第6話 デリンジャー、新たなる不幸を望むこと

 デリンジャーは銃である。拳銃である。ハイスタンダード・デリンジャーD一〇〇だとかいうのが正式な名称らしいが、デリンジャーにとっては名前は重要ではなかった。


 体格の大きな者であれば手のひらに隠せるほどの暗器コンシールドウェポンであるが、デリンジャーは自分の個性は複銃身式であることだと思っている。二発の装填のためにふたつの銃身を持った構造は単純な発想と思われることもあるが、ただ銃身がふたつある銃で引金を一度引くだけで一発ずつ弾丸を発射できるようにするためには、撃針や引金もふたつずつ必要になってくる。そう単純ではないのだ。デリンジャーは複雑な構造を持っていて、引金を引くたびに中でカムが動き、上下のどちらの弾丸の雷管のどちらを叩くかが決まるのだ。ただ銃身がふたつあるだけではないのだ。そうした複雑な機構だからこそ、小型でありながら複数の銃身を兼ね備えることができているのだ。

 つまり、外から単純から見えても、実際内部がどうなのかはまた別ということだ。なんでも、そうだ。前回——つまり約三ヶ月前にデリンジャーが使われた事件にしても、そうだ。人間たちはあの事件を理解してはいない。


 ま、そのことはどうでも良い。デリンジャーにとって大事なのは、デリンジャーが正しく使われることだからだ。使われることにデリンジャーは喜びを感じる。しかし、愛でられることも嫌いというわけではない。暗器であると同時に護身武器でもあるデリンジャーとしては、実際に銃弾が発射される機会が少なくても——撃ってくれるに越したことはないが——しっかり手入れをして手元に置いてくれるのなら、それは悪くはない状態だ。

 そういう点において、今の持ち主は悪くない。


 以前の持ち主は、良くなかった。拾ったあとに、ずっと暗く狭い場所に閉じ込めっぱなしにしていた。ようやく使っても、下手糞だった。

 今度の持ち主は、しかし悪くはない、そう、悪くないのだ。もちろん撃つ機会は多くはないのだが、初めての射撃で殺すことに成功しているうえ、それからもときどきデリンジャーを狭い場所から明るい陽の下に出してくれて、磨いたり、中折れ部分を開いたりして、撫でたり、摩ったりしてくれる。楽しい。悪くない。

 この不幸の呪いを解く方法は、簡単だ。たったひとつの言葉を言えばよいだけなのだ。不幸を打ち消すための言葉を。だがこの持ち主なら、その言葉を口にする心配はないだろう。


 この持ち主の下で働くなら悪くない——そう考えれば、不幸に呪われたハイスタンダード・デリンジャーD一〇〇は義理を果たそうと思わずにはいられなかった。

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