ほんの短い一時を

第1話 醤油のかけすぎ

 アンドロイドのF-89ことヤクは、御主人の中山浩介氏の命を救ったがために廃棄されることにった。

 中山氏は、昨日こう言っていた。


「血糖値が危ないなぁ」


 月に一度の健康診断から帰宅するなり、そう言ったのである。しかしそのわりに、その日の夕食の席で彼はこうも言った。


「醤油取ってくれ」


 献立は御主人の希望通りカレー。そのカレーに彼は、約15mlの醤油をかける。

 彼は今年で50歳になる。体重は100kgを越え始め、腹の脂肪は34%と基準値の25%を越えている。いくら平均寿命が102歳の現代で医療技術の発展が著しいとはいえ、頭に白髪が増え始める年代から、生活習慣病などへの対策を本格的に検討すべきだ。

 そもそも健康診断の結果も悪かったのだ、再検査を要求されている。それなのに言葉だけ健康に気を使ったところで、実際の行動にそれが現れなければ意味はない。

 なのでヤクは、昨夜からどうすれば主が健康について行動を起こすか検討を繰り返していたのである。そして朝になり、中山氏が起床。軽い挨拶と共に食卓に現れ、欠伸をしながら椅子に座る。朝食は中山氏の命令に則り、白米、味噌汁、塩鮭、目玉焼き、ミニトマトとブロッコリーと、一見バランスは良い。

 中山は手を合わせた後、また言った。


「醤油取ってくれ」


 目玉焼きと切り身鮭に、醤油をかけた。その量は合計で約13ml。言うべき時が来てしまった。

 繰り返すがヤクはアンドロイド。アドバイスならぬ小言の類いは、人間的感情は持ち合わせなければ生まれない。この場合、視覚に搭載されている簡易健康透析機の結果にに伴って発言している。


「御主人様が現在使用されている醤油の量と、普段接種されている塩分量から推測するに、糖尿病または心臓病の初期症状まで5年かかりません」


 中山氏はえっと漏らした後、言葉と意味を理解して顔色が真っ青になり、無言で塩鮭と目玉焼きの皿をヤクに突き返す。流石に楽しく食事をしているときに、今のような横槍を受けたらそうなるだろう。

 楽しみは台無しになったが、健康は守れたわけだ。人間にはお菓子より鞭の方が良く効く場合もある。


「やっぱり、こいつは捨てるか」


とはいえ人間の強敵の一つは我慢すること。中山氏は好きな食事のため、二時間後に現れた業者に、ヤクと5年後以降の健康的な生活を棄てさせた。

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