第10話 『とらうま』

☆★☆



「はーっ、つっかれたー……」


 『小屋』に入り、ため息交じりにトモエが。


「ふふっ、お疲れさまでした」


 後に続いて、ヌイ。


「オツカレサマ」


 トコトコ、すでに『小屋』へと入っていたビスが二人を出迎える。


「そういえば……さっきからいなかったよね、ビス? 何してたの?」


 首を傾げるトモエ。


 結局誰も捕まえられずに終わった『鬼ごっこ』。

 そのあと四人で晩ご飯を食べたのだが、そこにビスの姿はなかった。


 一人、『小屋』で何をしていたのだろう?


「……アシタニハ、ワカルヨ」


 意味深に濁すビス。


「えぇ~、なにそれ~? 気になっちゃう」


「んー?」


 キョロキョロと部屋の中を見回すヌイ。

 特にこれといった変化はない。


「むむ……」


「……」


 腑に落ちないが、話してくれる気はないようだ。


「……まあ、明日のお楽しみ、ということでしょう」


「もうっ……しょーがないなー」


 それ以上の詮索は諦める二人。


「えと、じゃあまた借りるね?」


「はい、どーぞどーぞ♪」


 窓から入る月明かりを頼りに、ベッドまで移動するトモエ。


「それにしても、あの二人はわざわざ外で寝るんだねー」


「狭いところはあまり落ち着かないらしくて……そういう方も多いですよ?」


 食事の後、『小屋』の中で一緒に寝ようと誘ったものの、断られてしまった。


 曰く、『見晴らしが良くないと寝付けない』とのこと。


 寝るのに見晴らしを気にするというのは、トモエにはよく分からない感覚だった。


「はふぅ……」


 ポスンとベッドに横たわる。

 満腹感と、屋内の安心感とで、急に眠気を催してきた。



「ねえ、ヌイちゃん……?」


 ベッドのそばに座ったヌイに向けて。


「なんでしょう?」


 影がかかって、顔は見えない。


「……おやすみ……」


「はい、おやすみなさい」


 何事もなく返ってくる返事。


 違和感は、無い。


 ごろんと、寝返り。


「……」



 焦燥感が、ジリジリと燻っている。


 どうしてヌイちゃんは、あんなふうに誤魔化したんだろう?


 反対、されているのだろうか?


 でもそれなら何故、ちゃんと言ってくれないんだろうか?


 ヌイちゃんが、分からない。



 例えようのない不安と焦りを覚えながら、トモエは眠りへと落ちていった。



☆★☆



「すぅ……すぅ……」


「……」


 トモエの寝息が聞こえだした頃、床で丸くなっていたヌイがゆっくりと起き上がる。


 そのまま、足音を忍ばせて出入り口の方へ。


「……」


「……内緒に、してて下さいね?」


 途中、隅に居るビスに向けて、囁き声で。


「……」


 当然返事は無い。


 が、そんなことは今さら気にしない。


 こっそりと外へ。


「……」


 まだ、忍び足。


 あと二人、寝ているから。


「ぐー……」


「すぴ~……」


 『小屋』の前、煌々と月が照る丘の上で眠るシマウマとダチョウ。


 並んで、器用に座って寝ている。


 いつ見ても不思議な眠り方だ。

 かえって寝づらそうに見える。


「……」


 さっきよりも、さらに慎重に。


 ゆっくり、ゆっくりと……



「ふうっ……」


 ほっと一息。


 かなりの距離まで離れた。

 さすがの二人でも、もう気付くまい。


 余り得意ではない忍び足を駆使したせいか、少し疲れた。


 ……ああ、帰りもか。


 億劫になるが致し方ない。


「さてっ、と!」


 日が落ちてだいぶ経っている。

 急がなければ。


 

 月に照らされながら、駆けだしたヌイ。


 目的は、ひとつ。



☆★☆



「やぁやぁ! 奇遇ですねぇ、カラカルさん?」


 散々と夜の『さばんなちほー』を駆け回った先、ようやく見つけた。


「……なんでこんなとこに?」


 不審そうな目でヌイを見るカラカル。

 爛々と青く輝く双眸。


「んー? ……ちょーっと、夜のお散歩に?」


 ニコニコと微笑んで。


「アンタねえ……どうせならもうちょっとマシな嘘つきなさいよ!」


 草原の只中で、いつものように仁王立ち。


「……あはっ♪」


「あはっ♪ じゃないっ!」


 誤魔化す気があるのか無いのか分からない。


「……どーせトモエのことでしょ?」


「……よく、分かりましたねぇ……」


 誤魔化し笑いを引っこめるヌイ。


「そりゃ、分かるわよ……」


 別れ際の様子。

 何かを言いたそうにしていた。

 

 敢えては聞き出さなかった。

 ……怯えているように見えたから。


 それに、


「アンタがこんな夜中にほっつき歩くなんて、ヘンよ。で、何かあるとすればトモエ関係でしょ?」


ヌイの様子も何か……ヘンだ。


「……」


「……ったく」


 返事のないヌイ。


 仕方なく、付き合ってやろうとその場に座り込むカラカル。


「ん!」


 ポンポンと、隣を。


「はい……」


 促されるまま、並んで座る。


「で?」


「……」


「……」


 互いに、無言。


 焦れたカラカルが、口を開こうとしたタイミングで。


「もし、ですよ?」


 ほとんど呟きのように。


「もし、私が『としょかん』にトモエさんを連れて行きたい……って言ったら、どうします?」


「止めるわ」


 即答。


「……」


「そんなの、ダメよ。だって……」


 一瞬、言葉に詰まる。


「だって、あの子あんなに弱っちいじゃない。もっと……鍛えてからじゃなきゃ、ダメよ」


「……明日にでも出発……とか」


「ダメダメ、話にならないわ」


 肩を竦めてみせる。


「アンタねえ……ろくに戦えもしないのにそんな遠出して、何かあったらどうするの?」


「私が……」


「アンタが代わりに戦うって? 足手まとい連れて?」


「……そんな言い方……」


「ほんとのことじゃない」


 フンッ、と鼻を鳴らすカラカル。


「……」


 言い返せない。



 事実ヌイからみても、こと戦いにおいてトモエは足手まといになる。


 昨日、セルリアンのもとに駆けつける時、トモエを置いていけばもっと早くにたどり着けただろう。

 一人、あんな所で放り出す訳にもいかず、一緒に行くしかなかった。目の届く範囲にいてほしかった。


 戦いの最中も、トモエをかばうので精一杯だった。

 カラカルが来なければ……ダチョウを助けるどころではない。三人まとめて食べられていたことだろう。


 結果としては……トモエのおかげで、ダチョウを助けられた。

 友達を、見捨てる決断をせずに済んだ。

 でも、それは偶々にすぎない。



「……そーよ! アンタが一人で行ってくればいいじゃない! 今まで何度も――」


「違うんです。それじゃ駄目なんです」


 ふるふる、首を振って否定する。


「なんでよ!」


「……あの子が、そうしたいから」


 絞り出すような声。


「……なるほど」

「あのときトモエが言おうとしてたのは、これね?」


 大きく息を吐き、天を仰ぐカラカル。


 月が、眩しい。


「……」


 コクリと、頷くヌイ。


「はぁ……とにかく、アタシは反対。だいたい、何だってそんな急ぐ必要があるのよ?」


 分からない、と首を振る。


「……あの子は、一人でも行くつもりでした」


「はあ?!」


 思わず、立ち上がってしまう。


「そんなの、止めなきゃダメよ!」


「……」


「なんで……止めないのよ……」


「…………嫌われたく、ないなぁって」


 震えた声で。


 

 もし、嫌われたら。


 知らぬ間に何処かに行ってしまうかも。


 置いて行かれてしまうかも。


 そう考えただけで、身が竦む。


 

「……はぁ」


 ため息を返すカラカル。


「そんなんで嫌われるわけないでしょ! そーやってずーっとあの子の顔色伺ってくつもり?」


 いつもより、さらに尖った目つきで。


「……」


 返事は無い。


「……ほんっとに、もう……」


 ドサリ、投げやりに腰を下ろす。


「アンタってそういうトコあるわよね……気を遣いすぎっていうか、空気読みすぎっていうか……」


 やれやれ、と。


「……すみません」


「いいわよ別に……それが、アンタだもん」


 今に始まったことでもない。

 ずっと、そうだった。


「じゃあつまりアンタがわざわざ来たのは、あの子が『としょかん』に行きたいっていいだして、それをアタシに言えなかったから代わりに……いや」

「先にアタシを説得しといて、あの子が話やすいようにしといたげよう、ってトコかしら?」


 きっと、この子ならそうする。


「…………それも、あります」


 キュッと膝を抱えこんで。


「『も』?」


「……いえ……」


 まだ何かあるのだろうか?


「なによ、メンドくさいわね! ほら、ちゃっちゃと言いなさいよ!」


 歯切れの悪いヌイに対し、急かすカラカル。


 伏せ気味な顔を覗き込んでみると……おや?


「……なによその顔」


「……むー……」


 ふくれっ面。


「……だってあの子、ぜーんぜん誘ってくれないんですもん……」

「私は……てっきり『としょかん』に連れて行って、って言ってきてくれると思ってたのに……」


 遠慮の無い本音。

 カラカルが相手だから。


「だってそう思うじゃないですか……?! 『としょかん』に行きたい、自分が何なのか知りたい、なんて言われたら……そりゃあ、手伝いましょうって、なるじゃないですか……なのに」

「なのにあの子ったら、ちーっともそんなこと考えてなくて、一人で行く気満々で……恐いくせに……」


 止まらない。


「ひどいんですよ? なのにボスが――ビスが、一緒に行こうか? って聞いたら二つ返事で、お願いしますって……ほっとしてて……」


「……」


「ひどくないですかっ?!」


 鼻息荒く、憤懣やるかたない様子。


 に対しカラカルは、


「……くっ」


 堪えきれず。


「あははははっ! あっはははっ!」


 腹を抱えて笑いだす。


「くくくくっ、あ、アンタ、そ、それで拗ねてんの、くくっ」


「わ、笑うことないじゃないですかっ?!」


「だ、だって、くふふ……あっはははっ!」


 顔を赤らめて抗議するヌイをよそに、ごろごろと地面を転げて笑い続けているカラカル。


「むーっ……! ていっ!!」


「あっ! やったわねっ、このっ!!」


 とうとう、我慢出来ずにカラカルへと飛びかかるヌイ。


「がうっ!!」


「ぎゃうっ!!」


 組んずほぐれつ、取っ組み合い。


 だが、決して力加減は間違えない。


「ていっていっ、でぇいっ!!」


「このっこのっ、ええいっ!!」


 爪も牙も使わない。単なるじゃれ合い。


 言葉によらない、確認作業。


 お互いの距離を確かめ合う、大事な儀式。



 やがて幾度かの応酬ののち、


「はぁ……はぁ……」


「ふぅ……ふぅ……」


 ドサリ。


 どちらともなく、力尽きて寝転がる。

 

「……アンタ一人なら、ちゃんと帰ってきてくれるじゃない」


 月を見上げながら、ポツリと。


「……そうですね」


 同じく。


「でも……」

「自分のしたいことって、誰かに止められたって……止められないじゃないですか」


 ヌイも、カラカルも、誰もかれも。


 フレンズは皆、したいことをして生きている。


 ならトモエだって。


「そんなの……分かってるわよ」


 でも、止めたい。


 だって……


「『ヒト』と、一緒に行くのは……駄目ですか?」


「――っ!」


 サーバルは、帰ってこなかったから。


 『ヒト』と一緒に行って。


「ちっ、ちが、う」


 嘘。


「あ、あの子が、弱い、から」


 本当。


「……」


 ジッと見つめる、色違いの目。


「うぅ……」


 嘘は通らない。


 分かってる。


「だ、だって……」



 涙が溢れてくる。


 もう、止められない。


「だって!! アイツはっ!! サーバルはっ!!!」

「足手まといがいなきゃっ!! 今ごろっ!! い、今ごろっ……!」


 『ヒト』についてさえ行かなければ。


 足手まといが、一緒でなければ。


 ずっとカラカルを苛んできた、思い。


 涙と共に、こぼれ落ちる。



「カラカルさん……」


 キュッと、手を取って握る。


 泣かせてしまった罪悪感。


 でも、その思いを誤魔化したままではいて欲しくなかった。


 ズキズキと、胸が痛む。


 でも、受け止めなければならない。友達だから。


 これからも、ずっと。



「ひぐっ……! だってぇ……ひぐっ」

「あ、アイツ……バカだから……ひぐっ」


 もし、『ヒト』が危なくなったら。


 絶対に、身を挺してでも守っただろう。


 友達を見捨てるなんて、絶対にしない。


 アイツはそういうヤツだから。



「……っ!」


 ポロリと、ヌイの目からも涙が。


 ぎゅっとカラカルを抱き寄せる。


「ごめん、なさい……」


「ひぐっ、ふぐぅっ……何で、あ、アンタも、泣くのよ……」


 ポロポロ、ポロポロ。


 二人ぶんの涙。


「ぐすっ……でも、私は、サーバルさんとは、違います、から」


「ち、ちがわ、ないわよ……」


 サーバルとヌイ。


 カラカルにとって、二人に違いなどない。


「……いえ、いいえ……」


 首を振るヌイ。


「私は、サーバルさんみたいには出来ません……代わりには、成れません……」


 とても、誰かの代わりなど、自分には。


「わ、分かってるっ! アンタのこと、アイツの代わりだなんて……っ!!」


 そんなこと、一度だって思ったことは無い。


 でも……


 サーバルの居ない日々の、ぽっかりと空いてしまった心の穴を埋めてくれたのは、間違い無く……



「……不思議と、ですね、思うんですよ。もし、サーバルさんにお会い出来たら……きっとお友達になれるって」


 会ったことも無いのに。


 でも分かるのだ。きっと素敵な子なんだと。


「っ! だからっ!! アイツはもう……!」


 絞り出すような、嗚咽と共に。



 だって、しょうがないじゃない。


 諦めないと、他を失う。


 誰もかれも皆、代わりに探しに行くと言ってくれた。


 でも駄目。もし、その子まで帰って来なかったらと思うと。


 もう誰も、アタシのそばから居なくならないで。



「……カラカル、さん」


「いやっ!!! 聞きたくないっ!!」



 言わないで。お願いだから。



「あっ!」


 ザッ! と。


 止める間もなく、大跳躍。


 あっという間に消え去ってしまった。


 今からではもう、朝までかかっても捕まえられまい。


「……」


 分かっている。


 カラカルは、恐れている。


 もしサーバルが生きているとしたらという、希望を。


 それを認めてしまったら、再び選ばなければならない。

 サーバルと、他の友達の誰かと。

 どちらがより大事なのか。

 友達と友達を天秤にかける痛みを、また。 


 そして何より、その希望を砕かれることを。


「あぁ……」


 ままならない。


 何とかしてあげたいのに。


 全部、分かっているのに。

 

 失うことへの恐怖。それに雁字搦めにされているカラカル。


 歯がゆい。


 ただ心の傷を抉るばかりで、なにもしてやれない自分が。



 このままでは、いけない。


 どこにも進めなくなったあの子が、延々と痛みに苦しみ続けるなんて。


「……でも、どうすれば……」


 月に尋ねてみても、答えてはくれなかった。



☆★☆



「はぁ……」


 月が沈みきった頃。


 重い足取りで、ようやく『小屋』まで帰り着いたヌイ。


 結局、カラカルの説得に失敗。

 かえってこじらせてしまった。


「なにしてるんでしょうね、私……」


 『小屋』の中で独りごちる。


「……」


 ビスの位置は変わらず。


「すぅ……すぅ……」


 寝息を立てるトモエも。


「……」


 そっとベッドの脇へ。


「……ていっ」


 ぷにっ、と。


 頬をつついてみる。


「んにゅ……」


 柔らかい。


 途端に不機嫌そうな顔になるトモエ。


「……くくっ」


 起こさないよう、慎重に。


 漏れそうになる笑いを抑えながら。


「んにゅ……んん……」


 ぷにぷに。


「んふ……これくらいに、しといたげます」


 そっと、指を離す。


「すぅ……すぅ……」


 安らかな寝顔に戻る。


「……」


 単なるいたずら……いや、八つ当たりか。


 この子は、何も悪くない。


 いや、そもそも誰も。


 トモエも、カラカルも、そしてサーバルも。


 じゃあ、私は?


「……ごめんなさい」


 ゆっくりと、優しく頬を撫でる。


 

 もっと早くに、私が探しに行けばよかった。


 たとえどれだけ反対されても。

 嫌われてでも。


 その勇気が無かった。


 まだ、『そうなった』と決まった訳ではない。無事でいて、何かの事情で戻って来られないだけかも知れない。


 でも、もし……無事でなかったら……


 その知らせを、カラカルに……?


 出来るわけ、ない。



「ごめん、なさい……」


 

 トモエのことも、まず私が止めるべきだった。


 したいことを見つけてくれたのが嬉しくて。

 それを、駄目だ、と言って嫌われるのが恐くて。

 私を、置いて行くつもりでいるのが悔しくて。


 何も、言えなかった。



「……おやすみ、なさい……」


 そのまま、ベッドにもたれ掛かる。


 そして、トモエの手を取り、


「……いいこ、いいこ……」


頭に乗せる。



 とても落ち着く。なぜだろう?


 もう、掠れてしまって思い出せない記憶の片隅に……


 かつて、こうしてもらったことがあるような……



「……明日は……必ず……」



 話そう。カラカルと三人で。


 カラカルは怒るだろう。『ヒト』と一緒に旅に出る、と言えば。

 それはあの子の心の傷そのものだから。


 恐い。カラカルに嫌われるのが。


 では逆に。


 トモエは怒るだろか? カラカルと二人で止めにかかれば。

 前言を翻す私に、したいことをさせまいとする私達に。


 恐い。トモエに嫌われるのが。


 ではトモエを一人で――いや、二人か。

 しかしビスは……悪いが、とても戦えそうにない。


 もしも、を考えれば、それはさせたくない。


 ここ最近、セルリアンの数はかなり減ってきている。

 案外、何事もなく帰ってきてくれるかもしれない。

 

 でも、それは……いやだ。


 私は、この子を、見守っていたい。


 話そう、全部を。


 うそ偽り無く。


 どうすればいいかなんて分からない。何が正解なのか。

 だからこそ。




☆★☆




「――っ!!」


 ガバッと飛び起きるトモエ。


「わあ!?」


 寄りかかったまま眠っていたヌイが、その反動で弾き飛ばされた。


「ふぇ? ちょっ……どうしました?!」


 体と一緒に眠気も吹っ飛ばされたヌイ。


 何事かとトモエを見やると、


「……ちがう……ここは、こう、で……こう……」


飛び起きたとほぼ同時、スケッチブックを取り出して何かを描き始めていた。


 カリカリ、シャッシャッ、ガリガリ。


 ぶつぶつと呟きながら、一心に。


「と、トモエさん……?」


「……」


 声をかけても、まるで耳に入っていない。


「……オハヨウ」


 トコトコ、ビスが寄ってきても、


「……」


「お、おはようございます、ビス……」


やはり同じく。


 自分が寝過ごしたのか? と外を窓から見ると……朝焼けの空。

 まだ夜が明けたばかりのようだ。


 いや、ビスが私に話しかけるはずはない。

 トモエも今起きたのだ。


 一体、なにが?


「……こう……こうして……」


 カリカリ、ガリガリ。


 周りの一切を振り切り、何かを描くトモエ。


 そっと横から覗き見てみる。


「これは……『さばんなちほー』?」


 晴れ渡った青空、黄金色のたなびく草原。


 遠景にうっすらと浮かぶ高い山。

 いや、少し形が違う……?


 そして中央に描かれているのは……


「……ヌイちゃん」


 ピタリと、トモエの手が止まった。


「あたし、あたしね……」


 描き終えた『絵』を、こちらに差し出すトモエ。


 『絵』の中心には……二人。


「夢をみてたの……さっきまで」


 一人は、カラカル。

 特徴的な耳だ、間違いない。


 もう一人は……


「これ……その、夢で見たこと、描いたんだ。忘れないうちに」

「それでね……あたし……」


 大きな耳、黄色地に黒の斑点。

 どことなくカラカルによく似た姿。

 

 こちらに向けられた、笑顔。


「サーバルさんのこと、知ってるかもしれないの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

けものフレンズReunion 静鞠 巴 @shizumari_tomoe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ