プロローグ3 ようこそ、花園へ
「ようこそ、
屋敷の豪奢な扉が開かれると、これまた豪奢な内装の空間が広がっていて。
――それらが霞む程の煌びやかな美少女たちがずらりと並び、異口同音にオレを迎え入れた。
うわあ、壮観だなあ……。
……ところで、ガーデンって何ぞや。
* * *
カオリの華麗なエスコートを受けて、奴隷商館を出ることとなったオレ。
商館の女主人は終始カオリに低姿勢で、あのでっぷりとした威圧感はどこへいったのかという有り様だった。
主人としての彼女しか見ていなかったから高慢な人間なんだと思ってたんだが、上客にはしっかりおもねるんだな……。まあそれが当然なんだろうけども。
奴隷商館の外は、想像以上に整った街だった。
辺りの道路はすべて石畳が敷かれており、サイズも均等、凹凸もなめらか。
辺りに建ち並ぶ建造物は高さがほとんど一定で、色も白を基調に大きく逸脱することなく、均質さが印象強い街並みだ。
道行く人々も派手な格好の人間はおらず――甲冑姿の兵士が目立つと言えば目立つが――オレみたいなファンタジー的人種も見受けられない。
それこそ、地球上に存在する異国の都市だと言われたら信じてしまいそうな風景だ。まあ行き交う馬車のお陰で時代は中世って感じだが。
……そんな馬車の中でもひときわ装飾豊かな、いかにも貴族のものらしい馬車に乗せられ。
三人掛けのソファシートの真ん中に座った上機嫌の
どうみても富豪に買われた愛玩動物ですねわかります。
車窓のカーテンの隙間から外を眺めながら、はあ、と現況を憂える溜め息が漏れた。
「おや、お疲れかい?」
「……まあ、ちょっとな」
「そうか」
そう言うとカオリの撫で方が労るような優しい手つきに変わる。
……撫でるのはやめんのかい。こいつは……。
何が腹立つってこれがめちゃ心地いいのが腹立つ。くっそこいつ手慣れてやがる……。
はあ……。
「気持ちいいかい?」
「ちげーよ……」
分かってて聞いてるんだよなあこいつ……ちくせう……。
進んでいっても代わり映えのしない、淡々とした街並みが小憎たらしい。恥ずかしいのはお前だけだぞ、とからかわれてるみたいだ。
そんな風景に、ふと思い出して口を開く。
「……そういや、オレみたいな獣人? とか亜人? って珍しいのか? 外みてても全然歩いてないけど」
思えば今までそういうファンタジー人種をほとんど見ていない。オレを騙した女子パーティは三人とも人間族だったし、奴隷商館で顔を合わせた人も皆人間族だった。まあ顔を合わせたのなんて
唯一の機会がカオリと顔を合わせた時くらいか。カオリの自慢話からするに、後ろに控えていたパーティメンバーには何人か亜人が居たはずだ。……だがそれすらカオリとの邂逅による衝撃でよく覚えていない。
まあ要するにまともに見たことなんて皆無なわけだ。
オレの問いに、カオリは撫でる手を止めて答える。
「この国――リヴィエール神聖皇国の掲げる国教、リヴィエラ教は人間族至上主義で、排他主義だからね。
「……なるほど」
そういう国だったのか、ここ。
言われて考えてみれば、これまでのオレの扱いにも合点がいく。
なんか知らないけど懐いてきた珍種の野鼠を捕まえて、ペットショップで換金した女子たち。
仕入れた珍種の野鼠を檻に入れて冷たく躾をするビジネスライクなペットショップ店主。
そう考えれば何も不自然なことはない。まあ多少薄情なだけで至極普通の行動なんだろう。
となれば、購入した珍種の野鼠を再びわしゃわしゃと撫で回す、これもこの国では普通の行動……いやこれは完全にこいつの趣味だないい加減にしろ。
「大丈夫だよ、ロナ。君はもう
「大丈夫じゃないんだが?」
誰がペットじゃい。
「ほら、王侯貴族のペットって庶民なんかよりよっぽど大事にされるだろう? 何かあれば首を刎ねられるんじゃないかって。それと同じ具合さ」
「大丈夫じゃないんだが!?」
それ敬遠されてる! 腫れ物のやつ!
「ま、リヴィエラ教自体
「大丈夫じゃないだろそれ絶対!!」
国家危機をそんなさらりと口に出すな怖ぇな! そんなんあったら皆こんな呑気に街道歩いてないだろ!
ん? まだ世に出てない情報?
いや、教皇だった過激派のトップが暴走の末亡くなって穏健派と改革派が手を取って新教を設立しようとしてる、とかそんなん説明しなくていいから! 絶対一枚噛んでんだろこいつ! これだからチーレム野郎は!
……まあ異世界に来たら宗教のひとつやふたつ潰すよね、ってお前やっぱりがっつり噛んでんじゃねーかちくせうめ!!
* * *
異世界テンプレをきっちり消化していた幼馴染に戦慄しながら揺られることしばし。
……撫でられることしばし。
やってきましたどでかい御屋敷。
これが神金級冒険者カオリさんの邸宅――じゃなくて別邸ね、はいはいテンプレテンプレ。
てかこのくらいの屋敷なら、元の世界でも行ったことあるからな。そんなにビビるほどのものでもないだろう、うん。
……まあそれもこいつん
自宅? そりゃタワマンよ、タワマン。
タワマン済みの別荘複数持ちよ。
……オレん家だって貧乏じゃないけど、流石にあれは階級の隔たりを感じたなあ……。
そして今や主人と奴隷っつーな……完全に支配階級と被支配階級になっちまって……。
「お帰りなさいませ、御館様、
馬車を降りると、タキシードをぴしっと着こなした、いかにもな執事の婆さん……婆さんに迎えられた。爺やではないのか。
「ただいま、ロッティ。この子がモンモリロナだ」
「あ、どうも、モンモリロナです」
「ご丁寧に有り難うございます、御姫様。シガラキ家の家令を務めておりますロッテンマイヤーと申します」
ロッテンマイヤーさんだった。
とはいえ厳しそうな雰囲気はなく、むしろ柔らかい雰囲気の女性だ。しかし一方で、折り目正しく礼をする彼女の姿には一分の隙も見いだせない。
うん、絶対強キャラだよこの人……。
「もう準備は整ってるかな?」
「はい、手筈通りに」
「よし、では行こうか」
なんか強そうなやりとりの後。
気づけばごく自然にカオリに手を取られ、エスコートされて屋敷の前庭を歩いていく。
……たしかにこれは御姫様と呼ばれても仕方ない気がするわ。作業の手を止めた使用人の方々が、生暖かい微笑みでオレらに礼をしていく。めっちゃはずい。
カオリの方はと言えば、まったく気にせず爽やかな笑みを振り撒いている。本当に、こいつは人見知りとか羞恥心とかどこに置いてきたのかねぇ……。
気休めに隠密スキルを発動したりしながら(意味はなかった)、大扉の前に連れられてきたオレ。
いかにも重厚そうで巨大な、それでいてきめ細やかな装飾の彫刻がなされた、品格と年季を感じさせる木製の大扉だ。
カオリは、繋いでいた手をようやく放すと、オレより一歩下がる。
……すごく良い笑顔だ。
「何企んでんだよ」
「いや、ただ君の反応が楽しみなだけだよ」
……すごく嫌な笑顔だ。
「ほら、前を向いて」
「……わかったよ」
まあ大体分かるからいいけどさ。
こいつのこの顔は多分、
――パチンっ!
指を鳴らす音がして、それからギィ……と扉がひとりでに開いていく。
そしてそこには。
犬耳の褐色美少女が。
翼の生えた銀髪天使系美女が。
とんがり耳の金髪ロリエルフが。
立派なおツノのドラゴン娘が。
妖しい色気の吸血鬼(?)が。
「ようこそ、
異口同音にオレを招き入れる美少女たちが、ずらりと並んでいた。
なるほど…………これは自慢したくなるよなあ……。
振り向けば、そうだろうそうだろう、と既に頷いているカオリ。
……うんまあ分かるよ気持ちはね。
で。
「ガーデンって何?」
小声で問えば、カオリは益々笑みを深め、
「
と声に出さずに言った。
そして、唐突にオレの両肩を後ろからがっつり掴むと。
「ようこそ、
王子様が姫を誘うように甘やかに、けれど決定事項を通告するような強かさで、そう宣った。
ん? ……え?
……状況を整理しよう。冷静に、冷静にだ。
ガーデン いこーる カオリのハーレム。
オレ ようこそ ガーデンへ。
⇒ オレ いこーる ガーデンのメンバー。
∴ オレ いこーる カオリのハーレムのメンバー。
……おかしいな。うん。まさかそんなことあるまいに。どっかで論理展開間違えたかな。そうだな。うん。そうにちがいない。
「ロナ!」
オレを呼ぶ愛らしい声で我に返る。
いつの間にか犬耳褐色美少女に手を取られていた。尻尾ぶんぶんかわいい。
「これからよろしくね!」
うん、よろしくね。
「いっしょに、ごしゅじんに
え。
今この子……ねえ?
ヘルプを求めるように周りを見回す。
ええ、と微笑む銀髪天使。
こくりと頷くロリエルフ。
たははーと笑うドラゴン娘。
妖しく見つめる吸血鬼(?)。
……えーと。
……これはあれか。
まちがいではなかったってか。
ははは。
思わず後退ろうとして、できない。
「ふふっ、逃がさないよ?」
カオリだ。
そうか。
なるほどな。
もはやカオリのハーレムからは逃れられない、と。
はあ……。
もう既にオレは袋の鼠だったってことか。
……鼠だけに。
「それを言うなら
ナチュラルに人の心読んだ上にネタにケチつけんじゃねえよこのドちくせうが!!
「ハハッ」
その笑い方やめろ!
つーか耳! 触るな、
むふー、じゃねえんだよああもうちくせう!!
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