第2話 眼鏡とヘアゴム

・・・・誰だ?

 朝早く日直の仕事を済ませ、自分の席でのんびりてしいるとだ。見覚えがあるのに、見たことがない女子生徒が現れた。セミロングの黒髪に、大きな黒の瞳、清楚で整った顔立ちの、一度でも見かければ絶対忘れないタイプの美人だと断言できる。

でも誰だろう。こんな美人このクラスにいたかな? けどどっかで似たような人を知ってるような。そう思っていると女子生徒はおしとやかな笑みを浮かべて近づいて来た。

「おはようございます田中くん」

何か取って付けたような上品な声だけど、この声は僕の隣の席に座る山本さんじゃないか。彼女は無口で誰とも話さないけど隣の席の僕とは良く話す、でも普段は三つ編みにして眼鏡を掛けているのにどうして急にイメチェンを?

「山本さん、どうしたの? その、格好は?」

 彼女は何故か嬉しそうな顔をして、制服のポケットから普段つけてる眼鏡とヘアゴムを取り出した。

「もう戻す」

「どうして? 凄く、その、可愛かったと思うよ?」

「君を驚かそうと思ってやっただけだから。でも半分しか上手くいかなかった、君って気付くの早すぎ」

 苦笑して、山本さんは眼鏡を掛けた。

 僕を驚かせようとしたのか、でも何でだろう理由が思いつかない。まぁでも。

「でも、今週で一番驚いたよ。本当さ、それに今月で一番のドキドキでもあったよ」

 三つ編みにしながら、山本が不思議そうに首を傾げた。

「驚きとドキドキって別物なの?」

「ほらドキドキってさ、その、特別でしょ?」

 僕は顔が熱い。恐らく、いや絶対真っ赤になってる。

 山本さんの表情が意地悪な笑みに変わった。あぁこれは、弱味を握られた感じ、そんな背筋が冷たくなるような気分。普段の会話なら、いや普段の会話ってどんなんだっけ? 何を話してたかな、胸がドキドキして思い出せない。

 山本さんが笑みを浮かべたまま一歩距離を縮めてくる。僕も反射的に一歩離れた。

「どうしたの?」

「君がそれを聞く?」

 この会話が、山本さんと話した中で一番ドキドキさせられた会話になってしまった。

 悲しいのはこの出来事から一週間後、山本さんは転校してしまったことだ。突然だったから週と今月で一番の驚きになった。

 思い出す、この時の会話の締めくくりの台詞を。

「君には忘れないで欲しい。私は今まで生きてきた中で一番ドキドキしてたってこと」

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