めざめたかたな

山吹弓美

めざめたかたな

 何、儂と今の主との由縁かの。

 そうかそうか、おぬしはまだ若いから、かの者のことをあまり良くは知らんのじゃな。

 よいよい、ざっと話してしんぜよう。


 そもそも儂は、今の主の父親と組んでおった。

 儂は刀であるからな、人の手を借りねば悪しきあやかしを斬ることもできぬ。主のように心を開いてくれた者や、おぬしのような同じ妖でもなければこうやって言葉を交わすこともできぬ。

 そしてここが重要なところなのじゃが、儂は儂を気に入ってくれた者でなければ主として認めとうはない。

 何を笑っておるか、主と刀が互いに互いを認めることこそ使い手と道具として重要ではないかな? おぬしはそうすると主を狂わせる故、己で己を振るうておるのではないか。

 拗ねるでない。まあよい、続けるぞ。


 前の主、と呼ばせてもらう。かの者は悪しき妖を見抜く術に長けておってな、化け同心の一人として日夜戦うておったんじゃ。

 そう、おぬしもその一員である化け同心じゃな。妖なれど千代田のお城におわすお方に忠誠を誓い、江戸の町で悪さを働く愚か者を裁く者共。

 儂はかの者の腰にあって、守り刀として前の主を護っておった。人の手では妖と戦うのは少々堪えるでな、我が身を振るうてもらうことで助力しておったんじゃよ。

 ただ、中には人が妖と組んでの悪事も多くてな。妖を祓うのは化け同心が専門職じゃが、人を捕縛するは人の役目じゃからの。連携して動くこともある。しかしまあ、人の同心には化け同心を毛嫌いするものも多うての、前の主はそれで心を痛めることもようあったんじゃ。

 そして、人は妖より短命じゃ。たかだか六十年、長くても百年と生きられぬ。終わりに近づけば、それまでのように動くこともできなくなる。老い、じゃな。

 前の主も、その老いを己の身体で実感した。故にお役目を返上し、老いた身体に相応しい務めに移ろうとした。

 うむ、した、んじゃ。


 移れなんだのじゃ。儂も正体を覚えておらぬ、妖のせいでな。

 化け同心という存在は、罪を重ねる妖にとっても目の上の瘤じゃ。人では抗えぬ力を持つ妖と、太刀打ちできる存在であるからの。

 その逆恨みを、一身に受けてしもうた。


 儂が敵の正体を覚えておらぬのは、妖術の類ではないかと思うておる。そのせいで儂は封じられ、今の主が抜くまで力を放つこともできなんだ。いやいや、眉間を押さえるでない。儂自身、情けのうて涙が出てくるわい。刀故出てこぬがな。

 それから、幼子が前髪を落とし一人前となるくらいの時を儂は、鞘の中で眠っておったわけじゃな。封じられたなまくらは父の形見として、息子である今の主に受け継がれて。

 今の主が、気の優しい者で良かったと思うておる。無闇に抜かれ、人を斬ってしもうてはそなた、いや、そなた以上の妖刀と成り果ててしもうていたかもしれんからの。

 儂は、人を操る気は毛頭ない。それはそなたもそうじゃろう? 故にそなたは己を己で振るい、儂は今の主に全てを委ねておる。無論、今の主があのような気性でなければ抜かれる気もなかったがな。

 今の主が儂を鞘から引き抜いてくれたあの時が、儂にとっては最高の覚醒じゃったかもしれんのう。妖刀、と言われてもおかしくない儂が月の清けさを身に宿すことができ、清らかに悪しき妖を祓うことができたんじゃからな。


 さて、そろそろ主が迎えに来る頃じゃ。どうじゃ、我が身は主に相応しい、美しい刀であろ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

めざめたかたな 山吹弓美 @mayferia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ