二つの目覚め

嘉代 椛

目覚め

 ここに閉じ込められてどれくらいたったのだろう。


 暗く冷たい石棺の中で、数えきれないほど繰り返した問いを投げかける。

 私はヴァンパイアだった。

 ヴァンパイアの姫だった。

 純血のヴァンパイアなんてとっくの昔に絶滅させられてしまって、私だけがこの棺桶の中で死体のように放置されていた。


 寂しい。

 寂しいというよりも、辛い。

 孤独が辛かった。

 ずっとここに入っていることではなく、ただ一人自分を理解できるものがこの世にいない。それだけが辛かった。


 私は目を閉じた。

 もともと暗かった視界がさらに暗くなる。

 ヴァンパイアがどれだけ闇の中を見通せたとしても、これほど狭い闇の中では、まったく意味のないことだった。

 そうして私は眠りにつく。

 それはこれからも、いつまでも、変わらないことなのだろう。



 888



 冒険者は嫌いだ。


 その身を潰さんばかりに積み上げられた荷物を背負って、僕は思考する。

 僕は奴隷だった。

 剣よりも安く売買される奴隷だった。

 奴隷仲間だった人たちはその大半が死んでしまっていて、いずれ僕もそうなるというのは、分かり切ったことだった。


 毎日毎日、ほとんど裸のような格好で、モンスターの死体から剥ぎ取った装備を運び続ける。

 荒くれの冒険者たちは、僕を壊れない程度に扱っていて、糸と糸を結ぶような延命措置によって、僕は何とか生き延びている状態だった。


 辛い。

 ただ辛かった。

 振るわれる暴力も、重すぎる荷物も、味のしない食事も、何もかもが辛かった。

 辛いという感情が大きすぎて、ほかに何も感じることがなかった。


 ある日僕の所有者は、秘境のダンジョンに潜ることを決めた。

 数人の仲間を引き連れて、すごい勢いでダンジョンを制覇した彼らは、底にある祭壇のような場所で一つの石棺を見つけた。

 彼らの喜びようは尋常ではなかった。冒険者にとって墓は宝箱と同じ意味だ。

 それが立派であれば立派であるほど、中に入っているものの期待値は高い。

 僕にとっては、体をすりつぶそうとする荷物が増えるだけなので、正直ちっともうれしくなかった。


 当然、危険な可能性もあるのだろう。

 何かしらの封印が施された棺を前に、冒険者たちは話あっていた。

 そしてそれがひと段落着くと、僕を呼び寄せて箱を開けるように命じる。


 「はい、分かりましたご主人様」


 逆らうことは死を意味していた。

 十分に冒険者たちが離れたのを確認して、箱に手をかける。

 どれほど慎重に開けても、僕の命が吹き飛ぶ可能性は変わらない。僕は勢いよく蓋をずらした。

 中には美しい少女が入っていた。

 僕は遠くから呼びかけてくる冒険者たちに耳を貸さず、ただ目の前の少女だけを見つめていた。


 そして、目があった。



 888



 目の前に虐げられた少年がいた。

 少年の顔や体にはいくつも切り傷やあざが残っていて、服は局部を隠す布切れだけ。私が少年を凝視すると、少年もまた私を見た。

 人間だ。

 散々貪ってきたから分かる。

 城の牢獄には給血所があって、そこには常に人間がストックしてあった。

 人間は欲望に弱い。彼らの大半は、吸血鬼の使う魔術によって自我を失い、すべてを気持ちいいとしか感じなくなっていた。


 私は少年にその魔術をかけた。そして問いかける。

 

 「あなたは誰?」


 「僕は奴隷だよ。名前はない」


 思ったよりも冷静な返事だった。

 熱に浮かされた様子もなければ、目の焦点があっていないわけでもない。私のかけた魔術は目の前の少年に全く効いていないようだった。

 再び問いかけようとすると、視界から少年が消える。

 数瞬遅れて、荒くれた冒険者たちが現れ、私に奇異の視線を向けた。

 それは次第に興奮へと変わり、彼らは口々に何かを喚きたてる。


 「うるさい」


 こちらへ手を伸ばそうとした男の頭を、フルフェイスごと握りつぶす。

 久しぶりに見る人間は、獣のような欲望を一切失っていないままだった。

 半狂乱でこちらを殺そうとする彼らを、爪で引き裂き、腕で貫く。

 周囲が静かになるころには、私の体は血と内臓に塗れていて、私は数百年ぶりの栄養補給をする羽目になった。

 なんともまずい。まるで泥を啜っているようだ。


 棺から降りて、周囲を見渡す。

 先ほどの少年のことが気にかかっていた。

 周囲を守護していたガーディアン。恐らく冒険者たちが倒したのだろう、それの傍に少年は倒れていた。

 転んだ拍子に、その破片の一つに頭をぶつけて死んでいた。


「………はぁ」


 私は少年の体を持ち上げた。

 まるで小枝のように細い体。

 私はそれにかぶりつくようにして、頭をかみ砕いた。

 少年の体をゆっくりと咀嚼していって、それと同時に体が熱くなっていくのを感じた。


「あなたも死にたくなかったでしょう?私に付き合って頂戴」


 少年をすべて食べ終えた私は再び棺の中へと戻る。

 私の腹はまるで妊婦のように膨らんでいて、中の赤んぼうは外にはい出そうと必死に腹の中で暴れていた。


「私が生まれ変わらせてあげる」


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二つの目覚め 嘉代 椛 @aigis107

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