なにもない話

黒幕横丁

なにもない話

 規則正しい電子音は部屋中に響き渡る。男はもそもそ潜っていた布団から手だけを伸ばし、音の出ている原因、スマホを手探りで探す。

 やっとスマホを探り当て、重たい瞼を必死に開けて時刻を確認する。スマホの時刻は朝七時を指していた。

「そろそろ……起きなきゃな」

 男は布団のなかで大きく伸びをして、布団から出るが、そのテンションはとても重いものだった。

 男は気が重たかった。目覚めも最悪だったし、なにより昨日は仕事で失敗をし、上司から散々こっぴどく怒られたのだ。彼はまだそれを引きずっていた。

 昨日アレだけ怒られて、まだ怒り足りないようだったから、恐らくは今日も上司の小言は続いてしまうだろう。それを考えると気が重たかった。

 それに、その失敗があまりにも間抜けな失敗だったので同じ部署の同僚たちにもクスクス笑われてしまい、今日どんな顔をして出勤すればいいのか困ってしまう。

 しかし、こう脳内でぐるぐる考えている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。休みたいという気持ちを必死に我慢して、出勤準備に取り掛かる。

「あー……会社がある日突然無くなってくれないかなぁ、まぁ、それはないか」

 仕事へ行きたくないという気持ちから、与太話を自ら呟きながら男はフフッと笑ってカッターシャツに袖を通す。

 出来るだけ気分を上げようと、オーディオの電源を入れて好きなロックを聴き始める。

 スーツ姿に着替え終わり、キッチンに赴き朝食の準備を始める。予め休日に作っていた作り置きを冷凍庫から取り出し、容器ごと電子レンジへと押し込み加熱する。

 出来たものを別の皿に移し変えることはせず、そのままテーブルに置き、手を合わせる。

「いただきます」

 パンを齧りながら、ふと悶々と今日はどうやって過ごそうかなぁと考える。必死に上司の小言に耐え続けて、上司の怒りゲージを減らすことが恐らくは先決だろう。

 ため息を混じらせつつ、朝ごはんを食べ終わると、男はオーディオの再生を止める。

 そこで、初めてあることに気づいた。


 やけに、外が静か過ぎることに。


 男は賃貸のアパートに住んでいた。小学校の通学路にも面しているので、この時間帯は小学生の声が外から響いてくるはずなのに、それが無い。

 もしかして創立記念日とかの行事で休みなのかもしれない。なかなか無い貴重な静かな朝を男はまた伸びをしながら今度はインスタントのコーヒーを作りはじめる。

 コーヒーを飲みながらインターネットに接続して日課である購読契約をしている経済新聞を読もうとページを進めるが、読む内容読む内容、妙に既視感があった。よくよくページの上に記載されている日付を見ると、今日の日付ではなく昨日の日付。


 やっぱり、何かがおかしい。


 そう思った男は急いでテレビの電源を入れて様々なチャンネルに変えてみる。しかし、どの局も画面に映るのは、


『しばらくお待ちください』


 という色鮮やかなテロップのみであった。

「まさか、これって……」

 そして、最終確認として部屋のカーテンをおもいっきり開けて外の様子を見る。

 男は、その意味する答えをその目で確認すると、口角が自然と上がった。

「なんだ……最高の目覚めの朝じゃないか」

 男はそういうと、着ていたスーツを脱ぎ散らかして部屋着に着替えなおすと、さっさと布団へ戻って二度寝をする。


 。そう思いつつ、男は眠りについた。

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