最高の目覚め

一花カナウ・ただふみ

まどろみから目覚めると

 子どもはみんな祝福されながら生まれてくると言われているようだが、そんなのは嘘だと思う。



 俺は檻の隙間から見える赤い空を見上げながら、早く自分の命が尽きるのを願っていた。

 ここから見える狭い空の端には丸い月。この場所にきた時も満月だった。つまり、水しか摂らない生活になってひと月は経ったということか。それでも多少痩せただけで生きていられるのは、俺が周囲の魔障からエネルギーを生み出せる特異体質だからに違いない。


「神様はどうして俺を作ったんだろう……」


 愛されることはよくわからなかったけれど、必要とはされたかった。俺を利用しようとしてくれることも、この際歓迎だった。

 でも、未熟な俺は近づいてきた者たちの役に立つことが出来ず、それどころか彼らに傷を負わせるだけだった。魔力を制御させられなくて暴走し、たくさんの被害者を作ってしまったのだ。

 もとより両親は俺の特異体質に気づくなり、魔物の子だと恐れて育児を放棄した。俺を哀れに思った聖職者たちは町に被害を出さないために育ててくれていたのだが、成長に連れて大きくなっていく力に恐れをなし、山奥に牢屋を作ってそこに俺を封じた。

 仕方がないことだと思った。俺だって、誰かを傷つけたくて生きているわけじゃない。殺したくても殺せないのだとしたら、人里離れた場所に幽閉するのが筋だろう。

 だから、俺は、ここで、たった一人で、静かに朽ちていくのを待っている。


「でも、誤算だよなあ……」


 人が住まないのは魔物がいるからなのだが、そもそも魔物が出現するのは魔障が存在するからなのだ。魔障をエネルギーに変えられる俺は、生きるために食糧を必要としない。うっかり死にぞこなってしまった。


「どうすればよかったのかな……」


 自分だけでなく、周りでさえどうにもできない強大な力。そんなものを与えて、神様は何をたくらんでいるんだろう。孤独になることで人を傷つける恐怖からは逃げられたが、この環境で生き続けることに意味を感じられなかった。


「あれ?」


 檻の外にフクロウがいる。ここのところよく見かける真っ白なフクロウだ。月明かりに照らされてキラキラと輝いて見える。


「……またお前来たのか。あんまり近づくなよ。焼き鳥にしちまうから」


 追い払うように手を動かすと、フクロウは首を動かす。そして平然と俺に近づいてきて、ヒョイっと肩に乗った。


「おい……俺は木の枝じゃないんだが……」


 懐かれていると感じていたが、気のせいではないのかもしれない。無理に引き剥がそうかとも思ったが、加減をしくじって丸焼きにしてしまったらあまりにも可哀想だったので、俺はため息をついてその場に座った。


「……まあ、案外と安全かもしれないけどな」


 外は肉食の魔物がウロウロしている。彼らに捕まって生きたまま八つ裂きにされるくらいなら、俺のそばにいる方が安全だろうし、殺されるにしても痛みを感じることなく一瞬で死ねるはずだ。この牢屋に俺という異質な存在がいるからか、魔物は近づいてこないのだ。


 静かな夜だ。迫ってきた眠気に負けて、背中を岩肌に預ける。フクロウは俺の足元に移動してきてすっぽりと収まった。暖かい。うとうとと微睡む。


「――こんなところにいたのか」


 低い男性の声に、俺は眠気を振り払って目を開けた。


「誰だ? 近づくと死ぬぞ」

「だとしたら、それも運命だろ。望むところだ」


 小柄な男らしいことは月明かりからわかる。服装は小汚いが、町の住人でもなければ聖職者の連中とも違う。おそらく冒険者だ。


「運命……ね。このフクロウを探していたのか? ほら、迎えが来たぞ」


 変なヤツだ。久々の人間だが、死体とずっと暮らすのはごめんなのでさっさとお引き取り願おう。

 俺は足元のまんまるなフクロウを捕まえて差し出した。真っ白なフクロウは小柄な冒険者に触れると光の粒となって消え去った。


「え……」


 また殺してしまった? え、でも、なんで?


 自分の魔法が発動した気配はなかった。魔法式も見えなかったのに。何が起きたのかわからない。

 困惑する俺の手を、彼はその大きな手で捕まえた。


「白いフクロウは俺の魔法だ。本物みたいによくできていただろう?」

「生き物を生み出せるのか?」

「まさか。あれは人形みたいなものだ」

「へえ……。ってか、放せよ。俺はあんたのフクロウじゃない」


 振り解こうとしたがビクともしない。


「いや、今日からお前は俺のフクロウだ。名前も変えなさい。フクロウだからアウルでいいだろう」

「勝手なことを言うな、おっさん。俺はフクロウにはならん!」

「お前は生きなさいアウル。もう怖がらなくていい。俺がどうにかしてやるから」

「無責任なことを言ってここから連れ出して、たくさんの死者が出たらどうするんだ⁉︎」

「気にするな」

「気にするだろ! ってか、気にしろよ!」

「責任は俺が取る。だからついてこい。力の制御の仕方を教えるから」

「だったら、今すぐ教えろ。制御できたらついて行ってやる!」


 俺が提案すると、彼は黙った。


 諦めるかな?


 気の迷いで出て行って、意図せず誰かを傷つけたくはない。ここでの生活は、これまで傷つけてしまった人たちへの贖罪も兼ねているはずなのだ。


 黙っていた彼は手を離し、その場に腰を下ろした。


「――それもそうだな。お前の言う通りだ、アウル。とりわけ急ぐ必要もないし、制御の仕方を身につけてから出ることにしよう」

「変なヤツ……」

「俺は大賢者だなんて言われる程度には変人だからな。自分の申し出を後悔せぬよう、しっかり技術を身につけることだ」


 そう告げて笑う。


 それが、俺と西の大賢者様との出会いだった。



 *****



《アウル。

 俺はお前にたくさんのことを教えてきたつもりだ。

 だが、その成果が世に出るときには、俺はもうこの世界にはいない。

 すべてを託したとは言わないが、お前が生きていきたいと思えるような必要な技術だけは確実に継承できたと思っている。

 きっとお前にも、大切な誰かができるだろう。

 そのときに、お前の力でその大切な誰かを守りなさい。

 少なくとも、俺は幸せだった。

 目が覚めたとき、お前がいつも隣で眠っていて、どれだけ嬉しかったことか。

 生きていてよかったとどれだけ感謝したことか。

 お前にも、きっとわかる日が来る――そう信じているよ。

 》


 西の大賢者様の図書室で、残された手紙を読みながら寝てしまった。昔の記憶が重なって、なんか妙な気分だ。

 俺が起き上がろうとすると、なにか温かなかたまりに挟まれていることに気づいた。

 右にルーンが、左にリリィが寝ている。


 お前ら、どんだけ俺が好きなんだよ……


 二人とも二十年は一緒にいるはずだが、こうして並んで寝るなんてガキじゃないんだから。

 俺はそう心の中で毒づきながらも、どこか暖かい気持ちを抱いているのが不思議だった。


《完》

 

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