第2話 彼女

 彼と出会ったのは、中学1年生の時の入学式だった。

 彼は私の隣に座っており、第1印象は〝よく喋る人〟だった。

 入学式が始まる前から話しかけてきては、先生にうるさいと注意されていた。


 最初は奇妙な人だなと思っていたけど、彼のトークは面白く、引き込まれる事が多かった。

 気付けば彼に告白され、そして二つ返事でオーケーしていた。


 まだ出会ってひと月。

 彼の事は何も分からなかったけど、彼が私の事をとてもいてくれていることは伝わってきた。

 人から愛される事に慣れていない私にとって、それはとても心地良いもので、日が経つにつれて、私も彼のことが好きになっていった。



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 中学2年生の4月。

 私と彼の関係はずっと続いていた。

 クラス替えにより彼は1組、私は2組と離れてしまったが、その日にすぐ彼は会いに来てくれた。

 だけど少しおかしい。

 彼は「初めまして」と言い、自己紹介を始めた。


 少し奇妙に思ったけれど、日付を見てすぐに気づいた。

 4月1日。

 エイプリルフールだ。


「冗談はやめてよ」と笑いながら彼に言う。

 彼は少しキョトンとしていたけれど、それでもすぐに笑顔になっていつもの彼に戻っていた。

 だけど、その時には既に会話に齟齬が生まれていた。

 一度彼と一緒に行ったことがある場所でも、彼は初めて来たリアクションを取っていた。


 私はそれを見て忘れてしまったのだとガッカリした。

 彼の中では、心に残るようなイベントじゃなかったんだと。

 それでも私は彼と一緒にいた。

 記憶に残るような出来事じゃなかったなら、これから記憶に残る出来事を作っていけばいいんだ。



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 中学3年生の4月。

 私は彼と再び同じクラスになった。


 そしてまた、彼は私に告白してきた。


 流石に私はバカにされていると思い、「ふざけてるの?」とキツイ口調で怒ってしまった。

 その時彼が、「冗談だよ」だとか「流石に怒るよね」なんてネタバラシするものだと思っていた。


 だけど彼は、今までに見せたことのないような悲しい顔をして「そうだよね、急にごめん」と言い、自分の席に戻っていってしまった。


 何かがおかしい。

 私は初めて彼の異変に気が付いた。

 じゃあ何が? と聞かれれば、具体的な事は何も分からないけれど、彼には何かがあるのではないかと思った私は、しばらく経ったある日、彼のお母さんに話を聞きにいった。


 彼のお母さんとは何度か話したことがあった。

 彼が部活でいない時間に家を訪れ、快く迎えてくれたお母さんに、私は彼の異変について話した。


 すると彼のお母さんは神妙な面持ちになり、彼が抱えている奇病について教えてくれた。

 一年に一度、彼が1番大切に思っている人の記憶が消えてしまうこと、今までは母か父のどちらかを忘れてしまっていたが、中学に入った頃から記憶を失わなかったため、治ったものだと思っていたこと。


 実際には、彼の病気は治ってなどいなくて、彼の中で1番大切な人が私になっただけという話だった。


 1番大切だと言われて、くすぐったい気持ちになると同時に、私が彼の中で1番大切な人であり続ける限り、私は彼の中に留まることがてきないことになることを理解した。

 それはとても悲しくて、切なくて、やるせなくて。

 涙が溢れそうになった。


 彼が4月1日に私に告白をしてくるのは、ふざけているからではなく、彼の中から私が消え、それでも初めて見た私を好きになってくれていたからだ。


 次の日、私は彼の元へ行き、謝った。

 彼は驚いたような表情をしていたけど、すぐにいつも私に向けてくれていた笑顔になり、そして「好きです」と告白をしてきた。

 その言葉が嬉しくて、ただ嬉しくて、私は笑顔になった。



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 高校1年生の4月。

 私は彼と同じ高校に通うこととなった。

 私は1年7組、彼は1年3組となってしまったため、入学式を終えても彼は私の所へは来なかった。


 そこで私は初日の行事が終わると同時に校門で待ち、帰ろうとしていた彼に声をかけた。

「一緒に帰ろう」と言うと、彼は「喜んで」と答えたので、私は彼の手を握った。

 彼は照れたように顔を赤くしていて、それが何だかとても可愛いくて。


「どうしたの?」と聞いたら、何度も言われている言葉を言ったので、私は一言「知ってる」と言って笑った。



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 高校2年生の4月1日。

 その日は土曜日で、アルバイトが入っていた。

 彼とは同じアルバイト先で働いていて、すぐに会えると思っていたけど、思いのほか仕事が忙しくて、中々直接話す機会無かった。


 彼は私よりも1時間早く仕事が終わってしまったため、また学校が始まったときにでも改めて話しかけようと思っていたけれど、彼は待っていてくれた。


 彼は本当に記憶が無いのかと疑ってしまうほど、いつもと同じように私に自身の気持ちを告げてきた。

 そして私も、彼に同じ気持ちを告げた。



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 高校3年生の4月。


 私はある意味定期イベントのように、彼がやってくるのを待っていた。

 そして彼が私に気持ちを伝えて、その返答をする。

 彼からのどんな質問にも答えた。


 1年間のことが忘れられてしまうのはとても悲しいことだけれど、私の中から彼はいなくならない。

 そして彼もまた、私の前からいなくならない。


 それで充分だと思い始めていた。



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 大学1年の春、現在。


 彼は入院してしまった。

 1ヶ月前のある日、彼はほとんど全ての事を忘れてしまっていた。

 自分がなぜ大学に行こうとしているのか。

 アルバイト先はどこだったのか。

 自身のお父さんやお母さん。

 そして私のこと。


 お医者さんの話だと、部分的記憶障害の病状が悪化しているとのことで、その進行を抑えることが出来ず、記憶の混濁から本人がパニックになるのを防ぐために、鍵付きの病室で入院措置とすることとしたそうだ。


 鍵付きと言っても面会は可能で、むしろ毎日誰かしらが会いに来た方が彼の記憶も戻るかもしれないという話だった。

 なので私は、入院した次の日に彼にお見舞いに行った。


 お花屋さんで買った、ヘリクリサムという黄色の綺麗なお花を持って彼の病室を訪れた。


 彼は起きていた。

 ベッドの上でボーッと放心したように。


 私は彼の名前を呼んだ。

 彼はこちらを見るとにっこり笑い、「初めまして」と言った。

 私は自己紹介から始め、彼とどのような関係なのか、今までどれだけ一緒にいたのか、私の中に残っている思い出を全て吐き出すように彼に伝えた。


 彼は真剣に話を聞いてくれて、「君のような可愛い人が彼女なんて、嬉しいサプライズだ」と言った。

 私は彼が受け入れてくれた事に喜びを感じ、「また明日来るね!」と言ってその場を後にした。


 次の日、私は彼の病室を訪れ、ノックをして扉を開けた。

 彼は先日と同じように、ベッドの上でボーッとしていた。

 私は彼の名前を呼んだ。

 彼はこちらを見るとにっこり笑い、「初めまして」と言った。


 思わず涙が溢れてきた。

 1日。

 たったの1日で彼は私の事を全て忘れていた。


 彼は泣いている私に戸惑っていたが、私の涙が止まることはなかった。

 もう、彼の中に私が残ることはないのだと。

 彼の中の記憶は、明日の彼方へと飛んでいってしまっているのだと。


 次の日も、また次の日も、彼が覚えていることは何も無かった。


 私はそれが辛くなり、徐々に彼の元へ訪れるのをやめていた。


 そして今日、1週間ぶりに彼の元を訪れた。

 病室の扉の前で深呼吸をし、何度もしている自己紹介を頭の中で繰り返す。


 もう泣かないと。

 気丈に振る舞うのだと、心の中で誓う。


 私は扉をノックし、開けた。

 彼は同じくベッドの上にいたが、ボーッとしていたわけではなかった。

 日記帳のようなものを持っており、その目には生気が宿っていた。


 でもきっと彼は何も覚えていない。

 私は彼に警戒されないように、微笑みながら、ゆっくりと彼へと近づいた。


「久しぶりだね」


 時が止まった。

 正確には、私の時だけが止まった。

 彼の第一声が「初めまして」ではなかった。

 それが何を意味するのか、私はすぐに理解する。


 彼の目からは涙がこぼれていた。


「…………最初に会ったあの日からずっと…………貴方の事が好きです……!」


 その言葉を彼に言われ、泣かないと決めたのに、泣いてたまるかと思っていたのに、決壊したダムのように涙が止めどなく溢れてくる。


「……………………私もです!!」


 私は彼の胸へと飛び込んだ。

 彼の体温がこんなにも暖かいものだったのだと、忘れかけていた記憶が呼び起こされる。

 私達は何度でも思い出すはずだ。

 この暖かさを。

 例え、記憶を失おうとも。

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惚れやすい俺は何度だって恋をする 旅ガラス @jiyu

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