ふくろのねずみみ! ~異世界で親友(女)の百合ハーレムに取り込まれるオレ(男→女)の話~

ねこどらいぶ

プロローグ

プロローグ1 オレは絶望していた



 オレは絶望していた。


 肩にずっしりと乗っかる無骨な金属塊――奴隷の首輪。

 手首足首にも鎖付きの金属塊が巻き付いていて、物理的にも精神的にも重い。

 抵抗の術を奪われた、虜囚の身。

 このままスキモノの豚貴族の慰みものにでもされてしまうのだろうか。

 幸い今は「希少種族の生娘」という希少価値でもって手はつけられていないが、日々娼婦にそういった・・・・・作法を学ばされているからには十中八九そういう用途で使われるのだろう。


 どうしてこんなことになった?


 女子の手料理に喜んだのがいけなかったのか?

 薬を盛られる危険を考えなかったのか?

 自分よりレベルの低い女の子のパーティだからと慢心してはいなかったか?

 そもそも一人旅中に人助けしようだなんて馬鹿だったのか?

 助けた相手に牙を剥かれるとは思わなかったのか?

 ちょっと格好良いところをみせてちやほやされたいなんて考えが甘かったのか?

 自分が人間族から狙われる存在だという自覚が足りなかったのだろうか?


 ――いや、そんなことより。


 なんでオレはこんなファンタジーな異世界に飛ばされちまったんだ?

 しかもこの前始めたばっかのMMORPGのキャラの姿かたちに能力で。

 神の啓示も運営の掲示も何もなしに。

 ただ目覚めたら異世界だったんだ。


 そんなん人恋しくなるだろ!

 魔獣に襲われてる女子パーティのひとつやふたつ助けたくなるだろ!

 異世界テンプレな展開を期待するのも現代の男子高生なら当然だろ!


 ……だが生憎オレにはハードな方の展開が待ち受けてしまっていたわけで。

 助けたおなごに薬を盛られて気がつけば奴隷として独房にぶち込まれていたわけで。

 もはや18禁で同人な展開待ったなしなわけで。

 この展開を覆すようなチートも備わっていないわけで。


 ……詰んだわ、これ。


 独房の中、灰色の石の床を力なく眺める。長方形の石が規則正しく敷き詰められている――ようでいて結構雑な部分もある。はじめは取り外せたりしないかと足掻いたものだ。今や並んでるなあとしか思えない。嘘。愚かな過去を回想してたわ。


 ――ぎいぃぃぃぃ……ぃぃいばたん。


 重い扉が開き、そして閉じる音がした。すぐに奴隷たちが呼吸を潜める。


 ――こつり、こつり。


 次いで足音が聞こえる。いつもの教育係エロいおねーさんの足音じゃない。食事係陰鬱な女の足音でもなく、これは、でっぷりとした重い足音。つまり。


 その時が来てしまったのか。


 その考えを裏付けるように、オレの独房の前にあらわれるでっぷりとした女。――ここの奴隷商の女主人だ。


「ネズミ、出荷だ。ついて来い」

「はい」


 三言で命令すると、鍵を開け、すぐに引き返す女。命令違反は首輪が絞まるので遅れないようについていく。

 きちんと歩くのは数週間ぶりだろうか。冷たい石の上を鎖をじゃらじゃらさせながら、もつれないように歩く、歩く。

 金属製の大扉の前まで来ると、女は振り返り、オレの頭からローブを掛け、ついでに手錠の鎖にリードをつけた。……完全に連行される犯罪者スタイルである。

 それから女が何やら扉へと魔法的処理を施すと、扉が音を立てて開いていく。そこは眩しく絢爛豪華な佇まいの廊下だった。まさしく貴族の館といった風体である。まあ奴隷なんて買うのは富裕層だろうから、客との商談場所はそれにふさわしい品格をってところなんだろう。しらねーけども。


 冷たい石から打って変わって豪奢な絨毯の上を歩き回ることしばらく。

 途中で見かけた部屋も随分豪華そうだったが、それと比べても一際VIP臭のする部屋の前で女が立ち止まる。

「中にいらっしゃる方は特別・・なお客様だ。無礼があれば楽に死ねないと思え」

「……はい」

 やはりVIPらしい。貴族か。豚貴族なのか。あと死ぬのは前提なの? ちくせう。


 こんこんこん、と扉をノックする女。「お求めの品を持ってまいりました」とのこと。

 するとすぐに「入れ」と凛々しい声が響き、両開きの扉が開かれる。

 果たして、オレのご主人様となる男は――

 男は――

 男は……?

 ……おんなしかいない。


「カオリ様、こちらがご紹介した品――鼠耳族の生娘にございます」


 奴隷商の女主人がローブを剥いだことで我に返り、オレは慌てて頭を下げる。


「鼠耳族のモンモリロナと申します」


 がばっと頭を下げてから――オレは何かが耳に引っかかったような気がした。


 でっぷりオバサン、さっき何か言ってたような……


 ……カオリ様?


「ふむ。間違いないな。こいつを頂こう」

「かしこまりました」


 ――オレが頭を下げている間に商談が成立したようだ。ちらりと目線を上げて様子を窺う。


「では奴隷契約をいたしますのでカオリ様は商品とこちらへ」

「ああ。ステア、皆と先に戻っていてもらえるかい?」

「かしこまりました」


 でっぷさんが黒髪ポニテに声をかけ、黒髪ポニテが銀髪娘に指示している。銀髪娘と他の女子たちを帰すようだ。そして黒髪ポニテ――「カオリ様」と目が合い……ニヤリ、と笑われる。


 あ。


 ああ。


(ああああああああああ!!!!! お前薫理かおりかああああああ!!!!!)


 心中大絶叫である。


 そんな心の叫びを感じ取ったのか、カオリは「ばちこーん☆」とウインクをかましてきた。ううううっ……憎たらしいけど何も言えねえ……。


 * * *


 信楽しがらき薫理はオレの友人だ。一番仲の良い友達という意味では……まあ親友って言ってやっても良いかもしれない。

 彼女はオレと同じ高校に通う同級生で、まあ中学校も小学校も同じだったのでいわゆる幼馴染ってやつだ。

 薫理のことを学校のやつらに聞けば一言こう答えるだろう。

 まさしく彼女は現代に現れた「孤高の女剣客」だ、と……。

 それは薫理のイメージ戦略である。何を隠そう、「孤高の女剣客」などと言い出したのは薫理に頼まれたこのオレだ。薫理が人見知り気味だった中学生のときに、「じゃあこういうキャラで行けばいいんじゃね?」と作ったキャラなのである。

 んでもってそれが崩せなくてそのまま高校まで来ちゃっただけだ。人見知りが治った今となっては逆に窮屈に感じてるらしい。ウケる。


 その鬱憤を晴らすべくか、薫理は最近MMORPGでイケメン女騎士プレイにハマっていた。

 そう、オレが最近始めたのと同じゲームである。もちろん始めたのは薫理に誘われたからだ。

 他のパーティメンバーが女だからオレも女キャラにしろと言い、ついでにキャラ被りしないようにと色々と注文をつけられ……出来上がったのがこの「モンモリロナ」――通称「ロナちゃん」である。奴とオレのこだわりが詰まったキャラだけあってかわいい。超かわいい。実はこっそり待ち受けにしてたりなんかして。

 一方オレより早くから始めていた薫理は「カオリ」とまさかの実名プレイ。容姿もかなり薫理に近い。というか再現できる範囲で再現したって感じだ。なんだこのナルシスト。

 そして言動がイケメン。騎士というジョブ柄もあって常にパーティメンバーを守るように動く上、いちいちレディを立てるようなイケメンムーヴをかましリーダーシップをとりながら時に甘い言葉を囁く。完全にロールプレイを楽しんでやがる。

 んで何より強い。財力と運動神経からくるゲームセンスでプレイ時間をカバーしトッププレイヤーに食い込んでいやがった。

 ……結果。薫理はこっちでも・・女子にモテモテだった。ファンサイトが出来てたのには流石に引いたね。あいつは何処を目指してたんだろうなあ(遠い目)。


 まあ、そんなことはさておき。


「久しぶりだね、ロナちゃん。それとも、須目すめ九太きゅうたくん、かな?」


 奴隷契約の儀が終わりオレが正式にカオリの奴隷となった後。

 カオリは「彼女と話がしたい」と言って部屋から奴隷商を追い出し、オレと二人きりになると、いきなりそう切り出した。

 もちろん、須目九太はオレの本名である。


「ああ、盗聴対策なら大丈夫だよ。この部屋に結界を張っておいたからね。私に気づかれずに外から干渉することは出来ないよ」

「チートかよ……」

「ふふっ、やっぱり九太くんだったんだね」


 そう言って気障ったらしいスマイル……もとい爽やかな笑顔を浮かべるカオリ。ムカッと来るほど様になっている。何が腹立つってカオリも薫理もほぼ変わらず美形なのが腹立つ。腹が立つのだが――。


「薫理、今回は助かった。本当にもう終わりだと思った。なんというかその……ありがとう」


 ――正直、それ以上に安堵している。感謝している。薫理がいなかったら今頃豚貴族の慰みものになっていたかもしれない。

 いや、それ以前に孤独に耐えられなかった。この世界に飛ばされて、わけも分からず魔獣を狩って暮らし、ようやく出会えた人間には嵌められ、独房に繋がれ。あれ以上あそこにいたら娼婦のおねーさんに依存してたかもしれないくらいだ。

 本当に、彼女が助け出してくれて、オレは救われたのだ。感謝してもしきれないほどに。


 ……そんなありったけの想いを込めて、頭を下げる。


「つらかったんだね」


 優しい声音に顔を上げれば、瞬間、ぎゅっと抱きしめられる。

 驚いたけど、それ以上に彼女の言葉にとらわれていた。

 ――オレはそんなにつらそうな顔をしてたのだろうか。

 ……でも、確かに。

 ――こんなことされたら、ちょっとやばい。

 温かい身体が、心臓の鼓動が、かじかんだ心をほぐして痒くする。


「ううっ……ぐすっ、そう、かも」

「うんうん、大丈夫だよ……。私がいるからね……」


 薫理が幼子をあやすように頭を撫でてくる。ううっ。


「ばかに、する、なあぁ……!」

「馬鹿にしてないよ、私もずっと寂しかったから」

「ぐすっ、そう……?」

「うん。誰も知っている人が居なくて。不安で、不安で……だからこうして九太くんを見つけられて、嬉しくて。抱きしめたいのをずっとこらえてたんだよ?」


 そう言う薫理の声は真剣で。眼差しは真摯で。

 真面目にそんないじらしいことを言ってくれる親友のおかけで、こらえられるものもこらえられなくなってしまう。うううっ……。


 ……だけどオレは知っている。


「ぐす、うっ……かおりいぃ……!」

「よーしよーし、ん、なにかなー?」

「ほんねぇ……!」

「本音……?」

「ほんねは……!?」

「あー……」


 ――こいつがそんな殊勝な性格してないことくらい、オレは知っているんだ!

 薫理の漏らした声に混ざった僅かな笑いを感じて確信を深めつつ、オレは薫理の言葉を待った。


 薫理は一度息を吸ってから、オレと目を合わせて、「いやー」、と前置きして……それから。


 こう宣った。


「正直リアルろなたんが可愛すぎてもう抱きしめずにはいられなかった」

「やっぱりなああぁぁぁぁああ!!!」


「デカ耳萌えすぎて撫でざるをえなかった」

「ほらなあああぁぁぁぁああ!!!!」


「泣き顔そそりすぎて若干煽った」

「だよなあああぁぁぁぁああ!!!!」


 ――そう。信楽薫理はこういう奴である。


 堅物風だったりイケメン風だったり、場所によって顔は使い分けるが。

 どちらにせよ、本質は変わらない。

 そう、奴は――


 ――女の子にちやほやされたり女の子といちゃいちゃしたり女の子を愛でたりするのが大好きな、正真正銘の女の子好き残念美少女なのである!!!



「ろなたん可愛すぎるわすうううぅぅぅはああああぁぁぁ」

「ちくせうがああああぁぁぁぁぁあああ!!!!!!」





 ……ちなみにオレはこのあと15分くらい泣き続けた。薫理はずっとすーはーご満悦そうだった。ちくせうめ!


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