プロローグ2 それはまた、何と言うか
「――それはまた、何と言うか……九太くんらしいね?」
「うっさいわいっ!」
薫理の腕の中で情けなくも散々泣いて泣きはらした後。
「いや、だってなあ。助けた性悪モブ女に騙されるとか、中学のときの――」
「あー! あー! 聞こえないなー!」
聞こえないなー。いじめから助けた女子に告られて付き合って3か月で振られたとかどこの誰の話かなー。
「――二股かけられてた時と同じパターンだものな」
「二股じゃないから! ギリ被ってないから!」
「…………それはかけてた方が言う台詞なんじゃないかな」
オレを振ったその日に
あんなのに義理立てする必要ないのに、と薫理は言うがそういう問題ではない。男の子のプライドの問題なのだ。
「はあ……本当、九太くんはお人好しが過ぎるよ。少しは人を疑うことを覚えたらどう?」
「……で、ですよねー……反省します……」
薫理に半眼を向けられてちょっとひるむ。
いやね、一応これでも反省してるんですよ? もう少しで人生詰んでたわけですし。
それに自分が騙されやすい性質だってのも身にしみて分かってる。というか分かってるつもりだった。
それでも騙されてしまうのだから……馬鹿だと言うほかない。
「まあ、それが九太くんの美点でもあるから。強く直せとも言いづらいのだけどね」
そう言うと薫理は両手でわしゃわしゃとオレの頭を荒く撫でる。
「だけど今の君は可愛い可愛いロナちゃんだからね? もう知らない人についてっちゃあ駄目だぞ?」
「子供扱いかいな……」
「そんなの当然だろう?」
まあこれも仕方ないかと甘んじて受け入れるオレに、薫理は尚も続ける。
「君は女の子になってどれだけ経った?」
「……一か月弱、くらいだけど」
「そうだろう、まだ君は女の子として未熟も未熟。よちよち歩きの幼児同然…………ん?」
なんか分かるような分からないような論理をかざして来たなあ、と思っていると薫理の言葉が止まる。
「
「え? いや、ほとんどずっと捕まってたから正確には分からないけど……まあそのくらいだと思う」
独房に繋がれてた間は飯とおねーさんの回数でしか時間経過が分からないくらいだったからな。大体の感覚でしかない。
「……なるほど」
薫理が頷く。
「道理で擦れても育ってもいない訳だ」
「まあ確かに成長してないけどさあ……」
少しはオブラートに包んでもいいんだよ?
「そういうことではなくだな、いやそういう面もあるけども」
どっちや。
「今は置いておくとして……そうだな、これでも見てもらうか」
そう言って薫理は、一枚のカードを差し出した。
……なんか如何にも偉そうなカードだ。
「
「ああ。世界にたった五人しか居ない神金級、そのうちの一人が私さ……ってそこではなくだな」
一瞬ドヤァした薫理だったが、すぐに引っ込める。そしてカードの一点をちょんちょんと指差す。
「ここだよ、ここ。今一度読んでみてくれ」
「カオリ・シガラキ、18歳……ん? 18? まだ17だろ薫理は」
オレたちは高校二年に上がったばかりだ。オレは早生まれだからまだ16歳だが、薫理は4月生まれだから17歳のはず。
……もしや。
「サバよんだ?」
「なわけないだろ」
「だよな」
薫理はどちらかと言えば年上に見られがちだからな。この世界の成人は15歳らしいし(エロいおねーさん情報)、理由もなければわざわざ上にサバをよむことはしないだろう。
ということは、だ。
「つまり…………どゆこと?」
「ふふ、そのままだよ」
薫理はオレの頭をまたくしゃくしゃと撫で回し、微笑んだ。
「私はあれから、ひとつ歳を重ねたんだよ。……この世界、【イストヴァリア】でね」
* * *
それから薫理は、この世界、【イストヴァリア】での一年間を語ってくれた。
……まあ言ってしまえば単なるヤツの武勇伝だったが。
要約すると、ゲームのキャラ通りの強スペックでこの世界に転移した薫理は、冒険者として順調に成り上がり、ハーレムパーティを築きながら現在、魔王勢との戦いの旅をしているそうだ。
……ただのテンプレチーレムやんけ。
まあ良いんだ。薫理がそれだけ楽しく過ごしたのであれば。
オレみたいに絶望に喘ぐ一か月じゃなくてさ。寂しさに独り泣いたりせずにさ。わいわいどきわくな一年間を過ごしたんだったらさ。親友としては嬉しいんだよ。うん。
――なんて心中でぼやいていたのを見透かされたのか、
「大丈夫だよ、九太くん」
薫理は、後ろからオレをぎゅうと抱きしめながら笑う。
「これからは九太くんも一緒だからね?」
……こういうことをさらっと言うからコイツは怖いんだ。
「いい? ここから出たら君はモンモリロナ。私の故郷の古馴染みってことで。……幼馴染み主従とか萌えるよね」
「当事者じゃなけりゃな」
薫理の結界にいるうちに今後のことを打ち合わせておく。薫理は「東方出身の女剣客」ということで通しているそうなので頷いておく。でも二つ名は【
「ああ、私のことは
「ええぇ……」
かおりじゃなくてかおりって何言ってんだこいつ……。
そう思いながらもごく自然に脳内変換できてしまう自分が憎い……。くそお……。
「不満か? では、姉妹のように育ったという設定で『お姉ちゃん』呼びにするか! 或いは『今の私は奴隷ですから……』と陰のあるテイストであえて『ご主人様』呼びという手も――」
「分かった、
「流石。
満足げにうんうんと頷くカオリ。腹立つわぁ。
「あ、言葉遣いはそのままでいいからね」
「……貴重なオレっ娘要員だからか?」
「話が分かるなぁ」
腹立つわぁ……。
それからカオリ、確認するみたいに指折りしながらつぶやく。
「そうだな、こちらの常識なんかは追々でいいとして……」
良いのか?
「ひとまずその格好をどうにかしないとな」
言われて思い出す。今のオレは麻っぽい貫頭衣一枚にゴツい金属製の首輪手枷足枷。
「ケモロリ奴隷とか鉄板すぎて鉄分過多だ、私のキーゼルバッハに良くない」
「さいですか」
まあ確かにガチガチの奴隷スタイルだからな。健全な男子なら多少いかがわしい気分になっても仕方ないと思う。女子? 知るか。
「という訳で」
そう言って虚空に腕を突っ込み、何かを取り出すカオリ。
そいつは、黒くて白くてフリッフリヒラッヒラの――
「――こいつに着替えてもらおうか」
「嫌だ」
「おっと即答か」
「当たり前だろ」
カオリの手にあるのはゴッスゴスでロッリロリのフリッフリかつヒラッヒラなエプロンドレス。まあ所謂萌えメイド服ってやつだ。
勿論断固拒否である。
「ああ……そうだったな。君はクラシカル党か。そんな君にこれを勧めるのは無粋だった、すまない」
「そうではなくだな、いやそれもそうなんだが」
「というわけでこっちに着替えてもらおうか」
またも虚空に腕を突っ込み取り出されるメイド服。ハイネックロングスカートなヴィクトリアン風の一品である。上質さを感じさせる滑らかな生地の黒ワンピースに、シンプルながら随所に細やかな刺繍の施された白エプロン。なるほどこれはなかなか……。
「……いや、だからって着ないからな」
「なんだ、勿体ない」
拒否するオレに対し、カオリは存外あっさりと引く。みたび虚空へと手を突っ込むと、掲げられていた素敵メイド服はさっと消失してしまった。
……もうすこし押してくるかと思ったんだが。
「やっぱり着たくなったかい?」
「なっ、んなわけねーだろ」
いくらあの素敵上品メイド服がオレの趣味にドストライクとは言え、着るのは自分自身である。流石にスカートはキツい。
まあ姿かたちは美少女だから似合うんだろうけどさあ……。
精神的な問題だよな、こういうのは。
「まあ、君ならそう言うと思ってたよ」
「……思ってたんなら最初からやるなよ」
「それが様式美というものだろう?」
知らんがな。
半眼で睨むがカオリは一層楽しそうに続ける。
「ふふ、しかしいきなりご主人様に注文をつけるとは贅沢だねえ」
「……まあそうだけどさ」
カオリがいつも通りのノリだから忘れていたが、俺こいつの奴隷なんだよな……。だからって
「結構結構。そんな贅沢な奴隷さんのために、ちゃんとお気に召す品も用意してあるからね」
カオリは自信ありげにそう宣う。……まあ奴はいつだって自信満々だが。むしろ自信の塊、もとい自信そのもの。自信が美人に化身したみたいな奴だ。
そんな奴が、「ちゃんとお気に召す」と自信を持って差し出す品である。
……どうせお気に召しちまうんだろうなあ。癪だけども。
* * *
「はい、姿見」
オレが着替え終わったタイミングで虚空から鏡を取り出すカオリ。……触れてこなかったけどこれって異世界チーターご用達のアイテムボックス的なスキルだよな。何でオレは持ってないのん?
まあそんなことはともかく。
――パチッ☆
鏡の向こうでポーズを決める鼠耳娘。
へそ出しのタンクトップに短パン、フード付きの袖無しジャケット。肘まで覆う指ぬきグローブにニーハイソックス、ハイカットブーツ。首もとには革製の首輪が巻かれ、腰には短剣やらポーチやらがじゃらじゃらとついている。
まさにこれぞファンタジー世界の
「――やっぱめっちゃ可愛いよなこいつ」
「コモンセンスだな」
鏡の向こうで別のポーズを決める鼠耳娘。
そいつがぽつりと呟けば、背後の麗人も我が意を得たりとばかりに頷く。
まあそりゃそうだわ。
だってロナだもの。
オレと後ろの無駄美少女の趣味全開のキャラクターだもの。
パチッとウインク、はいかわいい。
更に横ピで、はいかわいい。
短剣構えて、はいかわいい。
あざとく上目で、はいかわいい。
……何やってんだオレ。ノリノリかよ。「スカートはキツい」とか言ってた奴の反応じゃねーだろ……
「我に返って赤面するところまで完璧だな」
「そこはスルーしろよお!」
ちくせうめ。
カオリ曰く、この奴隷商館に鼠耳族の少女が居るという情報を得て、このスカウト装備をあらかじめ用意しておいたそうな。
――オーダーメイドかつ貴重な魔獣の素材をふんだんに使った世界に二つとない逸品だそうで。この世界でもカオリの財力は健在か……。
てか世界で五指に入る冒険者らしいし、チーレムしてるくらいだし、むしろもっと手の付けられないセレブになってるのでは……こっわ……。
まあその財力のおかげでオレもご購入いただけたわけだから、もう何の文句も言えませんけども。ほんとカオリさまさまですわ。
そのカオリ様は、俺をいじって満足したのか、
「よし、着替えも終わったことだ。ひとまず拠点に戻るとしようか」
そう言って手を差し出してくる。……手?
「エスコートしますよ、囚われのお姫様?」
「……余計なお世話だ、ばか」
ナチュラルな王子様ムーヴやめい。
無駄に様になってるから
……ちなみにこの直後、転びかけて華麗に抱きとめられました。
あーもう独房生活のせいだよちくせう!!
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