第2話後編 そうやって彼は物語を再開する
翌日、俺は机に突っ伏し、頭を抱えていた。
「智樹!頑張れよな!」
「智樹、頑張りなよ~」
「智樹君!頑張ろうね!!」
友人たちにそれぞれ励ましの声がかけられる。
「いや……、やるなんて言ってないんだけど……」
声のほうに顔を上げ、精いっぱいの嫌な顔をして抗議する。
しかし、その抗議むなしく流され、なかったことにされる。
「なんてったって智樹よ~。大役だぜ?」
「「「演劇の脚本」」」」
笑顔の三人から出てきた言葉は、俺にとっては重く、とてもじゃないが請け負えそうにないものだった。
なんでこんなことになったのだろう……。
遡ること放課後。
午前中授業で、昼前には教室にはほとんど生徒は残っていなかった。
俺は昨日のこともあり、悩み考えていた。
「よくわかんねぇな……」
「ん?何のことだ?」
無意識のうちに口に出ていたようだ。
「いや、何でもねーよ」
「そうか?」
「いや、何でもあるわ」
「どっちだよ」
朱里のことで、昔の自分のことで一人悩んでいても答えが見つかるとは思えない。
それなら、昔の俺達を知るやつに聞いたほうが早い気がする。
俺は思い切って相談してみることにした。
「今日、二人きりではなしたいことがあるんだ。時間いいか?」
「……ああ、いいぜ」
俺の真剣さが伝わったのか、健斗は茶化さずに答えてくれた。
健斗との会話が終わってすぐに、陽菜が健斗を呼ぶ。
「健斗、今日放課後どっかよって帰る?」
「どっかって、どこもよるとこねーじゃん?なあ、智樹、涼香ちゃん」
健斗に話題を振られる。
多分これは健斗の「うまく断れ」という意味での振りだと思う。
「遊ぶのは構わないが、行きたいところは特にはないし、行くとこもないな」
「そうだね、それかどこか食べに行く?」
さっき健斗がいった通り、この近くにまともに遊べるところなどない。
なので、俺達の答えもあまりこれといったものはない。これでうまくなくすことができるだろう。
「じゃあ今日のとこはやめにすっかな~……」
「お困りのようですね!!」
教室の入口のほうから突然声をかけられた。
驚いてみた先には、仁王立ちで構えている小柄な女子生徒がいた。
「暇を持て余し、お困りなのですね!?」
「お、おう」
対人スキルの高い健斗もさすがに困っているようだ。
「実は私も困っているんです!」
「そ、そうなのか……?」
「はい!お互い様ですね!」
「あ、うん」
会話が成立しているようでしていない気しかしない。
「と、ところで、あなたは誰?」
「おっと!忘れていました!大事なことですね!!」
謎の女子生徒は涼香の質問に対し、敬礼をして派手に答える。
「わたくし、演劇部一年にして部長の小金井佐久子といいます!!」
演劇部と言えば、うちの学校の中でも古い部活の一つで、地域の人を呼んでよく演劇をしたりしており、地域の人から愛されている部活だ。
「一年で部長なんてすごいね、小金井さん」
「いえいえ、そんなことはないですよ」
俺の言葉に小金井さんは謙遜する風でもなく、当然のように言った。
「今演劇部は一年だけなんですよ。だから私が部長をできているんです。演劇に詳しいという理由だけで」
「へぇ……、演劇部って人気あるんだと思ってたよ」
「意外にそんなことないですよ。やっぱり人気のスポーツ系の部活に人数取られちゃいますから」
そういった小金井さんの表情はどこか悲しそうだった。
何か思うところがあるのだろうか。
「それでさ、佐久子ちゃんは何か俺らに用事あるんじゃないの?」
「よくぞ聞いてくれました!笹瀬君!」
「おうよ!」
健斗が小金井さんの訪問の理由を聞くと、彼女は少し沈んでいたテンションを元に戻し、話を進める。
健斗はどうやら彼女のテンションにのまれたらしい。
「実は我々演劇部は危機に直面しているのです!」
「な、なんだって~!!」
健斗だけがのりのりである。
俺と涼香は無意識に口元が引きつってしまっている。
だが、こんなものはまだかわいいほうだ。
陽菜は完全にゴミを見る目で見ている。
まあ、こいつらはお互いに遠慮のないところも含めてアツアツカップルだから、いいのだと思う。
「脚本の書ける人が今年卒業してしまいまして……、次のコンクールで使う脚本がないのですよ!!」
「オリジナルじゃないといけないの?」
「……はい、そうなんですぅ」
若干の含みのある様子だ。
健斗は「そっかぁ……」と言って黙り込んでしまう。
仕方ない、俺達にはどうしようもできないことだからな……。
「どうしてもそのコンクールに出ないとダメなの?」
「いえ、そういうわけではありませんが……」
「どうしても出たいんだ?そのコンクール」
「はい!……どうしても!」
陽菜の質問に小金井さんは歯切れ悪く答える。その表情にはどこか後ろめたさが含まれていた。
どうやらそのコンクールにどうしても出たい理由があるようだ。
「私には、年の離れたお姉ちゃんがいるんです」
小金井さんは、一転し楽しそうに話しはじめた。
「お姉ちゃんはいつも私にやさしくしてくれて、そしてお芝居をするのがとても好きでした」
そう言った彼女の表情はとても誇らしげで、活気に満ちていた。
「私も大好きなお姉ちゃんの演技している姿はもっと大好きでした」
彼女のきらきらとした瞳は、姉に対する好意を容易に読み取ることができた。
「そんなお姉ちゃんはこの学校の演劇部のOGで……」
ここで、言葉を切る。
それはまるで、はるか昔の光景を思い浮かべるかのように。
「そのコンクールに出ていたお姉ちゃんは今まで見たどのお姉ちゃんより輝いていた!私も!お姉ちゃんがその時に感じていたもの、見ていたものを体験したいんです!!」
興奮と感動で彼女の頬は赤く染まっていた。きっと彼女にはその光景が今も鮮明に思い浮かべられているのだろう。
「お姉さんが、憧れの人なんだね」
「はい!!憧れで、目標です!!」
「わかるよ……、追いついて、並びたいもんだよな」
「わかってくれますか!!」
痛いほどに、彼女の気持ちがわかってしまう。
憧れだから、大切だから、一緒にいたいし、並んでみたい。離れているなら、頑張って追いつきたい。
近づくことで、追いつくことで、並ぶことで、よりわかる気がするから。
より、知ることができるから。
自分の抱いた理想の偶像が現実とどれだけ合致しているのかを……。自分がどれだけ、自分の理想に近づけたかと……。
「なら、話が早いですね!!作文のコンクールで優秀賞をもらっている五十嵐君!!」
彼女は目を輝かせて俺の手をつかみ、言い放つ。
「演劇部の代わりに脚本を書いてください!!」
「えっ!!」
それは予想外であり、予想内の展開であった。
その後、周りのやつら、主に健斗と陽菜が話を勝手に進め、俺が脚本を書くこととなった。
「お前ら、俺になんか恨みでもあんのか?」
「いやいや、そんなことねーよ?お前趣味とかないじゃん?」
「ということは何もないない君だよね?」
「え!?趣味ないだけでそこまで言う?」
このカップル、想像以上に辛辣である。
確かに趣味はないし、何もないが……。
「何か打ち込めるものを見つけたら、日常も楽しくなるよ?」
二人のおかげか、涼香の言葉はとても優しく聞こえてしまう。
というか、俺はそんなに楽しくなさそうに見えていたのだろうか……少し申し訳なく思ってしまう。
「まあ、分かったよ。本意ではないにしろ請け負ったことだ。ちゃんと書くよ」
特にやることもない俺だ。誰かのためになること、やってみるのもいいかもしれない。
それが俺の探し物のヒントになるかもしれないからだ。
「初めからそう言えよ」
「そうよ、本当はやりたかったくせして」
「頑張ってね!」
「辛辣ぅ……」
前二人の発言がなぜか辛辣になっていく。
ぜひとも涼香の気配りというか、やさしさというものを分けてやりたいと思う。
「んじゃ、今日はどこもよらずに帰るか。智樹も脚本書かなきゃだろうし」
「そうね」
「そうだね」
健斗の問いかけに陽菜と涼香が答える。
「健斗……」
「わかってるよ」
俺は約束を覚えているか確認を取ったが、どうやら覚えていたようだ。
「そんで、悪いんだが二人には二人で帰ってもらう」
「え!?なんで?」
陽菜が驚いて聞き返す。
「悪いな、俺が健斗と二人だけで話したいことがあるんだ」
「えー、私達には話せないこと?」
「ああ、健斗だけが知ってる昔のことだよ」
少し、本当のことを言う。
変に嘘をついても見破られそうだから。
「なら仕方ないのかなぁ~。まあ、無理に聞こうとしても智樹頑固だから、言わないしね……、あきらめてあげるよ」
「おう、サンキューな」
俺の性格をよく知っている。
このことに関しては、まだみんなにはいうつもりはないからな。
「じゃあ、帰ろっか。涼香」
「そうだね、陽菜ちゃん」
そう言って二人は、俺達に「バイバイ」というと先に返っていった。
「じゃあ、智樹。屋上にでも行って話すか」
「ああ、そうだな。行くか」
そう言って俺達は屋上へと足を運んでいった。
屋上に向かう間、俺はさっきのやり取りを思い出していた。
俺が「昔」という言葉を口にした瞬間、陽菜が一瞬悲しい顔をしたのを俺は見逃さなかった。
しかし、これが何を思ってのことなのかは俺にはまだ、分からなかった。
「で?話ってなんだ?」
屋上に着くなりすぐに健斗が本題に入ろうとする。
俺は屋上の柵にもたれかかりながら話す。
「涼香たちにも言った通りさ」
「朱里ちゃんのことでか……」
「ああ……」
朱里のことだと話していない。
多分、話があるといった時から薄々はわかっていたのだろう。
「連絡取り合ってないことは親父から聞いてるよ」
「笹瀬先生、おしゃべりなんだな」
知っているとは思っていた。
驚きはしない。
「そんなことはないさ、俺が気になるからしつこく聞いた。そして折れた、それだけさ」
さも当然のように健斗はいう。
だが俺はどうしても疑問に思ってしまう。
「そんなに気になるか?俺たちのこと」
確かに仲は良かったが、そこまで気になる仲ではないと思っていた。
忘れはしなくても、会えないなら、いないならどうでもいい存在になるものだと思っていた。
みんなと同じように……。
しかし、その考えは間違っていたようだ。
「気にもなるさ……」
悲しげに微笑む。
それは、朱里のことを思い出してなのか、俺の知らない当時の何かを思い出してなのかはわからない。
「佐久子さんのお姉さんの話……あの話を聞いた後の智樹を見て話しの内容が朱里ちゃんのことなんだと思ったよ」
そんなにわかりやすく態度に出ていたのだろうか……。
「姉に憧れ、追いかける彼女と、朱里ちゃんを想い、追いかけるお前……。重ねているんだろうなとすぐに思った」
確かに、重ねていた。
あまりにも、彼女の話が人ごとのように思えなかった。
きらびやかに輝く姉にこがれる彼女。
儚く輝く朱里に焦がれる俺。
相手は、条件は違えど、想い、追いかけ、囚われているという点ではよく似ていると思う。
しかし、彼女と俺とでは大きく違うところがある。
俺は立ち止まり、光を見失ってしまった。
彼女は立ち止まらず、見失わずに、まっすぐにもがきながらでも進んでいる。
似ていると思いながら、それは大きな違い。
「まあ、それはいい。朱里ちゃんのことで俺に何の話があるんだ?」
健斗は話を戻す。
俺は沈んだ気持ちを切り替え、話す。
「昔の俺にあって、今はないものを知りたいんだ……」
これが、俺が健斗に聞きたいこと。
今、知りたいこと。
「急になんだそれ?」
当然そう思うだろう。こんな質問は他人に聞くものではない。自分自身が一番知っているはずのものだ。
それに過ぎたことなど知っても意味はない。過去になんて意味はない。意味があるのは今で未来だけだ。
それでも、今を、未来を変えるために俺には必要なこと。
「俺は変わりたいんだよ……」
素直に答える。
余計な前置きなどいらない。
ただ、俺の思っていることだけを伝える。
「大切なものを手放してしまった……」
絶対離さないって思っていたのに……。
離してしまったら、もう一度つかむのは容易ではないから。
「覚悟が全然足りてなかった……」
覚悟していたつもりだったのに……。
心のどこかで、認めたがっていなかった。
「ちっぽけで、弱かった……」
強いと、強くあろうと思っていたのに……。
結局は、思っていただけだった。
「後悔と、自責の念でつぶされそうな自分を変えたいんだ……!」
今まで、今も、あの時から、つぶされそうな自分を……。
思い出しては、後悔して、死にたくなって……そのくせして、行動しない……。
後悔するだけ……。
死にたくなるだけ……。
それ以外は何もしない。
何もできない……。
そんな自分を……!!
「変わって、どうしたいんだ?」
その言葉は、懺悔することを許してくれるように感じた。
「……会いに行きたい」
ずっと思っていること。
あの時からじゃなくて、出会った時から。
「会って、今までの不甲斐無かった自分を謝って、そして……」
こみあげてくる。
今まで溜まりに溜まった想いが……。
「そして、ずっと一緒にいたいんだ!好きだって……言ってやりたいんだ!!」
こぼれてくる。
溜まっていた想いが……少しずつ。
「一度は手放してしまった!でもっ!もう離さないっ!絶対にっ!」
あふれだす。
溜まっていた想いが……とめどなく。
「今会いに行ったらダメなのか?変わらなくても、一緒にいてやるだけでいいんじゃないのか?」
当然の疑問。
そして、当然の解答。
でも、俺にとって、それは解にはならない。
「いや、ダメだ。変わらないと、ダメなんだ……」
「何で?」
そう問い返す健斗の顔は訳が分からないという顔。
「今の俺じゃ、朱里のために何もしてやれない……」
今の俺は、失敗したままの自分。
何も……何も成長していない。
「離れてった朱里には、朱里なりの考えがあった。朱里の、決意の強さがある」
離れたくないと、そう強く思っていたはずなのだ。
でも、その想いの強さよりも、朱里の覚悟が強かった。
決意が、強かったのだ。
なら……なら俺は――……
「俺はそれより強くならなきゃいけないんだ……!」
ただただ、強く。
覚悟を……想いを……心を……。
朱里の覚悟に、決意に負けないように……。
俺の弱さに負けないように。
「朱里の死を受け止められるほど強くならなきゃいけない……」
朱里が覚悟を、決意を強めた理由の一つ。
俺が、弱い理由の一つ。
それを受け止めなくてはいけない。
「朱里の死の恐怖を消し去ってやれるほど強く、大きく、深くならなきゃいけないんだ!!」
朱里の生への執着を強くし、恐怖を強くするのは俺のせい。
会いに行くなら、それはもっと強くなる。
だから……!
どんな時でも、笑って、笑わせられるほど強く……!
どんなに弱っていても、言葉でも、行為でも、受け止めてやれるほど大きく……!
どんな結末でも、受け入れられるほど深く……!
「わかったよ、協力する」
「っ!!ありがとう……」
俺の必死さが伝わったのか、健斗は快諾してくれた。
「つってもなぁ、昔を知ってるって言っても、全部知ってるってわけでもないからなぁ……」
少し暗くなった空気を変えるためかおどけたように言う。
「わかってる。でも、頼れるのは健斗だけなんだよ……」
健斗の意図はわかってはいたが、俺は真剣に返す。
「そんな顔すんなよ。できる限りのことはするよ」
困ったような、そして少し呆れたように話す。
「だから、話してくれよ……昔の、朱里ちゃんとのことをさ」
その声は、優しく、悲しく、暖かい。
「ああ……話すよ」
どこか、懐かしさを感じながら話しはじめる。
俺と朱里との、出会いから別れまでを。
学校の屋上から見える桜は、病院から見えた朱里と会った最後の日の景色と似ていた。
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