犬耳褐色美少女クロとねずみみ

クロとねずみみ1 シャバのメシは最高だった

 シャバのメシは最高だった。


 この世界に来てからというもの、自給自足サバイバル生活と独房虜囚生活しか送ってこなかったオレである。

 食事事情は、それはもう聞くも涙、語るも涙といった惨状であった。

 自給自足時は火なんてないから魔獣の肉を生でかっ喰らって、その生臭さにうっぷうっぷしてたし、虜囚時はなんかぐちゃぐちゃでのっぺりしたなんとも言えない味の、THE・エサって感じな謎の物体しか出てこなかったし……。

 そして、唯一食べれたまともなメシが……薬入りだったっていうね。もうね。うん。

 確かにちょっと濃いめの味つけだったけども。

 なんならちょっと変わった風味もするなと思ったけども。

 無知蒙昧なオレは、そいつを美味い美味いって目潤ませながらたっぷり食べたよ。うん。

 ……つらくね?


 だからもうね。こんな安心できる状況でね。美味そうなメシが沢山並んでたらね。もうね。

 貪り食うよりほかないわけですよ。


 その上。


「あらあら。お料理は逃げませんから、焦らなくて大丈夫ですよ」


 銀髪天使さんはうふふと微笑みながら見守ってくれて。


「ロナ、だいじょーぶ? つらいの?」


 犬耳ちゃんは寄り添いながら優しく背中をさすってくれて。


「こんだけ食欲がありゃ大丈夫だろ。ほら、どんどん食え食え!」


 ドラゴンっは励ましながら次々に料理を勧めてくれる。


 ――そうか。


 これが花園……ガーデンというわけか……。


 ああ……。


 なんて、温かい……。


 もし、こんな温かなひとたちに囲まれて、温かいご飯をもらって暮らせるというのならば。


 花園ここに骨を うずめるのも、悪くはないな――



 * * *



 ――いやいや良くないあかんあかん。


 本日二度目の号泣をかましながらディナーをたらふく掻き込んだ後。

 水洗トイレという素晴らしい文化を噛み締めながら、流れる水の行方に思いを馳せていたオレだったが……ふと我に返った。


 流されてるよ!

 めっちゃ流されてるよ!

 オレめっちゃ流されてるよ!


 いくら美味いものが食えて可愛い子が優しくしてくれるからって、そんな弾みで生涯を捧げようだなんて気が狂っている。狂って狂ってくるくるぱーだ。

 飢えというものは思考を鈍化させると聞いたことがあるが、まさにそれだろう。さすがにオレだって普段からそんなぱーじゃないと思う。……多分。

 まあ確かに花園ガーデンは良い環境ではあるけれども……。良い環境っつーか男子にとっては夢のような世界だけれども……。


 しかし美味い話には裏があるわけで。それをオレは散々実地で学んできたわけで。


 そんなことも忘れてしまうのだから実に恐ろしい。

 地獄から天国、ムチからのアメでオレの脳みそまで花園ガーデン……もといお花畑と化していた。危ない危ない。何が危ないってオレの貞操が危ない。


 ……そう。

 かかっているのはオレの貞操なのである。

 奴のハーレムに入るということは、つまり奴に体を許すということ。


 そういうことなのである。


 ……いや、実際どこまでやることやってるのかとかは聞いてないけども。聞いたら絶対藪蛇になるからな……。


 まあともかく、奴に媚びるなんてまっぴら御免だし、卒業より先に喪失するなんてそんなこともあっていいはずがない。


 オレ、男ぞ?

 見た目ねずみみ美少女でも男ぞ?


 ……けどさ。

 良く考えたら今のオレ、アイツの奴隷なんだよな……。


 ……

 …………

 ………………


 ……もしかして、これ詰んでる?


 ――ぽんっ。


 肯定するように、トイレのタンクから間抜けな音が響いた。



 * * *



 ひとつ忘れていたことがある。


 奴――カオリは美少女オレの頭に鼻を突っ込んでくんかくんかはすはすしてくるような変態ではあるが、それでも相手の嫌がることは決してしない紳士、もとい淑女でもあるということだ。


 ……いや、くんかくんかはオレ、普通に嫌がってたんだけど。

 あれ、ちょっと自信なくなってきた……。


 ……まあ、あれは戯れみたいなものとして。


 オレが本気でノーと言えば、カオリが強引に事に及ぼうとすることは決してない。その程度の信頼はある。

 ……逆にその程度しかないのか、という話でもあるが。まあ変態だから仕方ないね。


 とすれば、必要なのは確固たるお断りの意志である。

 決して流されない強い意志が大事なのである。


 そしてきっぱりと口にすること。NOと言える勇気ってやつだ。

 そんなに難しいことじゃない。やってやれないことはないはずだ。


「よし」


 小さな決意を胸にお手洗いから出る。


「お待ちしておりました、モンモリロナ様」

「あ、はい」

「御部屋へ御案内いたします。こちらへ」

「え、あ、その、はい」


 廊下で待ち構えていた美人メイドさんにつかまった。


 決意とは何だったのか……。



 ――そうして連れて来られたるは広い屋敷の中でも結構な奥の方。

 表の豪華絢爛さとは異なり、落ち着いた風合いのインテリアで仕立て上げられている、何だかとってもプライベートな感のあるエリアである。

 うーん、やな予感。

 オレの危機察知能力がびんびんに反応している。危険が危ないと叫んでいる。

 これはつまりアレだな。


「こちらです」


 美人メイドさんが立ち止まり、一室の扉が開かれる。


 案内される御部屋とは、そう。


「こちら、モンモリロナ様の居室となります」


 オレの居室。

 ――早い話がベッドルームである。


 鎮座するキングサイズよりなお大きいベッドが何よりの証拠。

 目に眩しいほどの白、シワひとつ見当たらないシーツ。

 天蓋は鼠色をメインカラーに据えたシックな色使い。しかしそのフォルムはレースたっぷり花たっぷりのゆめかわ仕様。……よくツボを解ってらっしゃる。

 そしてすべてが触り心地を約束された最高級の素材を使用しているのだろう。

 もはや見ただけで分かるシロモノだ。なのにそれが嫌らしさを一切感じさせないのは調和が見事にとられているからだろう。

 趣味が良すぎるのも考えものだな……。


「――すべて御館様がモンモリロナ様の為にオーダーメイドされたものですよ」


 美人メイドさんが「幸せ者ですね」みたいな生温かい笑顔で告げてくる。


 なるほどね。


 わかる。わかるぞカオリ。


 確かにこのやたら無闇に趣味の良いベッドの上によ?

 ねずみみロナちゃんを寝かせたらよ?

 ファンタジックでファンタスティックなのはもう自明の理なのよ。

 野暮ったい寝間着でもモコモコルームウェアでもすけすけネグリジェでももう最の高なんだよ。わかるよ?


 けどさあ……オレなんだよなあ……。


 いやもうこれは可愛がる気満々なんだよなあ……。


 ちなみに「すべて」というのは言葉の通りらしく、マホガニー的な机も素敵おしゃれな照明器具もなんもかんもこの部屋の調度品すべてがオーダーメイドらしい。もはや意味わからん。


 そしてこの居室、風呂トイレ洗面化粧室つきだった。

 可愛がった後朝までいる気満々じゃねえか……。


「愛されすぎるのも困りものですね?」


 とか言いながらクスクス笑ってんじゃん……お茶目な美人さんかわいいかよ。

 ちくせうめ。



 * * *



 怒涛の1日が終わりを告げようとしている。


 結局あの後そのまま部屋で休んでいるとカオリから念話が届いた。

 ……念話って何だよって話だが。奴のチートにかかればこの屋敷内くらいならいつでも繋げるらしい。……カオリから。

 えっと……機内モードとかないんですかね……?


 まあそれはまだ良いとして(良くないが)。

 問題は念話の内容だ。


『ロナ、慣れないところすまない。積もる話もあるから今夜は君と一夜を過ごそうと思っていたのだけど』

『……おい待て』

『私のかわいいかわいい嫁が放してくれないんだ。どうやら君に嫉妬しているらしい』

『だから待てと』

『ん? 違わないだろう? こら、んっ、もう……悪い子だな』

『――カオリお前』

『あー、すまないロナ、また後で話させてくれないか……?』

『……明日でいいぞ』

『ふふっ、恩に着るよ。おやすみ』

『ああ、おやすみ』


 以上。


 ――お前人との通話中にイチャイチャすんじゃねえええよ!!

 心臓に悪いわ! 心拍数やばいわ!

 妙に甘い声出すな! こっちは変な汗ドバドバ出てんだわ!


 ……てかイチャイチャで吹っ飛んでたけど普通にオレと一夜過ごそうとすんなやこのチャラ女っ!! ちくせうめっ!!!


 ふぅ。


 ――というわけで。


 オレは一人このラグジュアリーな居室でくつろぎの時間を与えられた。

 まあ結果オーライというやつかもしれん。折角なので思い切り満喫してやることにする。


 メイドさんが持ってきてくれためちゃうまデザートや素敵フレーバーのお紅茶でリラックスし。

 異世界で初めてのぴっかぴかぽっかぽかお風呂で今日三度目の号泣をかまし。


 用意されていたすけすけではないタイプの愛らしいネグリジェに着替え、ベッドへダイブ。


 おおう、ふっかふか……。

 この為に生きてたまであるな……最高かよ……。


 昨日まであの独房の板ベッドで寝ていたオレだ。

 それが今日は寝心地天元突破のハイクラス寝具である。

 そのギャップたるやまさしく地獄から天国。

 こんなんもう即落ち必至でしょ――


 ――そう思っていたんだが。



 寝れない。


 ……寝れない。


 …………眠れないのである。


 何故こうも眠れないのだろうか。

 眠気は来ている。

 ちゃんと疲労もある。

 しかし眠れない。


 あの板ベッドでもどことも知らぬ森の中でも寝ていたオレが。

 こんな最上の環境で寝れないとはこれいかに。


 ……何か飲もうかな。メイドさん起こすのも忍びないし洗面で水でも――


 ――こんこんこん。


 扉がノックされた。まさかメイドさん……?


「ロナ、おきてる……?」


 この少し舌足らずできゅーとな声は……。


 がちゃり、とこちらから扉を開けて迎え入れる。


「あ、ロナ! よかったぁ!」


 目に飛び込んで来たのは。


 夜目には眩しいほどの満面の笑み。

 震えて弾むわがままばでー。

 ぶんぶんと裾を跳ね上げる懐っこい尻尾。


 ――真っ白なキャミワンピが良く似合う、犬耳褐色美少女であった。


 ……え、鼻血出そう。

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