星の紡ぐ夢

阿尾鈴悟

星の紡ぐ夢

 意識が現実から切り離される。そこでは自分が自分でありつつも、本当の自分ではなくなっている。それが夢。理解が出来ないことすらも何故か納得してしまう、まるで『自分』という映画を体験しているような、不思議な感覚の不思議な空間。

「ポラリス、今日の夢は大変そうだよ」

 けれど、それゆえ、不条理さえも受け入れてしまう。自らが望む展開はほとんど反映されず、夢が進むままに自分は巻き込まれていく。

「でも、それを軟着陸させるのが、ボクらの仕事だ」

「ボクまで一緒にしないでくれる? 一応、部署が違うんだから。けど、知ってるよ。良く知ってる。だとしても、今日のは特に大変だなって」

「ベガ」

 ポラリスと呼ばれた声の主が、もう一方の声の名前を呼んだ。そこには非難の色が滲んでいる。

「……分かったよ。楽な夢なんて、一つたりとも無い……、だろ?」

「うん。夢の一つ一つに意味がある。それを踏まえて、それを汲み取って、夢の終わりを作らないと」

「……でも、やっぱり、面倒だと思うよ」

 ベガの呟きに、ポラリスが小さく溜息を吐く。呆れたというよりは、同意した上でのものに思えた。

「とりあえず、今日の夢、ボクにも見せてよ」

「いいよ」

 ベガがポラリスと額を合わせる。風邪の時に熱を確認する仕草に似ていた。



 その日の彼は、勇気を出した。

 気になる彼女。

 話す内に惹かれた彼女へ、ついに想いを伝えた。帰り道に通る公園に差し掛かった時のこと。恋愛の話になり、その流れで伝えたのだ。

 しかして、その想いは伝わらなかった。

 逃げられるでもなく、時間が欲しいと言われるでもなく、その場でそういう目では見られないと言われてしまった。笑いながらの、やや冗談めかした否定だった。



 数秒と経たずに額を離し、ポラリスは険しくも悲しそうな表情を浮かべる。

「フられちゃったか……」

「フられた?」

 暗い表情のままのポラリスが話し始める。

「そうだよ。想いが絶たれた。恋が破れた。愛が砕けた。自分の好きだって気持ちが、相手に通じなかったんだよ」

「ああ、失恋ね」

「最近、同じ人が出てたから、その人に告白でもしたのかな……」

 それを聞いたベガは、思いついたように両手を鳴らした。

「じゃあ、夢だけでも叶えて上げよう!」

「目覚めたときに思い出して余計に傷つくでしょ」

「じゃあ、再演?」

「もう、再演しちゃってるでしょ。このままだと、トラウマになって、今後、告白が出来なくなるかもしれない。最悪、あの、公園の前すら通れなくなる」

 腕を組んで悩んで見せるベガ。

「どうしようもなくない?」

「そうだね。これはどうしようもない。だって、起きたことだもん」

 そのまま首をひねるベガに、ポラリスは儚げな笑みを浮かべた。

「だから、想いを想いで上書きするよ」

 そうして、上を向いたポラリスが目をつぶる。

「なるほど。妥協?」

「それは現実係にやって貰おう」

「だったら、言い訳?」

「まあ、そうなるよね……」

 そう言って目を開けたポラリスは、再び、ベガと額を重ね合った。



「あ、ちょっと待って」

 断った後、彼女は公園へと入っていった。

「どうしたの?」

 足の向くままに追った彼は、木の根本でしゃがみ込む彼女に近づき、背中越しにその先を覗く。

 するとそこには、目を閉じた猫がいた。傷なんて一つも無いというのに、一目で死んでいると理解できる。

 彼女はその猫を抱き上げると、なんのためらいもなく、公園のごみ箱の中へと放り込んだ。まるで落ちている空き缶を捨てるように、良いことをしたという顔で戻ってくる。

 それを彼は呆然と眺めていた。



「うまくいった?」

 ポラリスがベガに尋ねる。

「うん。ちょっと複雑そうだったけど、無事に夜を乗り越えそう」

「それなら良かった」

「でも、あれだと、彼女が悪者にならない?」

「大丈夫だよ。夢を完全には現実へ持っていけない。彼はちゃんと彼女がそんなことをする人じゃないって分かってる。ただ、そういう──彼女には自分とは合わない顔があるかもしれないって思う選択肢もあることを分かって欲しかったんだ」

「そっか」

 と、そこで、ポラリスが大きくあくびを浮かべた。

「そろそろ『目覚め』かい?」

「うん……。そう……みたいだね……」

「そっか。それじゃあ、おやすみ」

「……おやすみ」

 ポラリスはそう言って瞼を下ろした。

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