クロとねずみみ2 異世界といえば獣人、獣人といえば狼人

『異世界といえば獣人、獣人といえば狼人ウルフェンだろう?』


 ……カオリの言葉である。


 まあ確かに言わんとすることはわかる。

 折角の異世界、獣人を愛でずして何が異世界か。そんでもって異世界モノでハーレム物なら、狼っはもう定番中の定番である。狼だけど犬っぽいところまで含めてド定番だよな。うんうん。


 そして目の前のこの子は、犬は犬でも人懐っこい大型犬って感じだ。身長はロナオレよりも一回りは大きい。ばるんばるんしてるものなんかはもう比べものにならないくらいに大きい。うん。

 髪は黒と白のツートンカラー。氷色の瞳も相まって、どこかシベリアンハスキーみを感じさせる配色だ。……肌は褐色だが。


 そんな彼女がここへ来た理由は――


「ロナとなかよくなりたくて、きちゃった!」


 おめめきらきら……!

 おみみぴょこぴょこ……!

 しっぽぶんぶん……!


 ――だそうだ。



 ……かわいいがすぎるな?



 * * *



 犬耳褐色美少女ことクロが部屋を訪ねてきた。

 こんな夜更けに、こんな薄着で。

 ……カオリじゃないがこれはキーゼルバッハに良くないな。

 警戒心とかないんだろうかこの子は……。


「ロナ、そのカッコもすごくかわいいね!」

「お、おう……」


 オレと目を合わせてにこにこしてらっしゃる犬耳褐色美少女さん。それはそれとしてそのお持ちのものを眼前にさらけ出すのやめてもらえませんかね……?

 ただでさえ防御力の低い攻撃力の高い装備だ。その上そうも無防備に前屈みになられるとたいへん危険が危ない。危険が危ないせいでこちらまでつい前屈みに――


 ――なるようなモノはないんだったな……。


 今のオレは可愛い可愛いロナちゃんである。男子高校生の須目九太ではないのだ。

 

 そりゃあ警戒心なんて持つ必要もないし、目線を合わせるために無防備に前屈みになっても全く問題ないのである。


「その……とりあえず中に、どぞ」

「やった、ありがと!」


 ぎゅっとオレの手を握って目の前でぽよんぽよんするのも何ら問題ないのである。


 ……やはり問題なのでは?




 本来男子高校生であるオレにとって、女子を自室に招き入れるなんて事象は大事件である。ド緊張して頭真っ白になってあたふたはちゃめちゃなるような特大イベントである。


 しかし、意外にも落ち着けているのが現状である。


 今現在オレが女子だったり、この部屋がそもそも自室感皆無だったり、相手がファンタジー存在だったりでそういう俗っぽい感情がわく余地がだいぶなくなっているらしい。

 なんというか、別世界のアバターを動かしているみたいな感覚だ。それこそゲームでロナを操作してた感覚が近いかもしれない。カオリの同級生女子RPロールプレイは胃痛案件だったな……楽しかったのもまあ事実だが……。


「――おまたせ! はい、どうぞ」

「え……あ、ありがとう」


 目の前のテーブルに置かれた、温かな香りのマグカップ。

 クロが用意してくれたのだろう。彼女もマグカップを手に持ち、オレのすぐ隣へと腰掛ける。

 ……いつの間に用意したん? てかいつの間にオレはソファに座ってたん? いやそれより近い近い甘いミルクの匂い!


「ふふっ。それ、のんでみて。おちつくよ?」


 あっ、これ。ホットミルクか。

 勧められるがままに口をつける。

 熱(あつ)……いや、口に入れるとちょうど良い。

 喉を通って、お腹の中まで。

 柔らかく、甘く、温めてくれる……。


「おいしい……」

「でしょ? クロも、これだいすきなんだぁ……」


 そう言ってクロもマグカップに口をつけ、こくこく、と飲み始める。

 半分くらいで口を離し、ふー、と満足げに息をつくクロ。

 その唇の上には白いおヒゲができている。癒やしすぎる……。


 ――そうしてやっと心穏やかになって気づく。

 オレ、全然落ち着いてなかったわ。

 テンパって頭回ってなくてボケッとしてただけだわ。

 招き入れたお客さんにエスコートされて飲み物まで用意してもらって……どっちがお客さんよっつー話である。

 それを「落ち着けている(キリッ)」とか……。

 勘違い野郎じゃん……はっず……鼠耳あっつ……。


 まあ別に誰に語ったわけでもないけども。

 誤魔化すようにもうひとくちミルクを飲む。……美味しい。

 今度こそ落ち着いたところでお隣の様子を窺えば……クロは未だおヒゲをつけたまま、柔らかく笑っていた。


「ロナはさ、ほんとにやさしいね」

「……オレが?」


 思いもよらぬ言葉に首を傾げる。

 オレが優しい……?

 彼女は、「うん」と頷くと、触れるように優しくオレの頭を撫でて、


「いちばんさみしいときに、たいせつなひととのじかんをゆずってあげられるんだもん」


 慈しむような、敬うようなキラキラと温かい眼差しで見つめられる……えーと……寂しい……? 大切な人……?


「クロはできなかったよ、『ごしゅじん、いっちゃやだー!』ってずっとぎゅーっとしちゃってた!」


 ――いや何それうらやまかわいらしい。

 美少女に抱きつかれてせがまれるとかただの男の夢じゃん……。ご主人何者だよ……お前オレのご主人だよこんちくせう。


 なんて思ったのが伝わってしまったのか。

 クロはぺろりと白ヒゲを舐めとると、


「そう、こんなかんじでねっ……ぎゅーっ!」


 ふにゅ?


 ……ぽよ。


 むぎゅ……?


 ――ほわあああっ!?

 なんじゃこれやわハリもちぷるふわあったかああああ!?


 ……。


 ……抱きしめられてるんだが???


 人間理解が及ばない事象には一周回って冷静になるものでまたぎゅってぷにってすべむにしとほわああああああああああああ!!??


「っと……いきなりでびっくりしちゃったかな、ごめんね?」

「え、あっ、ううん、その、あの」


 気遣わしげに、なだめるように優しく謝られてしまった。

 これにはパニクっていたオレも流石に我に返る。

 ……我に返ったせいで余計にキョドってる気がするが。


 けれどこの子は、そんなオレの奇っ怪な反応にも真面目に対応してくれて、


「だいじょーぶ、きんちょうしなくていーよ。ちからぬいて……」


 さっきよりもふんわりと、包むように抱きしめてくれる。

 言われたとおりにすこし体から力を抜くと……なんだか急にもったり・・・・とした心地になってくる。


 あれ……なにを慌ててたんだっけ……?


「そう、そのちょーし……」


 ――背中で、ぽん、ぽん、と刻まれていくゆったりとしたリズム。


「……クロね、ロナにあえてすっごくうれしいんだ」


 頬に触れる、しっとりと熱い柔肌。


「クロは、あまえんぼうだから……こうやってくっつくのがだいすきなの」


 頭の上、耳元で囁かれる温かな声。


「きょうは……あさまでロナにあまえちゃうね?」


 何もかも許してくれそうな甘いミルクの香り。


 ――それらすべてに誘われるようにして、すんなりとオレは意識を手放してしまった。


「おやすみ、ロナ」


 とろけるような眠りだった。



 * * *



「おはよう。気持ちの良い朝だね?」


 翌朝。


 幼馴染の声に目を覚ましたオレは――全身から盛大に発汗していた。

 冷や汗を。


「いや、その……な? 違うんだよ?」

「ふーん? そうだな。下着姿でベッドでふたり仲良くしてるだけだものな。誤解のしようがないな?」

「確かにそれはもうその通りなんですが違うんです本当に何もないんですっ……!」


 回らない頭で言い訳するがオレだって無理があるって分かってる。


 ――ベッドの上で美少女に絡みつかれながら言っていい台詞じゃねーなコレ!?



 ……まあ当の言い訳された幼馴染様は腹抱えて大笑いしはじめたんだが。


 分かってたよねえ!!

 やっぱりねえ!!

 からかいやがってちくせうめっ!!!

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ふくろのねずみみ! ~異世界で親友(女)の百合ハーレムに取り込まれるオレ(男→女)の話~ ねこどらいぶ @neco-drive

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