屋の隅へと逃げた。
するとそこには先客が。
体育座りの女の子がいた。服はドレスではなく制服姿。女子高生かと思われる。
彼女は楽しい場から一人離れて佇んでいた。
「き、君はドレスじゃないんだね……」
「私、学生ですので」
「そ、そう……。パーティーに参加しなくてもいいの?」
「私、ここに来たの一人だし、友達がいないの」
「そうなんだね。君も何か三周年があるのかい?」
「えぇ」
そして、彼女はゆっくりと、じっくりとこちらを見て、口を開いた。
「私は今日で、殺されてから三周年なの」
「……え?」
会場にいる人が僕のことを見ていた。
それに気付いたのは、女子高生の女の子から目を逸らした時だった。
みんな、ジッと黙って僕を見ている。
「分かりましたか? あなたの三周年を」
人々の中から、またさっきの仮面の男が現れる。
「分かんないよ……。どういうことなんですか⁉︎ この子の言う殺されて三周年って!」
「その通りの意味ですよ。彼女は殺害されてから三周年なんですよ」
「殺害……⁉︎ 誰に……」
「あなたに」
気付けば女の子は僕の背後に立っていた。
「僕が……⁉︎」
「今から三年前。平日の夕日が沈みかけた頃、人で溢れたスクランブル交差点でのことです。無差別殺人事件が起きました。一人の男性が街行く人々を次々と斬りつけたのです。その日が付き合い始めた記念日となったカップル。就職活動を終えた若者、ケーキを買いに行く途中だった家族、浮かれて仲間と昼から呑んでいる男、そしてこれから新しい命を産むこととなった女性。みんなみんなあなたに殺された」
参加者の身体には刺し傷や切り傷が。ドス黒い血が流れ出し、顔色は青白くなっていく。
「……嘘だっ、嘘だ‼︎」
「嘘ではない! 毎日が誰かの何かの三周年! そして今日は記念すべき! あなたが人をたくさん殺してから三周年! 私達があなたに殺されてから三周年! 共に祝おうではないか!」
「祝うも何も僕は信じないぞ。僕が君たちを殺しただなんて」
「あなたがここに来て記憶を無くしてから何日が経ったでしょうか。またその日も祝わなければ」
仮面の男は仮面を取り外した。下から現れたのは顔面を深く刺す古傷。
漆黒の血は流れていく。
「この傷も三周年ですねぇ」
男はこちらに手を伸ばし迫って来る。
男以外の参加者も僕に向けて集まって来る。
「やめろ、こっちに来るなぁぁ!」
「毎日が記念日ですよ。そして今日、新たな記念日が刻まれる。再び記憶をなくす日。それは私達があなたに殺されたお返しをする日である──」
三周年おめでとう 杜侍音 @nekousagi
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